第12話 異空間、茶は出されぬが……一同驚愕

 異空間であるので、お茶は出されない。

 クロードは椅子に座り、ルネも椅子に座らせて、丁寧ていねいに話し出した。


「大公殿下にあざが確認されたのは一年前で、僕は殿下のそばに侍っていなかったからよくわからない、帝室官房局長に任じられた理由も出世が遅れたからだ、と申し上げましたね。あれは嘘です」

「う、嘘」

「大公殿下に痣が確認されたのは一年前で、僕がそのとき事情を把握していなかったのは事実です。しかし、僕が帝室官房局長ていしつかんぼうきょくちょうに任命されたのは殿下の痣と関係があります。これ以上の呪いから殿下をお守りするためです。それ以外にも、種々の理由がありますが」


 記憶を辿たどるように、クロードは目を細めた。


「最初、殿下は左の肩に出来たを、どこかにぶつけた痣だとお考えになった、とはお話ししましたね。しかし、その痣は魔術師にしか見えない。気がついたら、だるさや寒気、めまいなどの不調に悩まされておられたそうです。復職活動に励んでいた僕は、たまたま殿下と旧知の関係だったため、帝宮に密かに召されました。それで、その痣が呪いだと見立てました。それで帝室官房局長に。けれど、僕でさえ、呪いを解く方法、いやそもそも何の呪いなのかがわからず、聖女猊下げいかにおすがりすることにしました。聖女猊下はその呪いを『死の呪い』だと看破かんぱされました。でも、それ以上のことはわかりませんでした。そこであなたがいらしたわけです」


 その話を聞き、ルネは足をもぞもぞと動かした。上級魔術師に自分の見立てを言っていいものか。


「あの、大公殿下は腐臭が凄かったんですが……」

「ああ、あなたも感じますか」

「はい。で、腐臭の種類から見るに強い恨みの思念を感じたので、身近な人がかけたのではないかなと」

「僕に一人思い当たる犯人がいるのですが、政治的に対立している人という線はありませんか?」

「わたしにはよくわからないんですが、政治的に対立している人を恨む度合いではないと思います。家族とか、恋人とか、……なんかそういう感じでした」


 魔術師の顔をして、クロードがつぶやく。


「なるほどね」

「たぶんそのくらい強い、絶望とか、怒りとか、悲しみとか。引きちぎられそうな感覚とか、……そんなのを感じました」


 ルネとクロードは一瞬黙り込んだ。クロードは女性の姿に戻る。二人でいまいましげな顔をする。


「じゃあ女性関係かしら……!」

「常時三人彼女さんがいるって本当ですか!?」

「本当です。最近わたくし、クソ男しか見ておりませんの。上司もクソ男、夫もクソ男……。殿下って顔も良くて優秀で地位も高いじゃありませんか。磁石にくっつく砂鉄のごとく女性がわらわら周りに参りますの。独身だし、結婚するつもりもないから、断る理由もないと取っ替え引っ替えしているのですわ」


 クロードが頭を抱える。ルネはクロードをいたわる眼差しで見た。


「うわぁ、被害者がいっぱいいそう。原因はそれでは?」

「となると、魔術師の女性に手を出して恨まれたか、殿下に恨みを持つ女性が魔術師に法を犯して頼んだか……」


 うーん、と二人で考え込み、「やめましょう」「ええ、やめましょう」と口々に言い合った。

 扉を出ると、知らない空間にたどり着いていた。

 今度はいちめんの豪華絢爛な空間だ。シャンデリアが天井からぶら下がり、数々の絵が壁にかけられ、贅美ぜいびきわめた調度品ちょうどひんがあちこちに置かれていた。


「え!?」


 驚いて足を滑らせると、後ろから抱き支えられた。


「魔術師のくせに驚くのか。ここは帝宮の私の部屋の一つだ」


 耳元でささやかれるその声は、先ほど散々話題にしていたラスカリス大公のものだった。

 ルネは驚いて、その腕の中でもがいた。だが、もがけばもがくほど、さらに深く抱きしめられていく。

 どうやら図書館から帝宮へと空間移動をしたらしい。


「はらへり魔女と話はできたか? クロード」

「できました。協力してくださる気満々です。まあ! かわいい。すっぽり腕の中に収まりますわね」


 豪奢ごうしゃな姿見を見れば、ルネは大公の腕の中にすっぽり収まっていた。ちょうど大公がマントを羽織はおっていたため、大型哺乳類が赤ちゃんを抱いているように見えた。

 かわいくないっ、とルネは叫ぶ。


「協力するとは一言も……!」

「協力しろ」


 大公が頭の上から一刀両断する。

 クロードはルネに酷薄こくはくな表情を浮かべて迫ってきた。


「あれだけ殿下の秘密をお教えし、解呪に近づいた魔術師です。協力してくださらないのだったら生かしてはおけませんわ。うっかり帰り道に事故にあって死体になりたくないでしょう?」


 夫に不倫されたのはここら辺が原因ではないかなと思いつつ、ルネは、むう、と押し黙った。

 ぱすぱす、と大公がルネの頭を軽く撫でた。


「まあ、私の解呪が一日で終われば一日で解放される。遠からず元の職場で働ける」


 ルネはぶうぶうと文句を言った。


「一日じゃ決して解呪できません! こんな濃くて複雑な呪い!!」

「解呪できなくとも私は一年くらいで死ぬのだろう?」

「そういうやけっぱちな人は解呪しませんよ!」

「ほう? 解呪してくれるつもりだったのか」


 言い合う大公とルネをじっくりと見比べていたクロードが、顎に手を当て、何か考えはじめた。


「何だ?」


 大公がく。


「あの、お二人とも……、名案を思いつきましたの。その、驚かないで頂きたいのですが」

「ん? 解呪に関してなら何をする覚悟もできておるが?」

「これ以上何を驚けというんですか?」


 上流階級の貴婦人ないしは貴公子で、夫と別居中で、娘がいる三十後半の上級魔術師は、頬を染めたりこめかみに手を当てたり、もじもじしたりしながら爆弾を落とした。


「お二人とも、ご結婚いたし……ませんか!?」

「「は!?」」


 ルネと大公は見事に同時に目を丸くし、これ以上ないほど驚いた。

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