第15話 ロマンティックなプロポーズ(偽装)

 傷口を清めた布で覆い、包帯をしながらルネは大公の顔をのぞき込んだ。


「叔母さまにいたいんですか?」


 大公はサファイア・ブルーの瞳を大きく見開いた。


「……な、なぜ、その、それを」


「叔母さまにお逢いしたいなら、一時間くらい下さればここにお連れできますけど」


 恋する少壮の男は「良い」と顔を背けた。


「あのひとの迷惑になるだろう。それに私の醜悪な姿を見せたくはない」


あざなら叔母さまも見ていましたし」


「違う。——」


 頭をよしよしとでられた。髪をいじられる。


「人とも思えぬ冷徹なやり方で、政敵を葬る姿。日々憂さ晴らしに女たちと戯れる姿。そんなものをあのきよらかなひとの目に晒したくはない」


 叔母さまって浄らかだったろうか、とルネは哲学の難問を解くように考え込んだ。気に入らない人間には手ひどい制裁を下し、幼いルネと聖堂で隠れん坊をし、作る料理はすべて事故で、人妻の尻を追いかけ、ルネの母の膝に大人になってもうずくまって甘え、夜な夜な変な魔術を開発し、まったくもってそれは愛おしく、人間臭く、——あんまり浄らかじゃない。


「うーん、うーーん」


 ルネは眉と眉の間を押さえながらうめいた。大公は頬を染める。


「あのひとは聖女というだけあって、普通の女性と違って麗しい天国の花のような香りがする」


 ルネはそこは深くつっこまないようにした。たぶん叔母は長い髪の手入れをするとき、お気に入りのラベンダーの香油をつけるので、そのせいではないかと思う。


「そういえばそうですね。髪からかな」


 非常に空気を読んだので、誰かに褒めてもらいたい気分だ。


「初めてお会いした時から美しく浄らかだった。まだ十代半ばの少年の頃だ。兄である皇帝についていって、聖女猊下のところへ参拝した。そのとき、心奪われた。それから時たまお会いするが、全く変わらない」


 大公は「それに比べて私は」と少し自嘲の笑みを浮かべた。


 自嘲しなくてもいいんじゃないかなと思った。大公が少年だったくらいの頃、叔母は聖女の仕事がしんどいと言って「もうやだぁ」と涙や鼻水を吹き出して大泣きしながら、ルネの母の膝に顔を埋めていた。ルネは幼児だったがよく覚えている。


 彼はこちらを見る。


「はらへり魔女はどうして浄化魔法の道を選んだ?」


 うーん、と少女神聖騎士は顎に手を当てた。


「そこに山があるから登る登山家みたいな感じですかね」


「……?」


「なんとなく身体が動きます。そこに穢れや呪いがあれば。浄化したくなるんですよ。小さい頃から」


「志があったというのではなく、特性に素直だったのか。だが、それは大変危険な行為で」


 少女は「あ、」と若芽色の眼を見開く。心底から男は優しげに笑った。


「仕方がない。しばらくそなたにラスカリス大公妃の位を授けよう。長く生きたいしな」


「……え!?」


「よし。となれば準備だ。髪を飾れ。華やかな服を着ろ」


「ほうぁ!? なんで?」


「うん、結婚するからな」


「けっこん!? わたしの意志は!?」


 大公はきっぱり答えた。


「無い。というより、どうするんだ、はらへり魔女は。神聖騎士をクビになり、先はないだろう。大食い全国巡りなどという夢を見ているようだが……」


「……」


「いったん大公妃になって、先のことをじっくり考えてみては? 『寿命リミット』が来て、呪いや怪物ではなく、民族や地方を浄化する前に」


 ルネはうつむいた。そうかもしれない。


 気絶しかけていたクロードが、片腕をつきあげた。女官たちは拍手してくる。


 というわけで、数日後、冒頭のように着飾られ、スフレで釣られたのである。

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