第4話 イケメンは性格悪い人多い(※偏見)
タイプライターで書かなかったにもかかわらず、帝国神聖騎士団団長のミルティアデス卿の目がつり上がっていた。横にオーレリアンが控えている。
花柄の壁紙のほっこりする雰囲気の執務室のはずなのに、絶対零度の空気が漂っていた。
「スキュリツェス卿!」
「……はい」
帝国神聖騎士団団長はルネの書いた報告書を片手に持ち、もう片方の指で強く弾いた。凛々しく太い眉毛をひくつかせながら。
「
「……?」
全身の血の気が引いていく。浄化魔法と治癒魔法の
オーレリアンが団長をたしなめはじめた。
「ですから団長、スキュリツェス卿はまったく悪意はなく、すべて昨日私が報告した通りなのです。スキュリツェス卿は確かに浄化魔法と治癒魔法を取り違えました。それまでは団長の力になって
「貴下はスキュリツェス卿をかばっているのか?」
「……ですから」
団長の問いに、オーレリアンは顔をやや背けた。
呆然としたまま、ルネはオーレリアンと団長のミルティアデス卿を見比べる。
つまり、ちゃんとオーレリアンは団長に真実を伝えていた。けれど、ルネが書いた報告書とは矛盾する。
この場合、人の心情として、清廉なオーレリアンが、失敗した上に極悪非道なルネをかばっているように感じるだろう。
「あのう……」
ルネは困ったようにミルティアデス卿の顔色をうかがう。
団長は、その普段人形のような彼女が取り乱したことさえ気に食わなかったらしく、報告書をルネに投げつけた。避けようと顔をそらしたが、団長は魔術を込めていたらしく、報告書の軌道が急カーブを描いてルネの顔面に直撃する。
ミルティアデス卿は叫んだ。
「お前がアルギュロス卿にトロール虐殺を依頼したな! 火傷した者には
ルネは頭がくらくらとした。
神聖騎士は原則解任されることはない。自ら望んで職を辞することも許されない。その職を離れるのは、死亡、ないしは出世や異動などで退任するほかない。
これすなわち、無期限の謹慎とは事実上の解任宣告に近い。
謹慎、と彼女は荷物をまとめ、階段を降りていった。テオを連れて実家に帰らなくてはならない。
階段の途中に、オーレリアンが微笑んで立っていた。階段が好きな人なのかと思い、挨拶だけして去ろうとする。すると、彼はルネにあるものを渡してきた。
「はい、君のハンカチ」
トロール退治のときに失くして、テオと探し回っていたハンカチだ。
「団長と俺の会話を聞いてほしくてさあ、ちょっと移動魔法を仕込んでおいたんだよね。ちゃんと聞いてたね。傷ついてくれた?」
え、とルネは息を飲む。オーレリアンがルネのハンカチを隠し、わざわざあの団長とオーレリアンの会話をルネに聞かせたらしい。
ねっとりとしたオーレリアンの声が、ルネの身体にまとわりつく。
「いらないんだよね。ぼさっとしてるのに、怪物のエサにもなかなかならないしさ」
「……えっと」
「治癒? 浄化? そんなもの、いらない。怪物は虐殺し尽くしたほうが皆の為になる。やつらを退治する帝国神聖騎士に治癒魔法の使い手などいらないし、
くつくつ、と笑いが降ってくる。
「お前——」
その
「いらないんだよ、お嬢様」
ルネは目を見開いたままうつむいた。
「……」
全ての感覚が消えていく。オーレリアンがまだ何か話しているようだが、その声も。先ほどまで感じていた建物の古めかしい香りも。視界がぼやけていく。寒ささえ感じない。
感覚のないまま
***
帝宮、トロペオルム宮の大会議室で、その事件は起こった。
中年の男が武装した衛兵に囲まれ、大会議室の中央でうずくまっている。
「申し開きはあるか?」
若い男の透徹した静かな声が大会議室に響いた。
「グリュケリア公爵。そなた、建国以来の忠臣の家に生まれながら、さらなる権勢を欲し、皇帝陛下を害し奉らんとしたな?」
「あ、……う、あれは」
中年の男が、すでに髪を乱れさせ、醜い姿で
「殿下がおすすめになられたことではありませんか! 証拠もございますぞ! 三ヶ月前の夜、殿下は我が屋敷においでになり——」
殿下、と呼ばれた若い、とはいっても少壮ほどの男はそのサファイア・ブルーの二重の涼しげな目で、あがく男を冷たく見下ろした。
その美しき彼のそばに秘書のように控えていた、三十後半ほどの亜麻色の長髪の知的な容貌の男が言う。
「ラスカリス大公殿下におかせられましては、三ヶ月前にグリュケリア公爵殿下のお屋敷を訪問されたという記録はございません。その証拠とやらはいずこですか? グリュケイア公爵家にもお尋ねしましたが、ラスカリス大公殿下はお越しになられたことはないそうです」
「……嘘だ!」
美貌の少壮——ラスカリス大公は、中年の男——グリュケイア公爵の前に膝をつき、その肩を叩いた。
「我が身の保身のために、私を言い訳に利用されるほど地に落ちたか?
「……貴様ぁ! この帝国第一の忠臣であるグリュケイアを罠に
グリュケイア公爵は衛兵に両腕を押さえられても、なお暴れた。ラスカリス大公はただ冷たく男を見下ろすが、はあ、と低い声で言う。
「グリュケイア公爵。私は一つ学んだのだ。味方のふりをして寄ってきて、人を貶めようとする人間がいる、とな」
「……あれは殿下がこの私に——」
「貴下は妄想癖がおありのご様子だな。もし私が、貴下が妄想したように、不敬にして不忠にも甥陛下からの
ラスカリス大公の形の良い眉がひそめられた。衛兵たちに命ずる。
「この男を捕らえろ」
は、と衛兵はグリュケイア公爵を担ぐようにして大会議室を出た。ラスカリス大公の実妹であるエウテュミオス女大公も含め、大会議室にいた他のものはみな背筋を凍らせた。
ラスカリス大公はしきりにグリュケイア公爵に帝位簒奪の内意を漏らしかけていた。もちろん、はっきりと口にしたわけではない。実に
だが、この処断の真の理由は保身しか頭にない小心なグリュケイア公爵本人の行動にあるわけではない。
先年、グリュケイア公爵領から、
ラスカリス大公。帝国摂政である。今の皇帝であるフィリベールはまだようやく字を書けるようになったほどの幼少、到底親政など行えず、叔父である彼が実質的に国政を主導していた。だが、その冷徹な政治手法により、こういわれていた。
——氷の殿下。
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