第21話
激戦が起きている場所からだいぶ離れた物静かな場所で、僕と柚子は高倍率スコープで戦闘の様子をのぞいていた。
「あの規模の結界はすごいな……」
「アルタイルさんとベガさん、すごーい」
さすがは聖獣と言うべきか、すべてが規格外だ。普段は僕たちに合わせてだいぶ力を抑えているようだが、目の当たりにすると驚いてしまう。
「さっきの射撃はよかったよ、柚子」
「ありがとう、にいに」
最高の笑顔で僕を見る柚子に表情が緩んでしまう。
「いけない、いけない。戦闘に集中しなければ……」
忘れられない柚子の笑顔を心の奥底にしまい落ち着いて、戦況を高倍率スコープで見ることにした。竜が空に昇っていく、そして巨大な魔法陣が空に浮かび上がった。
「まずい、まずい、本当にまずい……」
「にいに、どうしたの?」
「説明は後でする!早くハンドガンに変形させて腰にあるケースにしまうんだ!」
「分かった」
焦る僕を見て柚子も素早く銃を腰にしまう。僕は柚子をおんぶして全力で走った。同じような感じの魔法陣を僕は見たことがある。ウルガさんたちを助けるためにアルタイルが使用した天候操作魔法を発生させたものだ。今回はあの時よりも五倍以上の魔法陣の大きさなのだ。それくらいの規模になるか予想することができない。
「アルタイル!聞こえるか?」
僕はテレパシーでアルタイルを呼ぶ。
「主人!どこにいる?」
アルタイルが僕たちを必死に探している姿が薄っすらだけど見える。あの焦り用から察するに僕の予想は正しいのだろう。
「アルタイルからみて、右にずっとまっすぐのところだ!」
「了解した!すぐに迎えに行く!」
「こっちも走って向かっている!」
車よりも早いスピードでこちらに向かってくる。僕も走っているので行き違いにならないかどうか心配だが、アルタイルはすぐに見つけてくれた。
「主人!主人!」
僕のすぐ真上、アルタイルはゆっくりと降りてくる。久々に走ったのでものすごい量の汗が僕の体からあふれている。柚子もおんぶしていたのでかなりの疲労を感じていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
息が上がっている僕はアルタイルの上に乗り、ぐったりとしてしまう。
「こんなことになるんだったら……はぁ……もう少し体力をつけておいたほうが良かったかな……はぁ……」
「疲れているところすまないが、奴は天候操作魔法を使うみたいだ」
「やっぱりか……」
「ウグルも対抗して、同格の魔法を使うみたいなんだ」
「……」
二つの厄災級の魔法がぶつかったらどうなってしまうのだろうか。想像もできないし、想像もしたくない。僕は言葉を失ってしまった。空からは大粒の雪が降ってきて、地面に積もる。そして数分もしないうちに辺りは白銀世界になってしまった。そんな中ベガと合流できた僕たちは背中にウルガさんたちが乗っていることを確認する。雪雪崩が発生し、唯一飛んでいないウグルに接近する。ウグルは狼たちを異空間に戻し、地面に竜が作り出したものと同じくらいの魔法陣を発生させる。そして巨大な火山を出現させて大噴火を起こした。天候操作と言うよりこれは地形操作と言ったほうがしっくりとくる。火山から大量にあふれ出る溶岩流と雪雪崩がぶつかった。雪が解ける音、そして蒸発した水によって水蒸気が発生する。
「どっちが強いの?」
「ウグルじゃないかな」
柚子の純粋な疑問。どちらが優勢かは正直に言うと良く分からない。なのでウルグが勝ってほしいという気持ちが前に出てきたのだ。噴火で発生するものは溶岩流だけではない火山灰や大きな噴石なども飛んでいる。どれも甚大な被害をもたらすものだ。アルタイルとベガに結界で守られている僕たちは影響を受けることはないが、竜は違う。家の屋根を破壊するほどの大きな噴石に当たってしまった竜は地面へと落下する。そして溶岩流に飲み込まれてしまった。
「アルタイル、ベガ!竜を助けられるか?」
「今ならば、可能でしょう」
「助けられる」
溶けだした水と反応して、勢いのあった溶岩流は冷えて固まってしまった。ウグルは自力で脱出できるが、竜の生きてはいるが、かなり弱っているので身動きが取れないみたいだ。そこで竜を囲むように円形の結界を張り、【浄化】を使用して怪しい魔力を取り除いた。美しかった景色は一変し、大きな火山島が出来上がった。草や花も枯れて今は何もない。
