謎の襲撃者と崩壊する遺跡

第22話

「もうすぐ死ぬというのに気楽な人たちですね〜」


 全身が漆黒の服装で、フードを被っている人。シリウスさんが言っていた人物と一致する。フードで完全に顔は隠れてしまっているが、男性の声だということは分かる。人と同じ大きさなのにウグルのような魔力を漂わせており、普通の人間とは思えない。


「彼は主人と同じで、異世界から来た人間だ」

「人間なのに何で、ウグルみたいなオーラを発生させているんだ?」

「怪物と契約しているからでは無いかと」

「なるほどな……」


 アルタイルがテレパシーで言ってくるので、異世界人なのは間違いないだろう。そうだとすると僕と同じ魔力量の持ち主で神話級の武器を持っているかもしれない。


「彼は一体何なんだ?シリウスさんと対峙した時と同じ威圧感を感じるのだけど」

「僕と同じ異世界人みたいです。何かは分かりませんが、怪物と契約してるみたいですよ」


 ウルガさんはシリウスさんの一見で慣れてしまったのか、怖気付く状態にはなっていないようだ。ギルさんとルルさんも一緒で、ヒシヒシと警戒心を表に出しているようだった。


「使えませんね!そこの守護竜さん!死んでください!」


 フードを被った男は手から風属性のブレスを発射する。ウグルとシリウスさんと同等の威力のブレス人間が受けて仕舞えば、骨一つ残らないだろう。人間の身でありながら、あんな威力のブレスを撃てるものなのか……。


「ウグル!シリウスさんを守って!」

「分かっている!」


 ウグルもブレスを発射して、相殺させた。


「邪魔するんですか?フェンリル!そいつは聖獣ですよね!」

「お前は……そうか人間を支配して憑代にしたんだな!ヤマタノオロチ!」


 知っている名前だ。ヤマタノオロチ八首の大蛇。あまりに大きいせいか、八本ある尻尾はなかなか見ることができないと言う。日本神話での中で最も恐ろしい存在だ。この男は既にヤマタノオロチに意識まで乗っ取られており、人間としての自覚がないらしい。


「そうですが、何がいけないんですか?人間はただのオモチャではないですか」

「オモチャだと⁈ふざけてるんじゃねぇぞ!」


 珍しく怒りを爆発させているウグル。僕もヤマタノオロチの人間の尊厳を傷つけるような発言には頭にきてるけど。


「怪物でもあろう奴が人間に肩入れするのですね!あいつを殺して元に戻してあげますよ!」


 シリウスさんから標的が僕になった。


「ブレスだと、防御されてしまうかもしれないので、こいつで殺しましょうか」


 ヤマタノオロチはフードの男の手に魔刀を出現させる。人を何人も殺したのか、黒薔薇の紋章をつけた柄に刀身から溢れ出る黒色のオーラは命を吸い取ってしまいそうだ。


「これは居合斬りと言うのでしたね」


 鞘に刀を納め、居合切りの準備を行う。目にも留まらぬ速度で間合いを詰められ刀を抜き始めている仕草が視認できる。


「これは、人間の動きではないだろ……」


 この速さで詰められては避けることは不可能だ。あまりにも人間離れしすぎている。


「アルタイル!優を守ってくれ!」

「分かっている!」


 ウグルの叫び声。そしてアルタイルの力強い返事。アルタイルは僕の目の前に結界を展開して、居合斬りから守ってくれた。


「聖獣と怪物のダブル契約をしてるのですか!あり得ませんね!フェンリルと聖獣に同時攻撃されてしまったらこの体は持たないでしょうね。ここは退きましょうか」


 冷や汗が止まらない僕。一瞬だけだったが、死を覚悟した。ヤマタノオロチが僕から離れた瞬間に緊張が解け、腰が抜けてしまった。


「ですが!簡単にはここから出られないと思ってください!」


 そう吐き捨てると八つのブレスをランダムに撃ち込む。「ゴゴゴゴゴ」遺跡が崩れる音。急いで逃げないと下敷きになってしまう。


「おいおいおい、あり得ないだろあいつ!」

「完全にネジが外れてますね」


 人間のする行いではないと思っているウルガさんとギルさん。


「ほらほら、優さん。起きて起きて」


 僕はルルさんに支えられ立ち上がる。


「迷惑かけてすいません……」

「何言ってるの?あんなのを見せられたら、立ってるのも無理だよ」


 逃げないといけないと分かっているのに動かない。ルルさんに支えられながらアルタイルに乗り込むことに成功した。


「優がこんな状態だから、柚子ちゃんはウルガたちとベガに乗ってね」

「うん」


 心配そうな顔をする柚子。情けない姿を晒してしまったな……。各々アルタイルとベガに乗り込み、ウグルは小さくなって柚子の方に乗った。シリウスさんは自分で飛ぶことができるので問題はない。


