第6話 ムキムキとムキムキばかりの実家だな

 明らかにムキムキな父や兄と姉たちが、親子仲良く重いバーベルを持ち上げていた。

 祖母は出かけていると使用人ムキムキが伝えてきた。


 陸軍大佐をしているムキムキで明朗な兄がルネを認め、大声で叫んで言った。


「待っていたぞルネ! この新調したバーベルスタンドで、お前のヒョロい身体をマッチョにしようではないか! それに執事から聞いた。筋力がないからそうなるんだ。謹慎きんしんなんてワンパンで破砕はさいしろ! 優れた上腕二頭筋をそのアルギュロスとかいう男とミルティアデス卿に見せつけてやれ。全員裸足はだしで逃げる」


 お兄様の場合はそうかもしれませんね、とルネは兄をにらんだ。

 兄の上腕二頭筋を見せつけられたら、ルネでも命の危機を感じて逃げる。

 末娘と長男のやりとりに、海軍元帥をしている、お髭の印象的なダンディでムキムキの父が口を挟んだ。


「保身などいらぬぞ! ただ筋肉があれば、皆が道を譲ってくれるのだ。ルネ、謹慎とは残念なことだ。スキュリツェス侯爵家でも珍しい例だ。スキュリツェス侯爵家のものはだいたい無遅刻・無欠席を誇っているのだが……」

「謹慎と無遅刻・無欠席は違うと思います……」


 ルネは父の無理解にめまいがした。

 父は経験豊かな海軍元帥なのだが、謹慎処分など食らったことがないのだろうか。食らったことがないから海軍元帥にまで出世したのだろうか。


 さすがに兄が父をたしなめた。


「父上、謹慎というのは軍規などに違反したものに与える罰ですよ。ルネは悪意はなかったようなのですが、規律に引っかかることをしちゃったみたいですね」


 父は「軍規か。あれは粉砕ふんさいしたかったが、できなかったな……強者ツワモノだ」とため息をつく。

 ゲラゲラ笑いながら、兄はルネを急かす。


「早くベンチプレスをやれ。あーっ、魔力が使えるからって母上みたいなことはするなよ。ルネみたいに華奢で細かったから一族郎党で心配してたら、遺言で『実は魔術で自分のバーベル軽くしてたの』って告白された時の衝撃ったらなかった」

「しませんーー!!」


 ルネはひと睨みして魔術で兄のバーベルを重くした。

 急にバーベルが重くなった兄は叫ぶ。


「してるじゃないか!!」


  姉ふたりは末妹と兄のくだらない兄妹喧嘩を見てあきれ返っていた。



 社交界でお相手を探しつつ、陸軍情報局で働く上のムキムキが一休みし、レモネードを飲みながらいう。


「でも嫌なお話ね。神聖騎士たちにもそういう、相手をおとしめめることってあるのね」

「相手を貶め……?」

「ルネ、あなた本当に根っからのスキュリツェス侯爵家の人間ね……。私たちとは別に育ったのに。ちょっとは頭を使いなさいよ」


 姉は頭痛がするように額を押さえた。


「そのアルギュロスって男は、あなたを追い出したかったの。あなたの経験や能力そのものが神聖騎士団に不要だと判断されたわけじゃない。だいたい、不要な人材なら最初から採用しないわ。神聖騎士でしょう? 治癒は必要だし浄化は必要だと思うわ。仲間が怪我したらあなたが治癒するでしょうし、戦闘中に怪物が瘴気しょうきを出したら誰が浄化して仲間を守るの? そのアルギュロス卿は、あなたがなんらかの理由で邪魔で、ミルティアデス卿にあなたの悪口をふきこんであなたを追い出したのよ」

「……そう、だったんですか?」


 どこが邪魔だったのだろう、とルネは考えこむ。


「すーなーおーでーおーばーかー」


 実業家で、社交界で数多くの男性を虜にしている下のムキムキがルネの背中をペシッと叩いた。


「そういうところに嫌な奴は目をつけてくるのよ。素直でおばかな奴だから反抗の仕方もしないだろうって。まあこうなっちゃったら仕方ないから、とりあえずリュディ叔母さまにおすがりしたら」


 上の姉もうなずく。


「それがいいわ。ご加護を受けるだけでも、何か違うかもしれない」


  そうしようかなあ、とルネは思った。とりあえず実家に荷物を置き、ゆっくりしてから叔母のところにいずれ訪ねてみるのもいいだろう。


  久しぶりに持ち上げるバーベルはかなり重かった。



  翌朝、目覚めたら筋肉痛でルネはのたうち回っていた。上腕がものすごくプルプルする。


「ゔぉぉぇぇっぇ……」


 ——このまま実家にいたら、とんでもないマッチョに魔改造されるか、死ぬ。


 マッチョか死か。


 ——実家がつらい。物理的に。お父様とお兄様とお姉様たちとはご一緒していたいけど、筋トレ的に実家がつらい。


 おそらくマッチョになる確率は低いだろうと思ったルネは、予定を早めることにした。


 急いで着替え、朝餐ちょうさん前の筋トレメニューを朝餐のメニューのようにいう執事に「聖女さまのところに出かけてくる!」とだけ言い、うまやに急ぐ。

 有翼馬のテオが待っていて、飛び乗って叔母のところへ行った。慣れた動作も、筋肉痛のせいで、腕がむきむきではなくむぎむぎする。

 



 叔母は聖女だった。

 聖女。帝国至高魔術師ともいう。その魔術で怪物たちや災厄を鎮め、国家の護りを行う。

 「聖」と呼び習わされているが、それは言葉の上だけ。

 大昔は未婚の女性が選ばれていたようだが、今は離婚や死別を経験した人物でも一向にかまわない。選定された時点で独身であればいい。性別さえも問わなくなった。男性の聖女ももちろん数多くいる。


 帝国には帝国の魔法界を統括する帝国主席魔術師がいるが、その上に君臨する帝国最強の魔術師がいる。

 帝国主席魔術師は、言い方は不遜ふそんだが、努力をすれば誰でもなれる。求められるのが各地に散らばる魔術師たちをまとめる実務能力だからだ。


 だが、聖女は——帝国至高魔術師は違う。

 有無を言わさぬ圧倒的魔力。人並みはずれた魔術への造詣と知識。「神の子」としか言いようのない「何か」。それを叔母は、本当に小さいうちから持っていたのだ、と同じく魔術師であった母は笑いながら言っていた。


 叔母のいる聖堂は帝都にほど近い非常に高い山の上にあり、気軽に歩いて赴くことはできない。かといって交通機関も通っていないため、有翼馬を使って赴くのが最善だ。


 その叔母は、ルネの到着を予見していたかのように、彼女の出した手紙を片手に、雲海に突き出した聖堂の門前で待っていた。

 有翼馬に乗ってこちらに向かってくる姪に、大きく手を振りながら。

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