第22話 頑張ってデートの偽装をいたします

 今度は軽薄そうで快活な青年であった。貴婦人数名を連れて歩いている。すると、自分たちを凝視し始めた。


 今の全くもって愛情のない姿を見られたかもしれないな、と後悔していると、大公が穏やかに甘く笑ってきた。


「ルネ、ともかく薔薇を青くしようなんて、考えないほうがいい」

「……」

 ——なるほど、今の会話を利用して……。


 彼はルネの顔をのぞきこみながら、頬を優しく撫でてくる。


「本当に可愛らしいことを考えるね。……っね?」


 頬を軽くぱちっと叩かれた。つまり、何か気のいたことを言わなければいけないらしい。

 ルネは上のムキムキが恋人に甘えるときの真似をした。


「でも、青い薔薇も、あったらきっときれいだと思いますわ。あなたもそうお思いになるでしょう?」


 無邪気な姫君のフリをして、大公の腕に甘えるようにすがりついた。上の姉はここで恋人の腕の骨をへし折ってしまい、必ず破局してしまうが、妹のルネはそんな真似はしない。


 すると軽薄そうで快活な青年は、すぐさまくるりと向きを変え、「かしこまりましたー!」と謎の発言をして去っていった。


 さらに二人はいそいそと薔薇園の奥に入っていく。薔薇を楽しむもあったものではない。


「気ぜわしいんですが……」

「仕方ないだろう」


 お互いため息をついていると、今度は上から刺客がやってきた。木の大枝に腰掛けて酒を飲んでいる、いかにもおしゃべりそうな太った人物がいた。


「——ここにもッ!」


 ふと木を見上げた大公とルネは目を同時に見開いた。酒を飲んでいる人物が「まあ」と興味深そうに息を詰めてこちらを見下ろしてきた。

 この人も攻略しなければいけないらしい。


 ルネが途方に暮れていると、膝に衝撃が走った。彼女は「ああっ!」と地面へと派手に転ぶ。


「おや? ルネ」


 大公がルネをあろうことか膝カックンしたのだ。


「ここはぬかるんでいるようだね」

「……」


 この野郎、と大公を見ると、彼は柔和で優雅な微笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。


「さあ」


 払いのけたくなるのをこらえながら手を取ると、視界が反転した。


「……きゃあっ!」


 目がぐるぐるする、と本心から悲鳴をあげてしまった。気がつくと、大公に横抱きにされていた。


貴女あなたの子鹿のように華奢きゃしゃな白い足に傷がついては大変だ。私が運んで行ってさしあげよう」


 ほら、とサファイア・ブルーの瞳が催促さいそくしてくる。何かそなたも気の利いた甘い言葉を吐け、と。目がぐるぐるしている状況で。

 この鬼、悪魔、氷の怪物、と内心で彼を罵倒する。

 しかたなく、下のムキムキが上流貴族の彼氏カレシにやっていた可憐な仕草の真似をする。


「あ……殿下、恥ずかしゅうございます、誰かに見られでもしたら……」

「誰にも見られはしないよ。夜闇よやみの薔薇以外は」


 横抱きって大丈夫なのかなあ、とルネは大公の肩のあざを案じた。魔術師に触れると痛いだろうから、自分を抱いていても痛いのではあるまいか。

 顔を見れば、白皙はくせきの顔から血の気が引き、脂汗が浮いている。急いでルネは身体を離した。


「子供扱いなさらないで! 一人で歩けます」

「……そうしてもらえるとありがたい」


 ぜえはあと肩で息をされながら、ささやかれた。直後、彼は明瞭にして優雅な声で失笑しだす。


「おや、私は姫君に嫌われてしまったかな?」


 こいつぁ、あっぱれだな、とルネは心の底から感嘆し、尊敬した。肩の痣がひどく痛んでなお、貴公子仕草にまったく隙がない。それはもう凄まじく根性のある貴公子ぶりだ。

 経験のなせる技だろう。常時三人の愛人を抱え、ハサミを避けるのが特技な男は違うのである。


 木の上にいた酒飲みが「がってんでい〜!」とホクホクしているのを確認した後、ルネは大公を連れて薔薇園の真ん中にある大理石のあずまやへと向かった。ちょうど良い休憩場所になっているのだ。


 あずまやで大公を大理石のベンチに座らせる。


 痛み止めの瓶を懐から出し、水魔法で水を出して瓶の中身を薄め、大公の口に押しこんだ。


「飲んでください。楽になるから」


 彼は素直に飲んだ。


「あぁーー……」


 彼は大きく息を吐き出し、大理石のベンチに寝転がった。ルネはその隣に座る。


「すみません、お姫様抱っこは肩に負担があるっていうのを事前に申し上げておけば……」

「いや、考えの至らなかった私が悪い。よく処方してくれた。礼を言う。褒美に、その、アイスクリームでも食べてこい」

「わああ!」


 ルネは目を輝かす。


「殿下も召し上がりましょうよ」

「私はそんなに品のないことはしない。毒殺の危険もあるしな」


 そうかあ、とルネはがっくりとした。


 ——がっくり?


 自分の感情にやや不審を抱いたが、考えるのをやめた。

 早めに帰ろうと、テオを呼ぶため、呼び笛を鳴らしておく。十分もすれば着くだろう。自分はその間に露店で美味しいアイスクリームのいちご味を買えばいい。


 そうだ、とルネは考えた。もしおいしければ、宮廷料理長に作ってもらい、大公に食べてもらうのもいいかもしれない。


「いってきまーす!」


 ルネは手を振り、帽子をかぶりなおしてドレスの裾をつまんで露店のあるほうへと向かった。


「はいはい、行ってらっしゃい」


 大公も呆れ気味に手を振り返す。気がつけば帝国軍近衛部隊の軍装の護衛が周囲を取り囲んでいた。ルネにも何人か女性の護衛が付いていることに気づく。


 ルネは、今までのテンションが乱高下しているふたりの様子を近衛兵たちにバッチリ見られていたと知り、「ひぃ!」と悲鳴をあげかけた。しかも、神聖騎士でありながら彼らの気配すら悟れなかった。自分は甘い。

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