第3話

「君の名前は?」

「猫塚柚子……五歳……」


 少し緊張しているようで、ぎりぎり聞こえるような声で返答をしてきた。


「柚子ちゃんかぁ、僕は一ノ瀬優。よろしくね」

「よろしく……」


 柚子は少しだけ照れ臭そうにしていた。


「う~ん。ここで生活するためには衣食住を整えないとなぁ~」

「衣食住って何?」

「衣食住というのはね、服、食べ物、家、これら三つを手に入れることだよ。前の世界ではお父さんとお母さんがやってくれていたでしょ?」

「うん」

「この世界でもそれらを揃えなければ生きていけないんだよ。それらを揃えるためにはお金が必ず必要になるんだよ。まずは人が住んでいる街を探そうと言いたいところなんだけどここはどこだ?」

「どこだ?」


 僕の言葉を真似するように柚子も首をかしげながら言う。転生した場所は人が住んでいる場所ではなく人が寄りつかないような場所なのだ。


「取り敢えず、人が住んでいる街を目指して進もう」

「うん」


 少し嬉しそうに返事をした柚子は胸を高鳴らせているようだ。そうは言ったもののどの方向に進めはいいかよく分からないが、進めば人に会えるかもしれない。その期待を込めてまっすぐ進むことにする。

 数分が経っただろうか。「がさがさがさ」という草木の音が聞こえる。木々は「ゆらゆらゆら」と揺れており、何かができそうな雰囲気をしている。


「グルゥゥゥゥウゥゥゥゥゥゥゥウゥゥ」


 目の前にある巨大な大木。大木の上からは巨大なよだれが「ぽたぽた」と落ちている。さらには赤く光った眼がこちらを睨んでいるように見えた。僕と柚子を餌だと思っているみたいに見える。


「柚子!いいか?よく聞くんだよ」

「うん……」


 柚子の不安そうな顔。僕は柚子をそっと地面におろす。


「僕が合図をしたら、振り返らずに来た方向に向かって走るんだよ!」

「うん……」

「今だ!走れ!」


 僕は木の上にいる生物に向かって石ころを投げる。その瞬間、柚子は全力で走った。石ころを投げられた生物は木の上から姿を現す。全長は三メートルほどのヒョウのような魔物が出てきた。体から出ているオーラはおぞましく姿を見るだけで、動けなくなってしまいそうだ。柚子は振り返らずに走っているようだが。


「グルゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥゥウゥ!」


 ヒョウの叫び声。今まで振り返らずに走っていた柚子の歩みが止まる。まるで子ウサギのように体が震えているように見える。


「こっちだ!ヒョウやろう!」


 さっきよりも大きな石を投げて直撃させる。少しでもこちらに気を向けさせるために叫んでみた。僕の考えとは裏腹にヒョウは柚子に向かって走っていく。柚子はさっきに満ちたヒョウのほうを向いてしまったようで腰を抜かしてしまった。


「にいに……助けて……」


 今にも消えてしまいそうな声。柚子はこちらを向きながら懇願するような表情で手を伸ばす。ヒョウが柚子に到達するのは十秒といったところだ。


「ここでも、助けられないのか僕は……いや違う!ここであきらめるほうが駄目だ!」


 僕は動かぬ体に鞭を打つ。


「そっち行くんじゃねぇ‼」


 僕が怒号をあげながら、手を伸ばすと柚子の周りを囲むように風の障壁が現れた。(これは魔法なのか?)ヒョウの攻撃は柚子に届くことはなく、はじきとんだ。ヒョウは数歩後ろに下がる。


「このままトドメだ‼」


 僕は近距離最強威力の武器を思い浮かべる。思い浮かべた近距離最強威力の武器はショットガンだった。親は猟師をしており、小さい頃から銃を触ってきた。それにサバゲーも趣味でやっていた為か、想像できたのは銃だったのだ。銃を撃つ時には必ず反動があると言うことも親に習っている。それゆえに一発でも外したらピンチになるのはこちらだ。外すことは絶対に許されない。


「ヒョウ野郎!行くぞ!」


 一発目はヒョウの頭に直撃した。ヒョウは大きくのけぞる。


「トドメだ!受け止めてみろ!」


 二発目も先ほどと同じ個所に命中した。


「グルゥゥゥゥゥゥゥウゥゥゥウゥ!」


 ヒョウは苦しそうに吠える。そのままヒョウは静かに倒れた。


「勝った……勝ったぞぉぉぉぉぉぉ!」


 僕は嬉しさのあまり、ガッツポーズをした。


「にいに!にいに!ありがとう!」


 柚子があまりの勢いで僕に抱き着いてくるので、後ろに倒れそうになったが、しっかりとこらえる。僕も優しく添えるように抱きしめた。


「よかった……本当に良かった……守れて……」


 僕はホッと胸を撫で下ろす。


「ねぇ、ねぇ。にいに。それの使い方、教えて」


 柚子は指を刺しながら言う。


「もしかしてこれのこと?」

「うんうん」


 目を輝かせながらこちらを凝視する柚子。手に持っているショットガンを見ているのだろう。


「分かった。分かった」


 僕は頭を掻きながら、答える。どうやら小さい子の押しには弱いみたいだ。


「この魔物は後で食べよう」

「うん!」


 柚子は目をキラキラとさせながら答える。食べたことのないものに興味を示すとは予想外だった。好き嫌いはなさそうなので、よかったと思っている。僕と柚子は食事をとった後、疲れた体を癒すために眠りについた。次の日からは自給自足のサバイバルをしながら特訓の日々が続いた。


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