第7話
「ふぅ、終わった」
狼が姿を消したことを確認した後に胸を撫で下ろす。
「にいに……痛かったよぉぉぉ……わぁぁぁ、うわぁー」
今まで耐えていた痛みを全て吐き出すように柚子は僕の胸に頭を擦り付けている。
「よく頑張ったな。柚子」
後に柚子の頭を撫でながら、僕は優しく声をかける。小さい子には耐え難い痛みを感じていたはずだ。僕は申し訳なくなってしまう。
柚子が泣き止むまでに数分という時が経った。泣いて疲れてしまったのか、柚子は眠ってしまった。だから聖域に乗り込む前に十分な休憩を取ることにしたのだ。
「ん〜。おはようござましゅう」
寝起きの柚子は平常運転らしい。僕は少しだけ微笑んだ。アルタイルとベガは広角を上げて柚子を見る。
「おはよう。柚子。よく眠れたか?」
「はいでひゅう」
「まぁあ。可愛らしい主人様」
本日二度目の柚子現象。柚子現象というのは寝起きの際にしっかりと発生できていない状態のことを指しており、毎度のことなので勝手に名前をつけて見たのだ。僕は柚子を抱っこしたまま腰を上げて歩き出す。ベガの話によると聖域の入り口まではさほど遠くないらしい。
「着きましたよ。主人様達」
側から見るとただの洞窟で、中に聖域があるとは思わない見た目をしていた。
「ここを進んでいけば、聖域に入ることができます」
「そうなんだね」
僕はベガについていく。洞窟を進んでいくに連れて広くなっていく道。ダンジョンのボス部屋に向かっているような感覚になっている。目の前には壁画が二つ。左右に分かれて描かれている。僕の両肩に乗っていたアルタイルとベガは地面におり、壁画の近くで座る。そして二人が同時に壁画に触れると壁になっていた部分に亀裂が走り、奥への道が出現する。
「すげぇ。なんだ、この仕掛けは」
先程まで眠そうにしていた柚子も目を丸くしながら道を見る。すっかり目が覚めてしまった様子だ。
「主人様達。進みますよ」
「了解」
奥に進むに連れて薄暗かった洞窟がだんだんと明るくなっているのが分かる。洞窟の上から差し込む太陽の光。目の前に広がる巨大な泉の奥に邪悪な気配を感じだ。体の大きさは五メートル前後で、切れ味の良さそうな鋭い爪をつけた足。骨までも噛み砕いてしまうような鋭い牙を口に生やした。狼の姿がそこにはあった。目は赤色に染まり、威圧感をむき出しにしている。
「フェンリルだ!」
僕は記憶を遡り、想像通りの容姿をした怪物の名前を言う。全ての狼の頂点に君臨する狼王フェンリル。一度噛まれてしまったら絶対に抜け出すことができないと言われている。
「我の名前を知っているのか、人間よ!」
「もちろんだ!一番大好きな怪物だから間違えるはずがないよ」
「ガッハッハ。我を好きと言うか、面白いな!」
堂々としたフェンリルの態度。強者感を醸し出している。
「フェンリル!僕と一対一の勝負だ!」
「ガッハッハ。実に面白い!いいだろう。かかってくるが良い」
フェンリルは周りにいた狼を制した後に言う。柚子は僕の顔を見ると入り口付近まで下がり、障壁を張るそしてアルタイルとベガ、自分の身を守ることに徹した。
「出し惜しみはなしだ!」
僕は銃をリボルバーの形に変形させて、銃弾を発射する。銃口から出た銃弾は次第に大きくなり、フェンリルを襲う。普通の魔物ならば一撃で吹き飛んでしまうくらいの大きさの銃弾を前にフェンリルは右手の薙ぎ払いで破壊してしまった。
「こんなもんか!人間!」
フェンリルは少しがっかりそうな声を出すと僕に向かって走ってくる。巨体に出せるはずのない速度。あっという間に僕の目の前にくる。フェンリルは口を大きく開けで、僕に噛み付いてくる。
「くっ……」
僕は風属性の障壁を三重に重ねて、防御をする。フェンリルはその状態のまま口から炎のブレスを放出させた。
「マジか……」
僕は受け切るのを諦めて大きく後ろにバックステップする。
「危ねぇ……死ぬかと思った」
「よく避けたな!さすがは我にソロで挑んでくる度胸のあるやつだ!」
フェンリルは感心しているようだ。僕は余裕のある表情をしているが、正直なところ余裕は微塵もない。
「これならどうだ!」
フェンリルの左手の薙ぎ払い。受け切るのは無理なのでサイドステップで避けるが、爪からは引力のようなものが発生していた。
「やばい……」
僕はそう言いながら同じ闇属性の障壁をぶつけて相殺した。
「顔がダメなら足を狙う!」
僕はフェンリルの足に狙いを定めてリボルバーを撃つ。こちらも引力を発動させ、フェンリルが逃げれないような状況を作る。
「なぬ!我の技をお前も使えるのか!」
フェンリルは飛び除くことを諦めて、闇属性を纏わせた爪で銃弾を砕く。僕は同じ足を集中的に攻める。いくら鋭い爪を持っているフェンリルだとしても爪のダメージは蓄積しているはずだからだ。
「何度同じところを狙っても無駄無駄!」
「それはどうかな」
余裕を見せるフェンリル。だか僕はそろそろ爪が砕けると確信していた。「ピキ」と言う音と共にフェンリルの爪にはヒビが入る。
「なんだと!」
驚愕しているフェンリル。爪を庇ってなのか少しだけ移動スピードが落ちた。
「どうだ!フェンリル!」
「やるな!人間!だが我の技は近距離だけではないぞ!」
そう言うフェンリルは口の中を赤く光らせていた。
「ブレスがくる!」
僕は八重水属性障壁。いや十重に重ねた水属性障壁を展開する。初手とは比べ物にならないくらいの太さのブレスがまっすぐと僕に向かってくる。先頭の障壁から順番割れていき、残り三つになったところで、蒸発の化学反応が起き、霧が作り出されてしまう。
「これはまずいな。フェンリルよりも鼻の効かない僕にとっては不利な状況だ」
「よくわかっているではないか、人間!我にはお前の位置がはっきりとわかるぞ!ガッハッハ!」
霧に紛れてフェンリルの恐ろしい牙が僕に接近する。
「くっ……かすったか」
頬には牙の通った跡。激痛が僕を襲う。ここにくる前に戦った狼につけられたキズよりも、深くキズが入ってしまっている。赤い雫が「ポタポタ」と地面に落ちる。僕はすぐさま回復弾を自分に撃ち込んだ。
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