5、どんどん怪しい話が出てくる

第24話 「寿命」と「副作用」

 摂政であるラスカリス大公の婚姻は大公の意向で、妃であるルネ・スキュリツェスにラスカリス大公妃を授けるという詔書しょうしょのみが下された。


 妃が十七歳とまだ幼いため、正式な結婚式や披露宴は「一年ほど後」、と通達された。

 婚約のあと、甘い逢瀬を重ねているという噂でもちきりなふたりの、結婚式のために準備してきた社交界の紳士淑女は、晴れの舞台がなくなったことにかぎりなく肩を落とした。



 ***


 帝都のある高級居酒屋で男ふたりが酒を飲み明かしていた。ひとりは豪壮な大男、もうひとりは上品な長髪の紳士である。


 豪壮な大男——帝国神聖騎士主席のエヴラール・ミルティアデス卿は、注がれたジュースをぐっと飲み干しながら叫んだ。彼は小さい頃から胃が弱く、酒は受け付けない。


「なーんで帝立第一魔法学校花の一八八期の同期のうち、この私が、アリスティドやお前の風下に立たねばならんのだ! もうこの歳で帝国神聖騎士主席は恥ずかしい!」


 帝立第一魔法学校花の一八八期。優秀な卒業生が多く出たのでそういうふうに呼び習わす。だが、普通は本人たちが使う名称ではない。


 上品な長髪の紳士——帝室官房局長のクロード・ゾナラスはジュースしか飲んでいないのに酔いが回っている同期を見て自分の座っている椅子を少しずらした。


「君は学年一二五位、僕が学年一位、アリスティドが学年二位、——いいじゃないか。……あんまり変わってない」

「よくねえッ! わーん。出世したい! 出世してブクブクに太り、いやらしいことを平然として記者に取材されるくらい偉くなりたい」

「あの……」


 クロードが顔をゆがませていると、ミルティアデスは表情をあらためた。


「で、殿第六席はどうだ? 殿下のお役に立っているか?」


 神聖騎士をこちらの都合でおいそれと使うわけにはいかない。当然ミルティアデスには話を通した。彼は二つ返事で無期限謹慎中のルネを使うことを了承した。


「君の保身術には恐れ入るよ」


 そういって皮肉めいた賛辞を伝えると、同期は、へへっと鼻をかいた。


「大公殿下は神聖騎士団を聖女猊下げいかのものにしたいのだろう。アリスティドにも聖女猊下にもいい顔をしておかないと。もちろん大公殿下にも。で、どうだ? スキュリツェスはドジをたまにやる。やらかしていないといいのだが……」

「スキュリツェス卿の腕前は確かだ。その点はかなりありがたい。だが、少し前、第二席におふたりが襲撃されてね。第二席はスキュリツェス卿とトラブルがあるだけで、殿下ご自身に悪意があるという感じではなく、お忍びでの出来事だったので、一応表沙汰にはしなかった」


 だけど、とクロードは眉をミルティアデスに向かってひそめた。


「彼女が神聖騎士を無期限謹慎となる前、スキュリツェス卿と第二席との間にトラブルがあったそうだな。君ももちろん把握し、第二席の擁護に回ったというじゃないか。どうしてそんなこと」


 すると、ふう、とミルティアデスはため息をついた。


「第二席は有能で勤勉、気遣きづかいもできるし、真面目で魔術に対する造詣も深い。顔もいい。ただ、魔力が高くて家柄が良い奴がそばにいると、暴走してしまう。必ずそいつを潰しにかかる。何人か被害に遭った」

「……第二席を無期限謹慎にしたほうが」

「できればしたいよ、心底から。でも、言っただろう。有能で勤勉、気遣いもできる、と。処罰される『きっかけ』を作らない。かならず標的になったほうが、知らないうちに巧妙に『厄介者』に仕立て上げられる。ああ、あいつは、第二席が、と過去の神聖騎士たちの何人かを思い出すと、後悔が尽きないな。スキュリツェスの件は私が早めに気づいたので間に入って、壊れる前に無期限謹慎で手を打ってやれたがな。侯爵家のお嬢さんだし、魔法学校を出ていないというところで標的になる予感はしたからな。配下が潰れるのはもう二度と嫌だから」

