第19話

 ユリアンさんの家へと戻り、いつも通りの生活が戻ってきて数日。朝はいつもと同じ時間に起きて洗面や準備をして、朝ご飯を食べ終わったら片付けの手伝いをして、修行を始める。そんな日常が戻ってきた。


「今日の修行を始める前に、マリー君、少し良いかい?」

「はい」

「思い出したくないなら、止めるけれども……マリー君にはちょっと思い出してほしいことがあるんだ」


 一体何を思い出してほしいのだろうか。そもそも、思い出してほしい、ということは、私しか知らないことなのだろう。そんなこと、あっただろうか、と首を傾げる。


「街で連れ去られた時のことなんだけれど」

『それを思い出して、何か修行で役に立つのか?』


 私をかばうようにネロが前に出て主張する。確かに怖い思いはしたけれども、私は別に大丈夫だ。


「ネロ、だいじょうぶだよ。それで、何をおもいだせばいいの?」

「精霊を、ネロ君を呼び出した時のことを思い出してほしいんだ」

「ネロを呼んだときのこと?」


 あのときは、必死だった。確か、修行の時を思い出しながら、手のひらから魔力を出して心の中で呼びかけ続け、最後口に出した時にネロがやって来た。その通りに伝えると、ユリアンさんが「成程」と頷いた。


「魔力を出しながら呼びかける。確かに、それはある意味では正しい。実際、魔法を使うときはその方法で合っているからね」

「ええと……?」

「魔法は、簡単に言うと使いたい場所に魔力を放出して、呪文を唱えることで使えるものなんだ」

『もしかして、マリーが僕を呼び出せたのは、マリーが口に出して助けを求めたから?』

「その可能性の方が高い。やり方が分からない中、良くやったと思うよ」


 褒められたのだろうか? とにかく、あの時とった行動は、悪いことではなかったらしい。しかし、ユリアンさんは「だけど、」と話し続けた。


「それは本来精霊士が精霊を呼ぶ方法ではないんだ」

「そうなの?」

「ああ。街という精霊が少ない場所で、なおかつ契約している精霊がネロ君だけだったから、呼び出すのに成功したのだろう。もしそうでなければ、下手すると不特定の精霊がマリー君の元へ集まっていただろうね」


 連れ去られたあの時は、それでもある意味良かったのかもしれない。だが、本来は特定の精霊さんを呼び出し、手伝ってもらうのが精霊士である。


「それじゃあ、どうすれば良いの?」

「最初、マリーは心の中でネロのことを呼んだのだろう? その状態で呼び出すのが、本来精霊士が精霊を呼ぶ方法なんだ。言葉にせず、指示を出すときもね。

 そうだな……魔法は本物の火に似ている。魔法以外で火をつけるには、まず木や紙といった燃える物が必要になるだろう? それがあって初めて火がつく。魔法も同じ。体内で使う魔法は少し違うのだけれど、身体の外で魔法を使いたいのであれば、魔力を外に出さないと魔法という火は発動しない」

「精霊さんを呼ぶときは、魔法の時とつかい方がちがうの?」

「精霊を呼ぶときは違うね。精霊士が魔力を使うのは、他にも契約を交わす時と、強制的に精霊を操る時だけど……その時は魔法を使う時と似ているよ」


 なんだか、最後に恐ろしいことをさらっと言ったような気がしたが、今回は気にしないでおこう。それよりも、正しい精霊さんの呼び出し方を知りたい。


「ええと、ふつうの魔法のつかい方とどうちがうの?」

「それはさっき、ちょっとだけ話に出てきたけれど……体内で使う魔法と同じなんだ。身体の外には魔力は出さない」


 それで、どうやって呼び出せるのだろうか。頭の中がクエスチョンマークで埋まる。私がこの前ネロを呼んだ時とは真逆だ。


「ネロ君。君はこの前マリー君に呼ばれたとき、どうやって彼女の元に行ったのか説明できるかい?」

『説明? うーん……マリーの声が聞こえたら、マリーの魔力を目印にしてビュンッて飛ぶ感じ? 感覚でしか分からないから、上手く言えないけどさ』

「それで良いよ。肝心なのは、声と目印だから」

「声と目印」


 捕まっていたとき、ネロに私がここにいると分かるように、目印になるように、と魔力を使ったのだ。つまり、考え方は合っていた。


「魔力を外に出して呼ぶと、精霊は皆、そこに精霊士が居ることに気付く。良い精霊も、悪い精霊もね。例えるなら、大きなお店の看板を出しているようなものだ。だから、契約している精霊にだけ聞こえる声と目印で呼ぶんだ」

「……むずかしい」

「そうだね。魔力を外に出す方が簡単だからね。けれど、精霊士になるなら精霊を呼び出す方法は覚えておいた方が良い」


 今はネロが傍に居てくれるけれど、この前のように離れ離れになることだってあるかもしれない。それに……ネロ以外の精霊さんと契約することだって、いつかあるかもしれない。その時のためにも、間違って他の精霊さんを呼ばないようにするためにも、きちんと練習はしておかなくては。



 ふと、あることを思い出す。それは、先程ユリアンさんが言っていたことでもある。


「そういえば、街で精霊さんをぜんぜん見かけなかったけれど……どうして?」


 今、住んでいる森はもちろんそうだが、村にいた頃だってネロ以外の精霊さんはいた。だが、街に行った時は、全然姿を見なかったのだ。ネロは私が産まれる前に街へ来たことがある、と言っていたから、もしかしたら、ただ単に見つけられていないだけなのかもしれないが。


「ああ、それはね。人が多いから、かな」

『正確には、僕たちの声が聞こえる人がほとんどいないからだな。街は確かに面白いところだけど、僕たちの声は聞こえないし、下手すると普通の生き物のような扱いをされて、捕まったり追い払われたりするからな』


 そういえば、私やユリアンさんのように精霊さんの姿を見たり、声を聞いたりできる人は本当に少ないのだった。そうでない人からすると、精霊さんは普通の動物に見えるらしい。


『それに、僕たちはあくまで自然の代弁者。だから、あまりにも自分の属性に関わる自然から離れすぎると、力が弱くなっちゃう』

「えっ、ネロはだいじょうぶなの?」

『ここは森だからね。それ以前に、僕はマリーと契約してるから大丈夫だぞ!』


 知らずに無理をさせてしまっていたら、と思ったが、どうやら違うらしい。良かった。

 それにしても、そういう理由で街に精霊さんが少ないとは思わなかった。私は、まだ精霊さんについて知らないことの方が多い。


(がんばって修行して、勉強しないと!)


 そのためには、今、目の前にある課題を熟さなくてはならない。


「ユリアンさん、今日はネロをよぶための修行をするの?」

「その前に、もう少し安定して魔力を外に出す修行をしないとね。それができてから、魔力を外に出すのではなくて、中で循環させる修行をするよ」

「じゅんかん……」


 また、よく分からないが難しそうな課題ができた。だが、これも精霊士になるためには必要なのだ。


「さて、まずは魔力を外に出す修行から」

「むむむ……」

『頑張れー! 頑張れマリー!』


 目を閉じて、私の中にある魔力を探し出して手のひらに集め、ゆっくりと出す。これを繰り返し、繰り返し、延々と続けるのだった。

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