白木潤一という男
それから、一年後──
「いいか、ネットとかでしょうもねえことやらかしてんのは、ほとんどがブサメンなんだよ。ブサイクな男ってのはな、ほぼ間違いなく頭も悪くなるし性格も悪くなる。将来は、不潔で臭いキモデブおやじで確定だ。どうしようもねえ連中だよ」
高級感ただようソファーにふんぞり返り、若き幹部候補生たちに持論を垂れる白木。ブランド物のスーツに身を包み、いちいち芝居がかった仕草で皆の顔を見回している。時おり壁の鏡で己の顔をチェックするあたりは、絵に描いたようなナルシストぶりであった。
「その点、俺は整った顔に生まれたからな。まあ、親には感謝感謝だね。お前らも、親には感謝しとけ。今の時代はブサイクに生まれたら、ほぼ人生詰みだからな。おい、お前聞いてんのか?」
言いながら、ひとりの若者を指差す。
「はい、聞いてます」
若者は、ビクリとしながら答えた。綺麗な顔立ちで、どこかのタレント事務所にいてもおかしくないだろう。
彼だけではない。並んでいる若者たちは皆、タイプは様々だが全員が美形である。白木は、男であろうが女であろうが、不細工な人間をそばに置かない。日頃から「ブサイクな顔の人間は、仕事の出来もブサイクだ」などと豪語しているくらいだ。
そんな白木はといえば、鏡で己の顔をチェックしつつ再び語り出す。
「あとな、エイジングケアはきちんとやっておけよ。ブサメンとイケメンはな、はっきり言って生まれ持った才能の差が大きい。しかしな、努力は忘れちゃいけねえよ。こうしたケアはな、若いうちからコツコツとやっておくことだ。その差は十年後二十年後にきっちり出て来るぞ。俺なんか、どんなに忙しくても週末にはジム行って筋トレしてるしエステにも通ってるからな」
この白木、かつてはホストだった。百八十センチ近い体は、ジム通いで鍛えられており無駄な肉は付いていない。肌は白く、銀ぶちのメガネをかけている。ことあるごとに「ブサイクは人間扱いしなくていいんだよ」「ブサイクな男ってのはな、人間の序列で最底辺だ」などと言っているが、自身は確かに美しく整った顔立ちである。
ホスト時代は、その顔とよく喋る口と回転の早い頭とマメな性格をフルに使い、あっという間にトップへとのし上がっていた。
店のトップになってからも、白木は精力的に活動していた。女から、多額の金を貢がせる。そのため、中には犯罪に手を染める女もいたが、彼の知ったことではなかった。素知らぬ顔のまま、金を受け取っていたのだ。しまいには、自ら犯罪計画を立て、そこに客の女を引き入れるようにまでなっていく。
しかし、思わぬ事態が起きた。客のひとりが、自宅にて殺害されたのだ。どんな死に方だったかは報道されていないが、死体は
さすがの白木も、これはマズいと感じた。ひょっとしたら、あの女はヤバい男から詐欺まがいの手段で金をふんだくっていたのかもしれない。その報復で殺されてしまったのか。となると、自分のところに来る可能性もある。
白木は、すぐに店を辞めた。もっとも、おとなしく生活していたわけではない。貯め込んだ金でキャバクラ『キャンディガール』をオープンさせる。これまで水商売で培ったノウハウを活かし、貯め込んでいた金も惜しむことなくつぎ込む。
結果、キャンディガールは人気店となり、マスコミにも取り上げられるようになる。最初は警戒していた白木も、徐々に取材を受けるようになっていった。やがて彼の顔写真が雑誌の表紙を飾るようになる。
「あのね、儲けるとは信じる者と書くんだよ。俺は、店のキャストやスタッフのことを信じている。信頼しているからこそ、儲けられるんだよね」
テレビのインタビューを受けた時は、こんなセリフを吐いて不敵に笑って見せた。
その夜、白木は車を走らせていた。真っ赤なフェラーリで、
突然、車の前に飛び出して来た者がいた。派手な動きでバンパーにぶつかったかと思うと、大の字で倒れている。
白木はチッと舌打ちした。今のは、完璧な当たり屋である。文字通り、わざと車に跳ねられ示談名目の金を得る連中……はっきり言ってしまえば、犯罪者だ。
たまに、高級車と見てぶつかってくる当たり屋がいる。昔なら、金を払うより他なかった。しかし、今はドライブレコーダーがある。露骨な当たり方では、逆に犯罪と見なされることもあるのだ。
今回は、完全に向こうが当たりに来ていた。揉めることもないだろう。白木は、冷静な態度で車から降りる。必要な手続きをすべく、スマホを取り出した。
次の瞬間、白木は我が目を疑った。倒れていたはずの当たり屋だが、その姿が消えているのだ。
「お、おい、どこ行ったんだよ?」
唖然となり、思わず呟いていた。その時、腕にチクッとした痛みを感じた。背後から、針で刺されたらしい。ふざけたことをしやがって、と振り向こうとした。
しかし、動くことは出来なかった。一瞬にして、体験したことのない強烈な眠気に襲われたのだ。抗うことなど出来ない。白木の意識は、闇へと沈んでいった。
最後に彼が見たものは、牙を剥き出した緑色の怪物だった──
気がつけば、白木は暗闇の中にいた。目を凝らしたが、何も見えない。
立ち上がろうとした時、自身がどういう状況か気づいた。両腕と両足をきつく縛られており、動かすことが出来ない。
途端に、それまでの記憶が蘇る。誰かが、車にぶつかってきた。車を降りた白木に、怪物が襲いかかってきた。あるいは、怪物のマスクを被っただけなのかもしれないが。
いや、そんなことはどうでもいい。ここはどこだ?
