第33話

一ノ瀬香織は不思議な男性に助けられた。五年前、この世界に突然飛ばされ、最初は心優しい男爵家の家族に拾われて、幸せな日々を送っていた。この日までは……。


「そろそろ、香織も十八歳だな。例の件はどうなっている?」

「はい。滞りなく進んでおります」

「そうか。そうか。それはよかった。処女は貴重だから高く売れるぞぉ〜。がっはは」


 香織はその会話を扉越しに聞いてしまっていた。一年前、義母が亡くなってから義父はお金を手に入れたい欲に取り憑かれてしまった。


「私を売る?そんな……。嫌だ……。知らない人に汚されるのは絶対に嫌だよ……。早く逃げなきゃ」


 足音を立てないようにゆっくりと部屋を後にしようとするが、立て付けが少しだけ悪く音がなってしまう。


「そこにいるのは誰だ!」


 男爵家の当主の怒号。私は全力で屋敷の扉まで走る。屋敷の扉は固く閉ざされており、手では開けることができなかった。


「えっ?何で?何でなの……」 

「無駄だよ、無駄。その扉は魔力ロックしてあるからお前では開けられない!観念して部屋に戻りなさい!」

「嫌だ!絶対に嫌!」


 香織を捕まえようとする手が近づいてくる。私は男爵家の当主から必死に逃げようとする。


「抵抗をするな!」


 香織の手を掴んだ男爵家の当主は思いっきり頬を平手打ちで殴る。


「きゃぁぁ!」


 痛い、頬がジンジンと痺れている感覚。香織は男爵家の領主を睨みつける。


「何だ!その顔は!偉そうな!悪い子にはお仕置きだ……。ニッヒッヒ」


 男爵家の当主は怪しげな笑みを浮かべている。そして香織の服を破り始めた。(どうしよう……。このままだと汚されちゃう……)


「転移者なんだから特別な何かあるでしょ⁉︎助けてよぉ!お願い……だからっ!」


 男爵家の当主が下着に手を触れようとした時、香りの周りを風が覆う。男爵家の当主はその凄まじい風によって吹き飛ばされた。


「何っ!この小娘がぁぁぁ!」

「私の初めては好きな人に捧げるの!知らない誰かには絶対にあげないっ!」


 香織がそう言うと今度は手に炎が現れる。


「壊れてぇぇぇぇ!」


 屋敷の扉に炎を全力でぶつけた。「どかっ!」扉を破壊する凄まじい音。耳を塞いでしまいたいほどだ。


「やったぁ〜!今までありがとうございましたっ!」


 捨て台詞を吐き屋敷から出る。太った体型をしているせいか、転んだ姿はまるでボールのようだった。少しだけ笑ってしまう。


「すぐに小娘を捕まえろぉぉぉ!」


 十人くらいの追手が香織探している。香織は草むらに隠れながら街がある方へと逃げる。養母に小さい頃によく連れて行ってもらったので、土地勘はある。香織は後ろを振り返らずに全力で走った。「ドン!」逃げるのが必死すぎて香織はぽっちゃり体型の男性にぶつかってしまう。


「うそ……。何でここにいるの?」


 香織は体を震わせる。暗いせいで視界が悪く男爵家の当主に見えてしまったのだ。


「大丈夫ですか?私は奴隷商人をやっているベノンです」


 優しく差し伸べられた手は男爵家の当主のものではなかった。


「た、助けて下さい……。お、お願いします……」


 この街の外には森があり、魔物が生息している。香織一人の力では生きていける気がしなかった。


「分かりましたよ。とりあえずこれを着なさい」

「ありがとうございます……。ありがとうございます……。ううっ……うっ……うっ……」


 今までの気持ちが全て吐き出されるように止まることのない雫が目から溢れ出してきた。


「大丈夫ですよ。ほら、乗って下さい」


 男性になだめられ、香織は馬車の中に乗った。中はまるで檻のようだったので、震えが止まらない。「また裏切られたらどうしよう」とネガティブに考えてしまう。


「これから向かうのは、ルミナスという街です。神話級の武器を持った異世界から来た少年、一ノ瀬優さんが滞在していると噂に聞きましたよ。会えるといいですね」

「会ってみたいです。ところでベノンさん、私がここの世界の出身ではないことを知っているんですか?」

「はい……。感ですけどね……」

「そうなんですか?すごいですね」

「ありがとうございます」


 ベノンさんは少しだけ照れくさそうな顔をしていた。

 馬車がルミナスの街に着いた。そして金貨百枚で香織を買ってくれる人が現れた。男性は香織のことを異世界人と言っており、この男性が、ベノンさんが言っていた人なのかも知れない。同い年の男性と話すのは初めてだったので、話しかけることもできなかったが、男性といる少女に助けられて少しずつだけど話せるようになってきたかもしれない。(男性と少女の名前を知りたい。聞かないと……)


「す、すいません……。あなたたちの名前を教えて下さい……」


 勇気を振り絞って香織は質問した。


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「そう言えば……。言っていなかった……気がする……。僕は一ノ瀬優」

「猫塚柚子だよ」


 勇気を振り絞って名前を聞いてくれた香織さんに答えるように僕と柚子は自己紹介をする。まともに話したのはこれが初めてかもしれない。少しだけ嬉しさを感じている。


「優さん……。優さん。会いたかったです」

「えっ、えぇぇぇ!いきなりどうしたん……ですか?何で僕に?」

「ご、ごめんなしゃい。気にしないでください」


 言ってしまったという顔をしながら語彙力が低下している香織さん。頭から湯気が出ているような真っ赤な顔になっている。


「無理、無理、無理。絶対に無理だよね。絶対に無理」

「な、な、な、何でもないです!気にしないでくだひゃい……」

「……」

「……」


 噛んでいるのは面白いのだけれど、いきなり好意を向けられた発言をされて動揺してしまった。そしてお互いに顔を赤くさせながら沈黙の期間に入る。


「にいに、ねえね。仲がいいね」

「言わないでよろしい……」


 小さい声で柚子にツッコミ。恥ずかしくて香織さんとは顔を合わせられない状態になる。


「優よ!両思いではないのか?」

「やめてよ……」


 右肩からチャチャを入れてくるウグル。


「何て、いい日なのですか」

「ベガまで……」

「主人!応援するぞ!」

「アルタイルもやめてくれぇぇぇ……」


 ここぞとばかりにチャチャを入れる聖獣、怪物ども。心がもたない。


「にいに、ねえね。熊いたよ」

「どこ?どこだ?」


 こういう時は別のことを考えて忘れよう。なんて期待を込めてクマを見たがダメだった。心が落ち着かないまま、インフェルノベアーと戦闘になった。

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