「あはは、あはは。早く逃げないと死んじゃいますよ〜」


 煽るヤマタノオロチ。今回は僕たちの負けだ。崩れてくる遺跡の破片を避けながら上へ上へと飛んでいく。この遺跡は階層が縦に伸びているみたいなので、上空を見上げると月の光が顔を出しているのが分かる。外はすっかり夜になってしまったみたいだ。僕たちは無事に遺跡から脱出することに成功した。久しぶりに見る外の景色、そして美味しい空気を体全体で感じている。


「遺跡は完全に崩れてしまったか」


 形が残っておらず、ただ穴が空いているだけの状態を見て、ウルガさんは言う。そしてヤマタノオロチはどこかに消えてしまったのだ。


「どうしましょう、私の家がなくなってしまいました」


 寝床を失って、悲しむシリウスさん。本当に気の毒だ。


「シリウスさん、寝床を聖域に移してはどうでしょうか?」

「いいんですか?あそこを寝床にして」

「はい!私たちが主人様たちと契約したことで、守る聖獣がいなくなってしまったんですよ!遠慮はなさらずに聖域を守ってください。それに正気に戻った魔物の森の守護者が聖域に寝床を構えるのならば、ウルガさんが言っていた魔物騒動はなくなると思います」

「そうなんですね。それなら遠慮せずにここに寝床を構えますね」


 ベガの提案に乗り気のシリウスさん。これでシリウスさんは遺跡の守護者から聖域の守護者となった。そしてウルガさんが最近問題になっていると言っていた魔物騒動が無くなるみたいなのだ。

 遺跡を出て聖域に到着した僕たちは聖なる泉の恩恵を受けていた。足だけしか使っていないのに疲れた体が回復していく。


「ルルさん、さっきはありがとうございます」 

「優!貸し一ね」

「せっかく感謝したのに、なんてことを言うんですか」

「少年よ、優しさの裏には何かがあると思った方がいいよ」

「もう、お礼は言いません〜!」


 初めて会った時のように僕を楽しそうにからかうルルさん。(この人には助けられたくなかった……)


「ルル、それくらいにしておけよ。優にどれだけ助けられたと思ってるのだ」

「そうですよ、ルルさん。一度助けただけでは返しきれません」

「は〜い。すいませ〜ん」


 大仕事を終えて、リラックス気味な僕たち。そして柚子は大きくなったウグルのふわふわな毛を枕にして寝ている。


「可愛い〜。柚子ちゃんに抱きつこうかしら」

「また拘束しますよ」 

「すいません……。それだけは勘弁してください……」


 ルルさんがまた柚子に近づこうと思っているようなので、脅してみた。ウルガさんとギルさんの笑い声が響く。拘束の脅しがここまで通用するとは予想していなかったので、柚子に近づかせたくない時はこの作戦を使おうと決めた。


「明日、街に向かおうか」

「そうですね」

「やっと街に行けるんですね。楽しみです」


 ウルガさんとギルさんが街に向かうと言ってくれたので、僕は純粋に喜ぶ。異世界にきて初めて見る街だ。どんなところなのだろうか……。


「街に帰ったら、お酒をいっぱい飲もうね」

「ルルさん、お酒が好きなんですね」

「この世界の人はみんな好きだと思うよ、優さんは飲まないの?」

「飲まないんじゃなくて、向こうの世界では二十歳になるまでお酒は飲めないんですよ」

「そうなの?可哀想だね」

「何でだよ!」


 飲まないでも十分に楽しい生活が送れていたので、こちらの世界の価値観はよく分からない。だから、ルルさんにツッコミをいれてしまった。


「街に着いたら優と柚子はお風呂に入って、着替えを買わないといけないぞ」

「お風呂があるんですね?最高ではないですか」

「そうか、そんなに楽しみなのか」

「はい!今すぐにでも入りたいです!」


 こっちの世界でもお風呂に入れるみたいなので、めちゃくちゃ嬉しい。一ヶ月以上も同じ服を着ているし、水洗いしかしてこなかった僕にとっては最高のご褒美だ。


「楽しみだなぁ〜。人の住んでいる街に行くのは」


 そんな期待に胸を膨らませながら僕は聖なる泉から出て、柚子と一緒でウグルを枕にして眠りに落ちた。

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