第20話

 相変わらず、私は魔力を外に出す修行から抜け出せていない。週に一度やってくるリアムさんの話によると「俺は一年くらいかかった」らしい。確かに、私は魔力を出す修行を初めて日が浅い。つまり、まだまだ時間がかかる。


「たいへん……」

『マリー、まだ七歳でしょ。時間はいっぱいあるよ』

「うぅ……」


 本当はすぐにでも恩返しがしたいのに。いまだに私はもらってばかりだ。

 自分の部屋で凹んでいると、ユリアンさんが「マリー君」と私を呼んだ。部屋から出て一階へ降りると、ユリアンさんは出かける準備をしていた。今まで、夕飯を食べた後にユリアンさんが出かけたことはなかった。だというのに、なんだか慌ただしい。


『もう外は暗いのに、出かけるのか?』

「ジェフ……魔道士ギルドのギルド長から連絡があってね。緊急、と言っていたから、魔物関係だろう」

「魔物……」

「今日中には帰れないと思う。だから、マリー君は先に寝ているんだよ。それと、私が帰ってくるまで、外に出ないように」

「はい」

『留守番は任せてくれよな!』


 準備が終わったのか、ユリアンさんは「行ってくるよ」と言って、家を出て行った。二人でユリアンさんを見送った。


『にしても、魔物かぁ……』


 いつ、どこで産まれるのかも分からない、魔法が使える、人に害をなす生き物。精霊さんのように意思疎通も図れないし、ペットのように手懐けることもできない。そのため、必要があれば駆除されることもある。


『普通なら、わざわざ遠くに居る人を呼び出してまで駆除しないと思うんだけどな』

「もしかして、くじょできる人がいなかったのかも」

『魔道士ギルド、ってあの街にあったのだろ? 村とかならともかく、街にそういう人が一人もいないってことはないと思うけど』

「うーん……」


 それは確かにそうだ。だが、わざわざユリアンさんが呼ばれたのは事実。きっと何か理由があるのだろう。

 ユリアンさんは今日中には帰れないと言っていたし、早々に寝てしまおう。ここにリアムさん以外の誰かが来たことはないが、鍵のかけ忘れがないか、戸締まりをしっかりして部屋に戻った。



  ◇◆◇



 ちゅんちゅん、と外から小鳥のさえずる音が聞こえる。窓から差し込む朝日に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


『あ! おはよう、マリー!』

「おはよ……」


 ふあ、と欠伸をしながら、朝の支度をする。ある程度整えたら、顔を洗いに下の階へ降りる。


「あれ? ユリアンさん、まだ帰ってきてない?」


 普段なら、私よりも早く起きているユリアンさんの姿が見えない。きょろきょろと周りを見回して見ると、机の上に紙が置かれていた。


「えっと……『夜おそくに帰ってきたので、まだねているかもしれません。今朝の修行はお休みです。お昼はいっしょに食べましょうね』だって」

『魔物退治、大変だったみたいだな』

「だね」


 夜遅くまでかかったということは、きっと今は疲れて眠っているのだろう。ならば、私ができるのは、ユリアンさんの安眠を邪魔しないことだ。

 騒がないように静かに洗面を済ませ、お昼に読む予定だった、子供向けの本をゆっくり読み始めた。



「……ああ、二人ともここで待ってたのかい?」

『おっ! やっと起きたんだな!』

「おはようございます」

「おはよう。いや、もうお昼だから、違うかな」


 丁度、本を読み終えそうなタイミングで、ユリアンさんは自室から出てきた。予想通り、少しお疲れ気味のようだ。いつもよりも、力なく笑っていた。

 ユリアンさんも朝支度を終えると、少し早いが簡単な昼食を作る。その間に、私は読んでいた本を片付け、テーブルを綺麗にして完成した料理を運んだ。全て運び終えると、皆、椅子に座り一緒に昼食を食べ始めた。


『そういえば、昨日の夜の魔物はどうだったんだ? 強かったのか?』

「強くはなかったよ。魔物自体は小物だったけれど、少し数が多くてね」

「魔物が多くて、ユリアンさんが呼ばれたの?」

「そんな感じだ」

『んん? この辺りで生息する魔物って、今の時期によく出るものなのか?』

「それは私も少し引っかかっていてね。普段見かける魔物ももちろんいたが、それよりも、この辺りではあまり見ない魔物が結構いたんだ」


 魔物は他の動物と同じく、縄張りというものがある。当然、住める場所は限られているので常に縄張り争いがあるのは確かだ。しかし、そう簡単には生息地が変わることはない。


「人が干渉しないような場所に、新しく力を持った魔物が産まれたか、魔物ではない何かに追われてやって来たのか……いずれにしろ、今後、調査をすることになるだろう」

『なーんか、嫌な予感がするな』

「そうだな。新しい魔物が産まれて、というならまだ分かるけれど、そうでない何か、となると、ほぼほぼ人為的な物だろうからね」

「たいへん?」

「大変だね。これから魔物の被害も増えるだろうし、人為的な何かなら、それの問題を解決しないといけない」


 ふと、あのブレネン伯爵のことを思い出す。領主様というのは、そういう問題の解決をするのがお仕事だったはずだ。きっと今頃、忙しいだろう。


「魔物退治自体は冒険者ギルドの方に要請が出るだろう。けれど、昨晩みたいに急に沢山現れたら、また私の方にも声がかかるはずだ。それに――」

『それに?』

「この森は精霊が多いからか、魔物もあまり居着かない。けれど、魔物だって生き物だからね。住む場所がなければ、必然的にここに住むしかなくなる」

『この森に魔物が増えるかも、ってことか』

「そういうことだ」


 魔物について、いまだに分からないことが多い。だからといって、全てを駆除すれば、自然の理が崩れる。と、私はネロも含めた精霊さんたちに教わった。しかし、それを知っている人たちは意外と少ない。

 人に害をなす、という部分だけが強調されているためか、魔物を見かけたらすぐに処分するように、なんて言っている人たちもいる。魔物との遭遇は確かに危険ではあるのだが、まだ何もしていない、彼らのテリトリーに足を踏み入れた上でそう主張するのは違うと思う。結果、住処を追われ、別の場所に移動するしかなく、移動した先の生態系が崩れたり問題が起きたり、というのは良くある話らしい。


「マリー君、外へ出る時は気をつけるんだよ。悪戯に魔物を傷つけるのは違うが、自分の身が一番大事だからね」

「はい」


 そうなったら、しばらくの間、リアムさんも毎週はここに来れなくなるかもしれない。少し寂しいが、それは仕方がない。リアムさん自身も領主様のお手伝いで忙しくなるだろう。


(……早くかいけつしたら良いな)


 当分時間はかかりそうだが、街の人たちのためにも、そして魔物たちのためにも、そう願わずにはいられなかった。

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ちいさな ちいさな 精霊士 浜千鳥 @hmcdr

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