第8話


「この霧、邪魔だな!」


 僕は傷を治した後に風魔法を纏わせた銃弾を地面に撃つ。地面に当たった瞬間、巨大な竜巻となって霧を綺麗に晴らした。


「はっきり見えるよ!フェンリル!」

「やるではないか!」


 フェンリルの感心した声。戦いを純粋に楽しんでいる気がした。僕も同じ気持ちなのかもしれない。周りの音は遮断され、フェンリルの行動にだけ集中できている。これがゾーンに入ると言うことだろう。攻撃を避けながらもさっきとは逆の足に狙いを定めて銃弾を撃っていると、またしても爪にヒビが入る。フェンリルの動きもさらに遅くなってきている。


「うっ!なぜ動きながら正確に同じ場所を狙えるのだ!」

「練習の成果かな」


 僕はフェンリルに堂々とした態度で接する。それにしても血がだんだんとなくなってきているのは僕が懸念するところだ。爪にヒビを入れている間にも体へのダメージは蓄積されているのだ。少しでも気を抜いたら気絶してしまいそうだ。フェンリルと僕とでは体力の差がありすぎる。このまま戦っていても勝てる道筋が全く見えてこないのだ。


「ここは一か八かだ!」


 僕は自分の動きを犠牲にしてミニガンを装備する。


「弾幕の嵐じゃい!」


 そう言うと僕のミニガンが火を吹く。連射できる弾数は二百発くらいで、絶え間のない弾幕がフェンリルを襲う。


「くっ……これでは前に進めん!」


 前足の両爪はミニガンによって破壊され、フェンリルの爪からは血が「シトシト」と出ている。フェンリルはどうにかして前に進もうとするが、体の至る所に数箇所の穴が空いてしまっているため、それは叶わない。ブレスを放出しようにも少しずつ傷の入っていく体を庇いながら、貯めるのは至難の業らしい。


「押しきれぇぇぇぇぇ!」


 久々に腹を使って発生する気合いの入った声。心の中はなんだかすっきりとしている。


「人間如きに我が負けるはずがない!」


 怒号を上げるフェンリル。ここが奴を誘い出すチャンスなのかもしれない。僕はミニガンの弾幕を止める。それをチャンスだと思ったのかフェンリルは素直に突っ込んできた。最後は自慢の牙で攻撃してくる。大きく開いた口が僕に迫ってくる。


「終わりだよ!」


 僕はミニガンからロケットランチャーの形に変形して、口の中に「ズドン」と一発撃ち込んだ。冷静だったら回避できたかもしれないが、フェンリルはまともにくらってしまった。口内で大爆発を起こし、フェンリルの牙は僕に届くことはなかった。フェンリルはそのまま、静かに倒れた。


「終わった……しばらく動けそうにないや。ははは……」


 僕もその場に崩れ落ちる。


「にいに!」


 ボロボロになった僕の元に柚子がすぐに駆け寄る。柚子はすぐに回復弾を僕に撃ち込んでくれた。傷は治ったものの体が言う事を聞かない。(今襲われたら絶体絶命だな)しばらくしても周りの狼は襲ってくる気配がないので、安心をしてしまった。僕の意識はそのまま無くなった。

 生暖かい感触で僕は目を開ける。目の前では僕の顔を舐めていたフェンリルの姿があった。戦う前の威圧感はすでに消え去り、ペットのように僕に懐いているようにも見える。


「お前、名前は?」

「一ノ瀬優です」

「優と言うのか!強かったぞ!」

「それはどうも。それよりもなんで僕の顔を舐めてるんだ?」

「起こすために決まっておろう!」


 柚子もフェンリルの体を枕にして寝ているし、アルタイルとベガに関してはフェンリル並みに大きくなっていた。


「一体、どう言う状況なの?」

「主人のおかげで聖域はフェンリルの支配権から外れた。それによって本来の力が戻ったわけだ、ありがとう」


 アルタイルが言う。どうやら僕はフェンリルに勝ったらしい。ここからは後から聞いた話なのだが、力を使い果たした事で聖域の支配権がなくなり、本来のあるべき姿に戻ったみたいなのだ。


「優よ!我と契約しはくれないだろうか?」

「もちろんいいんだけど、アルタイルはどうだ?」

「そこは主人が決めたらいいぞ」

「そう?じゃあすぐに契約する!絶対にする!」


 好きなフェンリルと契約できるのだ。躊躇う必要は一切ない。それに今はとても気分がスッキリとしている。興奮気味の僕にアルタイルとベガは若干、渋い顔をしてはいたが最後は認めてくれた。


「それにしても柚子はどこでも寝られるんだな」


 僕はうっとりとした表情を柚子に向けて、優しく背負う。フェンリルもアルタイルとベガと同じで肩に乗れるサイズになれるらしいので、変身してもらう。僕達は聖域を後にした。狼達も聖域には一匹も残ってはおらず、どこかに行ってしまった。


「アルタイル!僕達を乗せてくれるか?」

「了解だ!主人!」


 アルタイルはすぐにこ四メートル前後の大きさになって僕達を乗せてくれる。草むらに隠れることは当分ないので、僕はフードを脱ぐ。寝ている柚子のフードも脱がせ、おんぶをしている状態からお姫様抱っこに切り替えて乗り込む。フェンリルとベガは両方とも僕の肩に乗っている。


「柚子が起きないように優しく飛んでね」

「了解だ!」


 アルタイルは新幹線のように揺れを少なく空に飛び上がる。


「わぁ……!すごい景色―!」


 空から見る景色は絶景だ。僕は目を奪われてしまった。空に飛んだら一層よく分かる。小上りの広さを。人の住む街は全く見えなかった。


「衣食住の住を早く手に入れたいよぉ……」


 僕が呟いたのと同時に柚子は目を覚ます。標高が高いだけあって、少しだけ肌寒い。それで柚子も起きてしまったのだろう。


「にいに!すごいね!この景色!」


 あまりに綺麗な景色にさっきまで寝ていた事を忘れている柚子は柚子現象を起こす事なく、はっきりとした物言いになっている。いつもの元気な柚子だ。


「よぉし!柚子も起きたし、人の住む街を目指して飛ぼう」

「おー!」


 ベガにフェンリル、そして柚子。さらにはアルタイルも僕の声かけに答えてくれた。このメンバーならばますます楽しくなりそう。そんな事を思いながら感慨に浸る。

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