奴隷の少女

第32話

 誰のも声をかけられずに場馬車乗り場に到着した僕と柚子は馬車を止める。馬車の御者さんに地図を見せて行きたい場所を伝えた後、馬車の中に乗り込む。


「出発しますね」


 馬車の御者さんの一声で馬が歩き始める。


「誰にも会わなくてよかったぁ……」


 僕は狭い空間の中で胸を撫で下ろす。


「にいに。どうしたの?」


 柚子は僕の表情を見て、頭を傾げる。


「いや、何でもないよ」


 他の冒険者に会いたくなかったと言えるはずもなく。とりあえず誤魔化した。窓の外も見ていると何台もの馬車にすれ違う。


「御者さん。あの馬車は何ですか?」


 すれ違った馬車の中に一際形の違った馬車。人が乗っていると思われる客車の大きさも他の馬車よりも大きく、窓ひとつない閉鎖空間って感じだった。馬車の後ろの隙間からこちらを見る日本人特有の黒髪にブラウン色の瞳の女性。僕と同じ年くらいだろうか……。異世界人の可能性があるので、少しだけ気になってしまう。


「あれは奴隷商人の馬車ですね」

「奴隷商人?」

「はい。見えないですが、後ろの客車には人が乗っていると思いますよ。これから店舗に向かうのではないでしょうか」

「奴隷商人の店舗はどこにあるんですか?」

「お客様が行くお店の近くにありますよ。ちょうどこの辺りです」


 馬車の御者さんは僕が店を説明した時に使った地図を指さしてくれる。


「柚子。異世界人がいるかもしれないから、あとで寄ってみよう」

「柚子たちと一緒のところから来た人がいるの?」

「多分ね」

「見てみたい!」


  楽しみそうな顔をする柚子。食事を摂る前に奴隷商人の店舗に寄ってみることにした。

 馬車が走り出して数分、目的地に着くことができた。馬車の御者さんに料金を支払い下車する。


「馬車の御者さんが言っていたのはあの辺りか……。行ってみよう」

「行こう。行こう」


  いつもよりも足早に歩く柚子を見て、どれだけ楽しみなのかが伝わってくる 


「いらっしゃいませ」


 眼鏡をかけたぽっちゃり体型の男性が笑顔で出迎える。


「奴隷商人の店舗で合ってますか?」

「ええ、そうですよ。今日は特大の商品が入ったのですよ。見てみますか?」

「はい、よろしくお願いします」


 奴隷商人は奥の部屋に入って行き、台車で檻を僕と柚子のもとに持ってくる。檻の中に入っていたのは先ほど馬車の後方から顔を出していた女性だった。布の服に痩せ細った顔。栄養を取らないと餓死してしまいそうな表情だった。


「ひどいね……」


 先ほどの柚子とは打って変わって、悲しそうな顔をする柚子。見た目からしておそらく日本から来た異世界人なのだろう。


「この子を金貨百枚で買います」

「百枚?高すぎではないですか?」


 奴隷商人の驚く顔。


「いいえ。その子は異世界人なので、この値段でも足りないかもですね」


 人の命に値段はつけられない。しかしこの世界でこの子を助ける方法は購入することだ。奴隷商人に舐められないように高額で買い取ると言ってしまったが、家を建てる資金もすぐなってしまう……。


「いえいえ、十分です。これ以上はもらえません」

「よし。決まりだな。それと僕たちの専属奴隷商人でもやらないか?」

「是非是非。うちと今後も取引して下さいませ」


 笑顔を崩さない奴隷商人。女性が異世界人だと宣言したにも関わらず、値段を釣り上げる気配もしない奴隷商人に。少しだけ疑問に思う。アニメやラノベで見た奴隷商人とは何か違う気さえしている。


「奴隷商人さん。首についているものも外して下さい」

「従属の首輪ですよ?良いのですか?」

「いいです」


 女性のことを奴隷と扱うつもりは一切ないので、無理していうことを聞かせなくてもいい。その為、首輪なんて必要ないのだ。僕たちは奴隷商人の店舗を出て、服を買いに行くことにした。


「……」

「……」


 奴隷商人から買ったことはいいのだが、何を話したらいいか思い浮かばない。おそらく同い年ぐらいの女性。同年代の女性とは今まで話した経験すらない。(みんなはどう話を切り出しているんだ?)


