第10話 冬の日に出会った人は権力者

 ルネは目を皿のようにした。叔母は、聖女としての気品高い瞳で姪に語りかけた。


「だから今、この殿下に死なれては困るの。帝国が崩壊してしまうわ。だから、あなたに殿下の呪いの浄化をしてほしいの。ついでに呪いをかけたのがなんなのか、いや誰なのか、どうして呪われたのか、調べて欲しいの。ちょうど彼には側近に、『知の術者』と呼ばれる優秀な上級魔術師もいるから、その人とも協力してね」


 ルネはもっと目を皿にした。

 男——ラスカリス大公であるらしい——は頭を丁寧に下げてきた。


「私をお助けいただけるとありがたい。ルネ・スキュリツェス卿」


 三歩ほど下がり、ルネは絶叫する。


「え、え、えっ。えーーーーーーーーー!?」


 叔母はにやりと笑うと、「よろしく」と手を振り、館の奥に引っ込んでしまった。



 ルネはよろよろとしながら庭をさまよう。


「え……、えっと、た、たぁ、大公殿下でらっしゃる?」


 ラスカリス大公は爽やかに微笑みながらうなずいた。


「ああ。成年せいねんとともにラスカリス大公りょう拝領はいりょうした。そのほかにも複数の伯爵領や子爵領などを相続している」


摂政せっしょう大公殿下!?」

「なんだ? はらへり魔女」


 相手はにっこりと返事してきた。

 ルネは知っている。

 その摂政大公が、甥皇帝を支える帝国の実質的な最高権力者であることを。

 その冷徹な政治手腕は着実に業績を出してきた一方で被害者も出し、顔色一つ変えず非情な命令を下したり辛辣しんらつなことをしたりするため、「氷の殿下」と呼び習わされることも。


「う……あ……」


 そう考えた時、ふいにその白金の巻き髪が獅子ししのたてがみに、サファイア・ブルーの瞳が何者をも飲み込む薄黒い海に、そのすらりとした肉体と整った顔立ちが神の作った彫刻に見えた。

 気圧けおされてしまって、何もいえなくなる。

 だから。


「だ、誰に断って摂政大公殿下をやってるんですかあああ!!」


 変なことを言って大暴れする。大公は「ん?」と真面目に答えてきた。


「帝国法のうち、帝室の存続に関わる第二九八条によるものだ。『皇帝が幼少あるいは病床にあり執務ができない場合、最も皇帝と血縁の近い成人帝族が摂政となり執務を行う』、と。また、皇帝大権たいけんにもよる。皇帝フィリベール陛下は自らが幼少なのをうけて、成人まで私に摂政となり自らのご政務を輔弼ほひつするよう命じられた」


「うわああああああ!」

「なんなんだこいつ……」


 大暴れする少女に、少壮の大公は眉をひそめた。


「わたし!? でんか!? じょうか!?」

「そうして欲しいと願っているが……」

「えっ、なんで呪われちゃったんですか?」


 ルネは大公にむかって身を乗り出す。


「それを知りたい。いや、呪われる原因がありすぎて、どれが原因かはっきりさせたい」

「き! 聞いたことありますよ、顔に任せて彼女さんを取っ替え引っ替えしたからでは!?」

「……どこでそれを?」


 美貌の男は額に冷や汗を垂らす。


「お姉様たちが噂してるのを聞いたのです! 仕事はものすごくできるけど、常時三人くらい彼女さんがいて、そりゃあもうド派手に彼女さんたちが対立……ぐふ」


 いきなり手が伸びてきて、口を塞いだ。


「子供は黙っていろ。あとそなたの姉たちに、その話は聖女にだけは絶対するなと伝えておけ」


 ルネの叔母であり聖女のリュディヴィーヌが顔を覗かせていたのが見えた。


「ふたりとも、話は済んだ?」

「済んだ。快く引き受けてくれるそうだ。リュディヴィーヌ、貴女あなた姪御めいごは愉快な少女でおられるな」

「……ふぐぅ」


 口を塞がれたままで自由に話すこともできない。さりげなく手もがっちり押さえられているため、抵抗もできない。


「ルネ、よかったわね。これで謹慎処分をたぶんこの素敵な大公さまが解いてくださるから、任務が終わったら職場復帰できるわよ」


 大公は「素敵……」と甘やかにため息をつくと、「ああ」と優雅にうなずいた。


「貴女がそうおっしゃっていただけるとありがたい。そう私からも申し出ていたしな。大食い旅行なるものは神聖騎士でもできよう」


「お願いします。あと、殿下。御身おんみのためにも、姪をゾナラス様と並ぶ懐刀ふところがたなになさってくださいませ」

「この少女が使い物になればな。だが、貴女の姪のこと、しかとお預かりする」

「ありがとうございます」


 ルネはずっと大公の大きな手で口を塞がれていたため、ふぐふぐとしかいえなかった。

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