第13話 毛質とか目元とかよく似てるから
クロードは男性の姿に変化し、前髪をかきあげて苦しそうに深くため息をついた。
「先ほども夫に聞かれたようです。少なくともスキュリツェス卿と僕が接触したことは把握されました」
「あいつの別居中の妻に対するストーカー癖、どうにかならないのか」
大公も
「どうにも。憲兵にも掛け合っていますが、僕より魔力が下とはいえ上級魔術師ですからね。するりと抜けてしまうみたいで」
「本当に、魔術師に対する法律の整備が追いついていない。私に呪いをかけたのも、おおかたそなたの夫なのではないか?」
大公はその美しい巻き髪を片手でわしゃわしゃとした。 え、とルネはクロードを見る。クロードは瞳を痛みに染めながら、「うーん」と答える。
「スキュリツェス卿は、殿下の身近な方が呪いをかけたのだと見立てておいでですが、ここで壁にぶち当たります。これほど完成度の高い呪いをかけられるのは聖女猊下や僕を除けば、僕の夫くらいなんですよね。はっ、もしや殿下、僕の夫の不倫相手ではッ!?」
「残念ながら男に興味がないので、その推論は成り立たんな」
あの気持ち悪い後追い夫が、そんな凄腕魔術師なのか、最悪だな、とルネはいろんな意味で震え上がった。
「一番は、呪いの治癒がすみやかに済むこと。二番目は、呪いをかけた存在を突き止めること。三番目は、スキュリツェス卿が殿下の治癒をしていると僕の夫を含めた周囲にバレないこと。スキュリツェス卿には頻繁に殿下のもとへお越しいただく必要があります。ですが、謹慎中の神聖騎士、しかも『浄化の魔女』が殿下の元に度々出入りしているとなると、かなり不審がられるでしょう。そこで、こうなされば。先ほどのスキュリツェス卿と僕の会話は、殿下のスキュリツェス卿に対する熱い思いを伝えるものだった」
「待て」、と大公がクロードに右手を突き出す。
「殿下はなぜか消えない痣があって、たまたまスキュリツェス卿に治癒してもらった。そこで激しい恋に落ち、結婚したいぞォ! と大騒ぎしていたので僕が出て図書館でスキュリツェス卿と話し合っていた」
「あのなあ! 待て待て待て」
クロードは大公の左肩に手を置いた。わざわざ呪いの
「叶わぬ恋はもうやめましょう。現実と妥協しましょう。聖女
なんだあ、とルネはちょっとがっくりした。すでにクロードも知っているほど、大公の、聖女リュディヴィーヌ、ルネの叔母に対する恋は有名らしい。一大スクープをすっぱ抜かれた気分だ。
大公は哀しげな顔をしながらそっぽを向いた。
「知らぬ。ある日、奇跡が起きることだって——」
「夢想はやめて結婚しろよ。死にたくなければ」
どすの利いた声で、クロードが大公を揺らす。
「ぐうあぁ、お前、結婚で失敗してるくせにぐああああッ!」
「人の話よりご自分の話です」
「グァボッ!」
痣のところをまた握られたらしい。
ルネが呆然としていると、やはりクロードがルネの手を取った。女性の姿になって。
「スキュリツェス卿、いえ、ルネ嬢。お願いできますか」
「そんな、お使いを頼むみたいに言わないでください……」
「偽装結婚という形にします。治療目的ですからね。このすけべ野郎は一年くらいで死ぬのでしょう。そうしたら解放されて未亡人年金ももらえますよ!」
「治療したら生きてしまうじゃないですか」
「その時はとっとと離婚する!」
大公が言うと、クロードがニヤリと笑った。
「あら。乗り気でらっしゃる。安心いたしました。頑張ってルネ嬢を口説いてくださいませ」
大公は頬を軽く染めた。
「だ、黙れーーーーーーーーーーーーっ!!!」
大音声が、帝宮のラスカリス大公の私室に響いた。
