第27話
「ところで、優くんと柚子ちゃん。うちで雇われる気はないかね?三食、寝るところ好きだぞ」
「いやぁ……それは……」
「兄上、勧誘はやめてください!優と柚子は自分の家を持ちたいのですから」
僕が返答に困っているとウルガさんが助けてくれた。ルミナスの領主、アウル伯爵様に言われたら断りにくい決まっている。ウルガさんはそこを察してくれた。
「そうか、それは残念だな……。ところでどこに家を建てたいのだ?」
「まだ開発の進んでいない魔物の森の中央部に湧水がありまして、そこに建てたいと考えております」
ウルガさんから事前にもらった大きな地図の印のついている部分をアウル伯爵様に見せながら説明する。
「湧水とは何だ?」
「地中から水が溢れ出したものです」
アウル伯爵様の疑問に僕は答える。
「兄上、その水に一手間加えた飲料水は実に美味しかったです」
「そうなのか、ウルガが美味しいといった水なら一度飲んでみたいな」
「まだ残っていますが、飲んでみますか?」
「ぜひ飲ましてほしい」
「分かりました。これです」
ウルガさんは巾着袋から水筒を取り出し、アウル伯爵様に見せる。
「何だ?その妙な入れ物は?」
アウル伯爵様は初めて見る水筒に目を丸くしながら言う。
「これは優が作ってくれたものです」
「優くんが作ったのか?」
「はい」
「優くん、やっぱりうちで雇われないか?」
「ごめんなさい……。できないです……」
「兄上!ダメですよ!」
「分かった、分かったよ」
興味を持ったことは絶対に手に入れようとする姿。ウルガさんみたいだ。再びウルガさんに注意されて大人しくなった。
「簡単に作れますので、差し上げましょうか?」
「本当か?くれるのか?」
「はい」
「優、私も買い取ったのだから、支払いを要求しないといかんぞ」
ウルガさんの思いもよらない発言。(ウルガさんもサーシャさんに言われるまで無料でもらっていたはずなんだけどな……)それでもお金が稼げることはいいことなので、何も言わないことにしよう。
「分かった。大銀貨一枚でどうだ?」
大銀貨一枚はおおよそ一万円くらいだったはずだ。少しもらいすぎかもと思ったが、いただくことにする。アウル伯爵様に水筒を買い取ってもらって、ウルガさんが移し替えを行なった。そしてアウル伯爵様は水筒の中に入った水を口に入れる。
「うまい!これはうまい!条件付きで家を建てることを許可しよう」
「条件ですか?」
「そうだ!そこで作った水を定期的にルミナスに売りに出すことだ」
「分かりました」
「よし!決まりだな!」
家を建てる許可はもらったが、水を売り出さないといけないとなると装置作りは必須ではないか。そのためには資金もいるし、人手も必要だ。これは大変な約束をしてしまったのでは……。そうは言っても返事をしてしまった以上、断るわけにはいけないし、あそこに家を建てたいと言う目標は変わっていない。
「大丈夫か?優、そんな約束をしてしまっても」
ウルガさんは僕の耳元で囁く。
「何とかします、その為には報酬を多めにもらわないとですね」
僕もウルガさんに囁き返す。「よし分かった」と言うウルガさんの強い意志を感じる。この顔の時のウルガさんには任せておいていいだろう。
「兄上、そろそろ本題に入りましょうか?」
「そうだな、そうだったな」
アウル伯爵様が話を聞く姿勢をとったので、ウルガさんは話し始める。聖域を怪物から奪還したこと、遺跡の守護竜を正気に戻したこと、謎の襲撃者と命懸けの戦いをしたこと。遺跡調査のこと以外にウルガさんに会う前に僕が行なったことや謎の襲撃者になすすべなかったことを隠しながら苦戦を強いられたように話すウルガさん。この人は交渉上手なのかも知れない。
「なるほど、そんな事があったのか……。大変だったな」
「はい……。とても大変でした……」
「よし、分かった!ち移籍調査の依頼で褒賞の金貨五十枚の他に怪物と戦ったことや竜と戦ったこと、そして謎の襲撃者と戦ったことに対するボーナスで金貨三百枚をあげようじゃないか」
「ありがとうございます」
ウルガさんは僕を見て、アウル伯爵様に見えないように親指を立てる。僕もそれを真似してウルガさんに見せる。ウルガさんのおかけで、今回の調査で稼いだお金は金貨三百五十枚で、日本円だと三千五百万円くらいだ。あとはこれをどう配分するかはウルガさんに任せることにする。
「優くん、最後に契約聖獣と怪物を見せてくれるか?」
「はい」
そう言いながら服の床でくつろいでいたアルタイルたちが僕と柚子の肩の上に現れる。
「これが聖獣と怪物か〜」
「はい、今は小さくなってもらっていますが、実際の大きさは四メートルくらいになりますかね。」
「そうなのか、それは凄いな」
興味を持った顔をするアウル伯爵様。また勧誘されないか少しだけ心配になる。
「兄上、そろそろ冒険者ギルドの方へ行きますね」
「そうか、宴会やるのだったな。楽しんでこいよ」
「はい」
僕と柚子とウルガさんはお城から外に出る。
「にいに、緊張したよ〜」
「僕もしたよ」
久々に聞いた柚子の声。柚子は僕に抱っこされて顔を胸に当て、ぐったりとしている。貴族様に対する慣れない言葉遣い。それから理解し難い報酬の話に家を作るための条件提示。全てのことが初めての経験で訳の分からないことも多かっただろう。
「褒賞の話なのだが、優と柚子には金貨二百六十枚あげることにするよ」
「ウルガさんたちも命懸けで戦ったのにそんなにいただいてもいいんですか?」
「家も建てないといけないし、私たちが無事に帰れたのは優と柚子のおかけだ。感謝の気持ちとして受け取ってくれ。それにおまけでこれもあげるぞ」
「ありがとうございます」
ウルガさんからは初期投資の金貨二百六十枚に巾着袋を二枚頂いた。ウルガさんには感謝しかない。
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