「にいに。ねえね。何で話さないの?」

「そ、そ、そ、それはだな……。話題が思いつかない……」


 僕は柚子に痛いところを突かれて、分かりやすく気を落としてしまう。


「ねえね、名前は?」


 僕が困っていることを察してか柚子が女性に質問してくれる。(柚子は。ありがとう!話題を作ってくれて!)と心の中で柚子を褒める。僕が女性の前でオドオドしていたのはこれで二度目。柚子にも呆れられてるのかと思うと辛い。


「……瀬戸内香織……」


 声が小さすぎたせいか、何も耳に入ってこなかった。


「も、もう一度……。お、お願いしても……。よろしい……?」

「……」


 女性はただ顔を赤くするだけで返事が返ってこない。(気まずい。本当に気まずい。もしかして二人ともコミュ障なのではないのか?それとも初対面で嫌われた?)不安がつのる。


「ねえね。もう一回言って」


 明るい声で女性の方に耳を傾ける柚子。女性は腰を落とし、柚子の耳元で何かを囁いた。


「にいに。ねえねの名前。香織って言うんだってー」

「柚子。本当にありがとうな。頼りなくてごめん……。ははは……。ははは……。」


 僕は苦笑いを浮かべる。


「えーと……。香織ちゃん、香織さん?って、あれ?どちらとも呼ぶには難易度高くないか?名前呼びはカレカノの特権だと言うし……。柚子にも苗字も聞いてもらおうかなぁ……」


 独り言のように呟く僕。そうこうしているうちに服屋さんについてしまったので、聞いてもらうタイミングを逃した。


「いらっしゃいませ!彼女さんの服をお探しですか?」

「か、彼女⁉︎それは……。違いますね……。はい……」

「違うんですか?」

「ねえねは、にいにの、彼女なの?」


 首を傾げる店員に純粋な質問をする柚子。隣では僕の服を「クイックイッ」と引っ張る香織さん逃げられないではないか。


「えーと……。そうですね……。彼女に似合う服を……」

「かしこまりました!」


 楽しそうに服を選びに行く店員さん。(これからどうなってしまうんだ……)柚子のドレスほど高価なものではないが、緑色のワンピースを着る香織さん。嬉しそうなのでよしとしよう。


「ありがとう……」


 よく耳を澄まさないと聞こえないが、お礼を言って頭を下げる香織さん。初めて聞こえた声は可愛らしかった。


「おう」


 頬をかきながら返事をする僕。体の温度が少しだけ上がったのを感じた。


「ねえね。よかったね!」


 柚子の笑顔。そしてこくりと頷く香織さん。柚子が何で香織さんのことを【ねえね】と呼ぶかは何となく察しがつく。香織さんが僕と同い年くらいだからだ。ルルさんは僕より年上で親しみやすそうなので【お姉さん】と呼ぶ。


「柚子。もうすぐ着くぞ」

「やった!ご飯、ご飯」


 色々あったが、目的の場所に到着した。店の中は埃一つないほど掃除が行き届いており、とても綺麗だった。店員に案内されて、僕たちは席につく。メニューのほとんどが和食料理だった。


「この店は僕たちの世界から来た人が作ったのかなぁ?」

「そうだと思う……」


 小さい声だが、反応してくれるようになった。まだ二人で話すのは無理だけど、おいおいは……。


「僕はご飯、お味噌汁がついている魚定食で確定だな。みんなは何食べるの?」

「柚子はね。これを食べる」


 柚子が指さしたのは魚やおにぎりなどが入っている和風お子様ランチだった。香織さんは味噌カツ定食を頼んだ。


「んんっ〜。久しぶりに食べた和食は美味しい」

「にいに。ねえね。美味しいね〜」


 口の中にご飯を詰め込んでいる柚子。相当お腹が空いていたのだろう。


「美味しい……」


 目から涙を出す香織さん。今までどんな環境で生きてきたのかは僕には想像できないが、この感じ、よくない環境だったのだと想像がついてしまう。

 腹を満たしたところで、今日受注したインフェルノベアーを討伐する依頼をクリアしに行くために馬車に乗って移動する。本当はアルタイルで移動したいところだったが、それはルミナスから外に出てからにしようと思っている。


「よし。気合を入れて頑張ろう」


 冒険者になって初の依頼。ワクワクした気持ちが抑えきれなかった。馬車にルミナスの門まで連れて行ってもらい、外に出てからはアルタイルに乗って依頼書に描かれているインフェルノベアーを探す。最初はびっくりしていた香織さんもすっかり馴染んでいた。

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