話が終わり、よろよろとルネが廊下に出る。男性の姿に戻ったクロードが声をかけてくる。
「たぶんどこをどうやって行ったらいいかわからないと思うので、お外までご一緒しますよ」
「ありがとうございま……」
その瞬間、ルネは突然倒れた。華麗に着飾った女性三人が舞い上がりながら勢いよくルネに襲いかかったのである。
「ルネ嬢!?」
クロードが目を瞬かせていると、女三人のピンヒールがルネの体に食い込み始めた。
「ぐあああ」
「殿下が私室にいらっしゃるというから、ご挨拶しようと思ったら! 女が! 女がいるなんて!! このおかっぱのちび! この
かわるがわる三人の女性に踏まれたため、ルネはぼろぞうきんのようになってしまった。
「る、ルネ嬢!!」
クロードがぼろぞうきんになったルネを助け起こす。女豹のようにルネを睨み据える女たちは、どうしてくれようかとさらに算段を重ねており、「皮剥ぎ」「火あぶり」など物騒な単語が彼女たちのひそひそ話から聞こえる。
戦場を一瞬にして平和な花畑に変えたのは、ラスカリス大公だった。
大公はぱん、と手を叩く。
「申し訳ない。その少女を傷つけないでくれないか」
女三人——ルネはこのとき、ラスカリス大公の愛人三人だとわかった——は、花が咲いたように笑み、こぞって美貌の恋人を見る。
大公はルネにはついぞ浮かべなかった甘く紳士的な微笑みを三人に向ける。
「その子は聖女猊下の姪御だ。猊下に頼まれてしばらくお預かりしている。聖女猊下にご報告しなければならないね。姪御は宮廷の香り高き花々が嫉妬で狂うほど可愛らしかったようですよと」
愛人三人は顔を
「人違いだったのよぉ」
「聖女様には、わたくしたちがとっても優しく接してくれた、ってお伝えくださるぅ?」
「そういえば、その髪型、かわいいわ〜!」
ルネはクロードを見た。クロードはこめかみを押さえて首を横に振っている。
女たちはそこそこに応急手当を終えると、急いでラスカリス大公のところへ向かっていった。美貌の大公は、優雅な仕草で、「今日も見事に花たちは咲き誇っているね」と女性三人を受け止めている。
ルネはもう一度クロードを見た。クロード呆れかえって首を横に振っている。
扉が閉められ、何も音がしなくなった。しばらくすると、女の甘やかな声が聞こえてくる。
クロードは急いでルネの両耳を塞ぎ、扉から引き離す。
「ま、まだ十七歳ですからここから逃げましょう! ルネ嬢ッ!!」
帝宮の玄関まで、目立たない廊下を歩きながら、ルネとクロードはげっそりとしていた。
「サレ妻としてはムカつきますが、独身ですからかりそめの恋をするのは違法ではありません。ただ、花畑の中をさまよう蝶、いや生ゴミをあさるカラスみたいに無節操なので、刀傷事件が起きたりしています。……ラスカリス大公の密かな特技は背後からハサミを投げられても華麗に避けること……」
「え、へえええ……へええええええ」
あなた、そんな男に偽装とはいえ結婚しろって提案してくるんですか、わたしに、という言葉をすんでのところで押し込めた。
「捨てられた女性に恨まれてる説が濃厚に……」
ルネは眉根を寄せた。クロードはくすくす笑う。
「そうだと楽なんですが。殿下の女性関係を洗えばいいだけの話で。もし魔力のない人間であれば、彼女を処罰すればいいだけの話です。でも、他の理由が原因で、さらにかなり力ある魔術師が犯人だった時が一番怖い。犯行を突き止めたとき、何をされるかわかりませんから。最悪を想定して僕は夫を疑っているのですが——」
「君はよく私を疑う」
その生真面目そうな声に、クロードが息を飲んで振り向いた。
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