「なんで第二席はそんなこと」

「本人に自覚はないだろうが、『寿命リミット』がきている。真面目で魔術に対する造詣も深い。つまり持っている魔力よりはるかに高度な魔術を使っていると思う。魔力を使い過ぎている。だからどんどん心が崩壊している。他者への思いやりとか気遣いなどが減っている。さらに、自制心もなくなっている。不調も続いているのであまり戦場に出さないようにしているが、ふらっと戦場に出て、まあ、スキュリツェスの仕事を奪うようなことをする。本人と面談したが、最近は炎に対する執着と、生まれについての劣等感ばかり口にする」

「末期だ」


 クロードは震えた。

 魔術師には『寿命リミット』がある。

 魔力を多く使う者は、失職、配偶者の喪失など、精神に過度の負荷がかかった場合、精神に崩壊をきたし、魔力を使うことに対する自制心がなくなる。


「炎の術者」であれば炎魔法を使って人を殺戮さつりくすることに罪悪感がなくなり、「浄化の魔女」であれば浄化魔法を使って様々なもの——地方や民族までをも「浄化」してしまう。そして、本人は魔力が欠乏しているのに魔力を放出し続け、最後は血の涙を流して絶叫しながら死ぬ。


 特に『寿命リミット』がきやすいのは、浄化、知識など、特殊魔法の使い手だ。

 特殊魔法の使い手は注意が必要とされ、国からも厳重に管理される。


 だが、炎魔法、つまり通常魔法の使い手である第二席はその安全網からやや漏れていたようだ。生まれに対する劣等感により精神に過度の負荷がかかっているなか、本人の真面目で魔術に対して真摯な性格もあって『寿命リミット』が早く来てしまったのだ。


 魔術師にとって『寿命リミット』は恐怖でもあり日常でもある。精神に過度の負荷がかかったら、聖女の元へ巡礼するか、専門資格を有する魔術師に治癒してもらうしかない。また、『寿命リミット』が来ているのを感じたら、病院に通院するなどして、肉体の寿命が来るまで根気よく治療する。


 クロードも夫の不倫がわかった際には、帝国魔法院からの指示があり、『寿命リミット』が来ないよう魔法院へ赴き、専門資格を有する魔術師による治癒を受けた。

 気まぐれな聖女が巡礼許可を出さなかったので、クロードレベルの高い魔力を持つ魔術師ともなると、安全かつすみやかに治癒を行えるのはしかいない。


 つまり夫本人である。


 確かに女性と時を過ごしたがBSD予想より複雑な理由があるんだとか、下着をかぶっていたのは超弦理論より深い話があるんだとか、君しか愛していないから安心してくれとか、何か話してくれとか、繰り言を延々と治癒中に聞かされたクロードは、逆に血の涙を流した。

 夫は血相を変えて焦り、抱きしめて腰を撫でてきて、そ、そうだ、マリーの弟か妹を作ってみようか、南部のビーチリゾートで、などと妄言を吐いてきた。

 治癒魔法は完璧にかけてくれた。

 ふとした折に顔を覆って泣き崩れる以外は、無表情で言葉も発せず、何も食べず、彫像のようだったクロードは、その治癒のおかげで正常な精神に戻った。

 だから、一連の治癒が済んだ後、帝国魔法院のその部屋を夫ごと魔術で爆破した。大変すっきりしたので、家に帰って実家に帰る荷物をまとめ、託児所へと娘を笑顔で迎えに行き、そのまま実家に帰った。


 魔術師は不便だ、とクロードは考え込んでしまう。『寿命リミット』に怯えなければいけないのみならず、莫大な魔力の代償としての『副作用』もある。

 クロードは性別が不安定で、妊娠も出産も大変だった。ルネは飢え。アリスティドは視力。ミルティアデスは胃が弱い。


 ルネは神聖騎士としての仕事と精神的打撃で『寿命』が一気に来そうになった。クロードが提案したこととはいえ、大公は自らの妃にすることで、自分の治療だけに集中させ、ルネの魔力の際限ない消費を抑えたのだろう。


「なんでそんなに優しいんだろうねえ」

 

 ミルティアデスが胸を張って反応する。


「だろう!? 私って優しいだろう! ……で、殿下のその、呪いの具合は」

「良くはなってる」


 この保身に長けた男の口から帝国主席魔術師に詳細を知られないよう、どうとでも取れる返答をした。実際に良くはなっている。一進一退という側面もあるが。


 痣が黒子ほくろのように小さくなってしまうこともあれば、とんでもなく広がることもあった。


 ミルティアデスはクロードの言葉を聞き、安心したように息を吐いた。


「殿下にはスキュリツェスのちびのような邪心や邪念のない人間が必要なんだ」

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