第2話

~一か月前~

 高校の卒業式を終えて僕は友達との打ち上げの約束をしていたので、出かける準備をしていた。いろいろな思い出を振り返ると頬が緩んでしまっている気がする。小学校の時はあまりいい思い出がなかったものの、高校の時はなかなかいい思い出ができた気がする。僕はゆっくりと階段を降りてリビングに向かう。


「いってきます!」


 リビングの扉を少し開け、お母さんに笑顔で挨拶をする。


「行ってらっしゃい!」


 お母さんも笑顔で返してくる。僕は玄関へ足早に進み玄関の扉を開ける。外に出ると体を打ち付ける風が体を冷やす。


「うぅう……寒い……」


 僕は身震いをこらえながら、歩く。都会だけあって、多くの人が歩いている。数々のビルは圧倒されてしまうほど高い。上京して三年以上もここに住んでいるのに慣れないみたいだ。


「やっぱり、慣れないなぁ……」


 僕は頬を上げて、交差点で信号待ちをしていた。


「柚子!ダメ!」


 多くの車が行き来する中で、誰かの叫び声が耳に入ってきた。叫び声のほうを振り返ると少女が交差点に飛び出しているのが見える。


「危ない!」


 考えるよりも先に体が動いていた。(僕は何をやっているんだ)これは完全に自殺行為に近い行動をとっていることは心では分かっているが、止めることはできそうにない。柵のある道路の真ん中まで行ってしまえば車を回避することができるはずだ。少女を抱えながら、一台目の車を避けるが、二台目の車を避けることはできなそうだ。


「卒業式だけに人生も卒業しろ!ってことかよ。ははは……神様も意地悪だな……ごめん……助けれなくて……」


 車のクラクションが次第に大きくなっていく。僕は体が震えてしまっている少女をかばうように抱きかかえる。「ドンッ!」鈍い音が鳴ったのと同時に僕の体に激痛が走った。頭をぶつけてしまったようで次第に意識が飛んでいく。最後の力を振りそぼってかすむ目を開けると少女も僕と同じ状況になっていた。(ごめん……本当にごめん……)僕は少女に手を伸ばした状態で意識をなくした。

 肌寒い風が「起きて」と言わんばかりに体を奮い立たせる。


「ん~ん。よく寝たぁぁぁ⁉」


 僕は伸びをしながら、ふと疑問に思う。僕の記憶が正しければ、死んだはずだ。それなのに体が自由に動く。周りを見渡してみると深い森の中にいた。さらには左手には温かさを感じる。左手を見てみると少女が両手でつかんでいた。


「この子は確か……」


 そこにいたのは僕がかばっていた少女の姿があった。この子も死んでしまったのか……。状況を整理してみると僕は交通事故で死んでしまった。それなのに体が自由に動くということはアニメやライトノベルで言うところの異世界に転生したということだと思う。少女の容姿を見る限り、姿も体もそのままなので僕もそうなのだろう。


「ん~ん~。おはようございますぅ……」


 少女は目をこすりながら、起き上がる。


「おはよう」


 僕は明るく声をかける。


「ここはどこ?」


 少女は一通り辺りを見渡すと首をかしげる。ここで噓を言ってもその場しのぎしかならないだろう。


「ここは異世界だよ。向こうの世界で死んで、この世界に転生したみたいなんだ」

「柚子死んじゃったの?もうママには会えないの?」


 今にも泣きだしそうな顔。僕はごまかそうかと悩んだが、そのまま本当のこと言うことにする。いずれは知ることになるはずだからだ。


「うん……そういうことになるかな……」

「う、う、う、うわぁ~ん。うわぁ~ん。ママに会いたいの……ママに会いたいの……」


 目から雨のように涙があふれだす。僕はすぐに少女を抱きしめる。心臓の鼓動を聞かせれば落ち着くといわれているけど果たしてどうなのだろうか……。


「うっ……うっ……うっ……ひく……ひく……ひく」


 だいぶ落ち着いてきてはいるものの、泣き止む気配はなさそうだ。僕は泣き止むまで背中をなでながら優しく包み込む。

 数分が経っただろうか。少女の涙は収まってきたようだ。


「大丈夫か?」


 優しく語り掛ける。


「うん……」


 少女はこくりと頷く。僕は少女を右手で抱え上げながら歩く。

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