「おい! 誰かいないのか!」
恐怖に駆られ、大声で怒鳴る。すると、声が聞こえてきた。
「そんなに大きな声を出すなよ。ちゃんと聞こえてるからさ」
直後、明かりがついた──
床に置かれたランタンが、白木とその周囲を照らし出した。床は灰色のコンクリートで、後ろの壁も同様らしい。かなり広い場所のようだが、ランタンの明かりでは全体を見ることは無理なようだ。
そして目の前には、ひとりの少年が立っていた。小柄で肌は青白く、中性的な顔立ちをしている。だが、その目には異様な光があった。
「ここはね、取り壊される予定のビルだ。その地下駐車場だよ。どんなに叫んだところで、誰も駆けつけやしない。つまり、ここにいるのは僕とあんただけだよ」
少年の言葉に、白木は顔を歪めた。目の前にいる少年には、全く見覚えがない。
「ちょっと待ってくれ。何なんだよ、あんたは……」
「僕の名は茨木零士、昔の名は風間零士だよ。あんた、風間由美って人を知ってるはずだ」
「知らないよ。そんな奴、聞いたこともない」
慌てて答えるが、もちろん嘘だった。風間由美は、かつての客である。白木にのぼせ上がっており、彼の言うことなら何でも従った。挙げ句、ふたで生命保険金詐欺を企てるところまでいっていたのだ。
ところが、由美は何者かに殺される。白木は身の危険を感じ、ホストを引退したのだ。
その時、ある事実に思い当たる。少年は、昔の名は風間零士だと言っていた。ということは、この少年は由美の息子なのか?
「忘れたってことか。じゃあ聞かせてやるよ。風間由美は、お前に貢ぐためにホストクラブに通い詰めた。挙げ句に金が無くなり、風俗店に勤めるようになった。それだけなら、まだ良かったが……最終的に、息子に保険金をかけて殺そうとした」
そう、白木の前に立っているのは零士である。夜季島を脱出し、泥水をすするような思いをしながら、今まで生き延びていたのだ。
「あ、あれは……その、俺がギャグで言っただけなんだよ。まさか、本気にするとは思わなかったんだ。悪いのは、全部あの女なんだ。俺は悪くないんだよ」
「そうかもしれないね。ただ、僕の母さんは殺された。首を引きちぎられて死んだ。犯した罪に対する罰は受けたんだよ。でも、あんたは罰を受けていない」
途端に、白木の態度は一変した。唯一、動かせる部位である頭を何度も下げつつ、金切り声をあげる、
「ちょっと待って! 許してください! 助けてください!」
「助けてくれ、だと? ふざけるなよ……お前さえいなけりゃ、僕は人間として生きていけたかもしれないんだ!」
怒鳴り返す零士。同時に、少年の顔つきにも変化が生じていた。白い肌が、少しずつ変色しているのだ。
何か、とてつもないことが起きようとしている──
「お、お願いです! 命だけは助けてください! 金ならいくらでも払います!」
「ああ、助けてやるよ。命だけはな」
そこで、零士の目が紅く光った。
「お前、顔が自慢らしいな。ならば、その顔を奪ってやる」
言った直後、零士の姿が本格的に変わり始めた。肌は緑色になり、口からは鋭い犬歯が覗く。瞳は紅い光を放っており、綺麗な顔は獣じみたものに変わっていく。
小さな少年は、みるみるうちに怪物へと変貌していたのだ。
悲鳴をあげる白木だったが、彼にとっての地獄はこれからだった。怪物と化した零士は、鉤爪の生えた手を伸ばす。そこにあるのは、白木が常々自慢している綺麗な顔だ。
次の瞬間、白木の顔面の皮膚と肉の一部が引き剥がされた。激痛のあまり、口からは悲鳴があがる。しかし、怪物の耳には何も聞こえていないらしい。さらに手を伸ばし、顔面の部位を次々と破壊していく。
白木の顔は、あっという間に変化していった──
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