第23話 太陽のように明るく優しくて爽やか

 露店ろてんには色とりどりのアイスクリームが並んでいた。

 公園内は極めて平和であり、護衛たちも穏やかな雰囲気を崩さなかった。

 ルネはいちごのアイスクリームを大盛りでお願いし、いちごとクリームの混ざった絶妙な甘味を楽しんだ。


 しかし、大公のもとへ帰ろうと歩いていたそのとき。


「あれ」


 男の声が聞こえ、護衛が一斉に殺気立つ。


「ルネ・スキュリツェス卿じゃないか」

「あ、あの……お元気そうで」


 ルネは頭を下げた。


「そっちこそ」


 その声と同時に、護衛が数名、文字通りがされて吹っ飛んだ。この柔らかい気さくな声は——。

 残りのアイスクリームを捨てるように口の中に入れ、一気に大きく後ろへと飛びのく。


 金髪の、太陽のように明るく優しくて爽やかで、優秀な帝国神聖騎士第二席、オーレリアン・アルギュロス卿。


「どうしたの? クビになったのに、こんなところでのんきにアイスクリームなんか食べちゃって。しかも護衛付きとか……? スキュリツェス侯爵家はお嬢さまに過保護なのかな?」


 声がよくない、とルネは急いで結界を作る。声とともに護衛が一人、また一人と焦がされていく。結界の中に護衛を急いで入れた。


「無能でいらない第六席くん。本当にイラつくよ。侯爵家の令嬢で、たまたま叔母が聖女で、魔法学校を出ず、勉学の苦労も知らず、何か試験で忖度そんたくされたのか帝国魔術師になって神聖騎士になって。——全てが怪物に食われそうな田舎から出て、家族を抱えて貧乏のなかで窓の雪をあかりに勉学した人間にはねえ、イラつくんだよね」

「——」


 自分の今までの魔術しかなかった。

 怪物に食われる田舎もなく、貧乏もなく、友達もなく、願いもなく、希望もなく、魔力があったために制御可能になるまで叔母以外の家族と離れて暮らし、魔術を使うと起こる壮絶な飢えに苦しみ、ひたすら朝から晩まで魔術しかなく、心を苛立たせるものも心を慰めるものも魔術で、——。

 うまく言葉が出てこない。結界を維持することしかできない。

 その結界も大きく揺らぐ。熱風が周りに吹きすさんで。


「失礼」


 その声とともに、熱風がやんだ。ルネも結界を張るのをやめた。

 ルネはふっと抱き寄せられた。見上げると、大公が貴公子顔をして立っていた。

 何故か、無限地獄のふちから救済された気分になった。


「私の婚約者に、何かご用でしょうか、魔術師の先生」


 アルギュロスの顔が大きくゆがんだ。


「婚約者……?」

「はい、もうすぐ結婚します」


 大公が微笑んだ。この暗がりで、アルギュロスにはおそらく、摂政のラスカリス大公ではなく、貴族の平凡な紳士にみえただろうが。

 すると、通りすがりの女性たちの声が聞こえた。


「まあ、あの方、アルギュロス様じゃない? 神聖騎士の……」

「素敵だわ! 何を考えてらっしゃるのかしら。今後の魔術界の未来のこと?」

「少し話しかけてみない?」


 アルギュロスがルネを見て眉根をよせていると、女性たちが彼をわらわらと囲みはじめた。

 その姿に大公は「——んっ」と顎に手を当てた。非常に衝撃を受けている。

 どうやらアルギュロスばかり女性たちがかまうことにショックを受けているらしい。


「……あの者より私のほうがうるわしいはずだが」


 ルネは、もしふたりが女性なら、大公は妖艶な美貌の悪役のお姫様で、アルギュロスは清楚で可憐な女主人公みたいだから仕方ないなあ、と思った。


 大公は殺意を込めた目でアルギュロスをねっとり見ながら、「護衛に応急処置を」とやる気なく闇に命じ、ルネの襟首を面倒くさそうに引っ張り、薔薇園に連れ戻した。悪役令嬢だからである。



 薔薇園にテオが立っていた。ルネを見てそのつぶらな目を潤ませた。


「こいつがうるさくてな」


 大公が肩をすくめた。ルネは「ごめんごめんごめん、迷惑かけたね」とテオの首を撫でる。


「——あいつは神聖騎士か? 幸い軽症だが、近衛兵が何人かやられた。最低限の魔力防御しかつけさせていなかったせいもあるが、普通の魔術師ごときに近衛兵はやられない」

「帝国神聖騎士第二席、オーレリアン・アルギュロス卿です。お見苦しいところを殿下にお見せしました」


 神聖騎士の顔をして、ルネはラスカリス大公に跪いた。


「神聖騎士同士の個人的ないさかいにくちばしを挟む気は無い。公園で乱闘するなという以外はな。だが、そなた——」


 未来の義理の叔父のような顔をして、心配そうにルネを見た。


「嫌な相手なら、出くわしたら全力で避けろ」

「嫌な相手?」

「嫌な相手だろうが。そなたは結界を張っていた。あの者は熱風を放っていた。乱闘だ。乱闘する相手は嫌な相手だと相場が決まっている」

「……嫌な相手、でいいんですか?」

「ん?」

「あの方は神聖騎士第二席です。わたしより実績もあり、能力もあります。そんな人を嫌ってもいいんですか?」


 ラスカリス大公は唖然あぜんとした。テオもぶるぶると首を横に小刻みに振っている。護衛の近衛兵たちもかわいそうなものを見る目つきで見てきた。


「嫌っていい。能力の有無は個人的な好悪と関わりがない。礼儀は必要だが、嫌っていい。自分の好き嫌いは自分で決めていい」


 ルネはその瞬間、若芽わかめ色の目を見開いた。真っ暗で何もわからない洞窟の奥に、日差しが差しこんできたような気分になった。


 そう言い切った男の端整な横顔を、彼女はぼうっと見た。

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