誰も言葉を発しない数分間の沈黙がおとずれる。目の前で起きている現象が現実なのか夢なのか脳内で処理できていないようだ。この沈黙を打破したいとは思うが、長い時間沈黙が続いていた中でしゃべる勇気がなかなか出ない。第一声がこんなに緊張するものだったとは思いもしなかった。
「主人、この竜を治療してくれないか?」
「分かった、今からするね。柚子も手伝ってくれるか?」
「うん、いいよ」
意図して柚子に話を振って、話を広げようとしたのだが二つ返事で終了してしまう。話を振る人を間違えたかもしれない。
「あ、あの、ですね……ルルさん。竜が重傷を負ってしまっているので、できるのならば手伝ってほしいんですけど……」
「う、うん。いいよ~」
いつもと調子がおかしいルルさん。とても気まずい。竜の治療は三人で行ったので、かなり速いスピードで終わった。
「皆さん、助けていただいてありがとうございます。私はこの遺跡を守る守護竜です」
体が回復して起き上がり、女性の声を出す守護竜。自己紹介を済ませすぐに現状を理解する。
「あのう……。もしかして私、天候操作でも使いましたか?」
「使っていたぞ!我の同格の魔法で止めたけどな」
会話をするウグルと守護竜。この厄災を起こした張本人たちだ。
「もしかしてこれは、現実なのか?」
久々に声を出したウルガさんはウグルと守護竜の話を聞いてこちら側に戻ってきた。
「見てくださいウルガさん、これが夢に見えますか?」
「夢じゃないな……。うん……。夢じゃない」
「理解してくれたのなら、ギルさんとルルさんを元通りにしてくださいね」
「分かった、分かったよ」
そう言いながらウルガさんはギルさんとルルさんを平手打ちして強制的にこちら側に戻した。
「そこまでやるんですね……」
「お姉さんたち痛そう」
僕と柚子は苦笑いをする。
「これは夢じゃないんだね」
「すいません。夢だと思っていました」
「そう思いますよね……。分かります、分かります」
僕は首を縦に振る。ウルガさんのおかげで、ギルさんとルルさんはこの状況を受け入れた。やっとこれで元通りになった。
「守護竜さん、すごく呼びにくいので名前を付けてもいいですか?」
「わ、私にですか?全然かまいませんよ」
契約もしていないのに名前を付けてもらえるなんて思っていなかったのか、驚いた表情をする守護竜さん。
「シリウスと名付けさせてください」
「シリウス!いい名前ですね。ありがとうございます」
「ではシリウスさん。今までのことは覚えていますか?」
「漆黒のフードを被った人に手をかざされてからの記憶はほとんどないのです」
「漆黒のフードを被った人?」
「はい……。何と言いますかここにおられるフェンリルさんと同じような気配を感じました」
「我とか?それならば、同族かもしれないな。それと我の名前はウグルだ!覚えておいてくれよ!」
「分かりました覚えておきますね」
「そんなこと気にするところかよ」
「当たり前だ!優に初めてつけてもらった名前なんだぞ」
「そうなのか、ありがとな」
僕はウグルの首元を撫でる。名前を大事にしてくれてとても嬉しいからだ。新しく出てきた黒幕の存在。聖域が荒らされたり、ウルガさんが言っていた普段現れないところに上級種が現れたりしたのは黒幕の仕業なのかもしれない。
「ウルガさん、シリウスさんが言っていた黒幕が一連の騒動を起こした現況かもしれませんよ」
「そうかもしれないな、街に帰ったら領主に報告するとしよう」
「遺跡調査の依頼って、領主様の依頼だったんですか?」
「そうだぞ。すまん、すまん。言い忘れていたな。はっははー」
お偉いさまと関わると楽しい異世界ライフを送れなくなってしまうという内容のラノベやアニメでもよく見かける。勧誘された自由に生きれなくなるかも……。
「あぁあぁぁぁぁ!どうしよう。建てたい場所に家を建てれなくなってしまうよ~~~」
「優、心配するな。領主はそんな方ではない」
何かを察したウルガさんは爆笑しながら、僕に言う。
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