【短編】わたしは宮廷魔導士、王の勅命が気にらないので仕事を辞めて勇者様と駆け落ちします。

赤木さなぎ

一話完結 短編 わたしは宮廷魔導士、王の勅命が気にらないので仕事を辞めて勇者様と駆け落ちします。

 エルフの少女ユウリは齢16歳にして、西の大陸のある国で、宮廷魔導士として働いていた。

 

 金や銀の髪色が一般的な西の大陸では珍しい、夜空の様な黒一色の腰まで伸びた長い髪が特徴的で、そのとても美しい容姿から彼女に求婚する者も居たが、その全ては一蹴。

 

 ユウリはエルフ族という元々魔力が強く魔法に長けた種族の産まれだが、その中でも特に秀でており、幼い頃から人一倍魔法に長けていた。

 その魔法の腕は、その国を大いに支えていた。


 だから、そんな才能溢れる自分より圧倒的に実力の劣る他の男なんて皆子供の様に見えたし、ひどく矮小な存在に思え、眼中には無かった。

 きっと、自分の伴侶となれる相手なんて一生現れないだろうと、そう思っていた――。

 

 

「おや、ユウリ様。出かけられるのですか?」


 丁度ユウリが外へ出かけようと、城門を潜ろうとしていた所。

 声をかけて来たのは、王城に使える門番だ。


「ええ、そうよ。陽が落ちる頃には戻って来るわね」


「そう言って、二日戻られなかった時も有りましたよ。あの時はどれだけ騒ぎになったか――」


「あら、そうだったかしら? でも、王城は人も多くて五月蝿くって、全然魔法の研究に集中出来ないもの。仕方ないわ」


 才能溢れるユウリにとって、王城という箱は窮屈な物だった。

 人も多く、手狭なここでは全力で魔法の才を振るう事は出来ない。


「王がまたお怒りになりますよ」


「じゃあ、代わりに謝っておいてちょうだい」

 

 ユウリは門番の返事を待つ事無く、手をひらひらと振りながら、門番の脇を縫って王城の外へと出て行った。


(わたし、縛られるのって嫌いなのよね)


 そんなユウリが何故宮廷魔導士となったかと言えば、それは自分より適した人材が他に居なかったから。ただそれだけの理由だ。

 しかし、いくら裕福な生活が保障されている宮廷魔導士という高い地位を得たとしても、王城という狭い箱に縛られるこの職にユウリは飽いていた。

 それに、王の事もあまり好きでは無かった。


 

 ――時は遡る。

 

 ある日、ユウリは王からある勅命を受けた。


「――我はこの国の繫栄を永遠の物としたい。ユウリよ、そなたに新たな魔法の創造を命じよう」


 国の繁栄を未来永劫続ける為の、新たな魔法。

 勿論そんな都合の良い魔法、存在しない。だからこそ、王は魔法の創造を命じたのだ。


(また、この目だ……)


 ユウリは王のこの視線が嫌いだった。

 全身を舐める様な、王の視線。

 でも、だからと言ってどうする事も出来ない。

 相手はこの国の王だ、断ると言う選択肢は与えられていなかった。


 だから、ユウリはこう答えるのだ。


「はい、承知致しましたわ」

 


 ――そんな訳で、今日もユウリは新たな魔法の創造の為に、国を囲う門を出てすぐの森の奥にある、秘密の隠れ家へと足を運ぶ。

 彼女が魔法の研究を行う時は、静かで落ち着くその隠れ家へと向かうのがいつものルーティンだった。

 

 王より請けた勅命であり、“国に永遠の繁栄をもたらす”という大役。

 そんな大役を任されてしまった彼女は、その為の新たな魔法を産み出す為に、研究の日々を送っていた。

 しかし、“永遠の繁栄をもたらす”魔法の創造なんて、勿論初めての事。

 一足飛びで容易く魔法の完成、なんて事は叶わなかった。


(丁度研究が行き詰まってたし、今日はお茶でもしながらゆっくりしようかしら)


 偶には頭を休めれば、すっきりといい案も浮かぶだろう。と、そんな風に“休憩”の計画を立てながら、降り注ぐ木漏れ日の中、木々を掻き分けて、隠れ家のある森の奥へと進んでいた。

 そんな時。

 

 普段森の中では見る事の無い物が、木の根元に転がっていた。

 というか、それは人だった。自分より少し年上くらいの男が倒れていたのだ。


「ちょっと! あなた、大丈夫!?」


 流石のユウリも慌てて駆け寄り、男を抱き起こす。


「う……ぅ……」


 ユウリが身体を揺する事で、彼は意識を取り戻した。小さく声を洩らし、目を開ける。


(あ、わたしと同じだ……)

 

 抱き起した事で彼の黒髪がはらりと揺れ、それによって改めてその姿を意識する。

 この西の大陸では珍しい黒髪。自分と同じ黒髪。その短めの黒髪の奥に、綺麗な瞳。

 東の大陸にはこういった暗い髪色の人間も多いと聞く。しかし、遥々海を越えた先にある東の大陸から来て、こんな森の中で倒れている事なんて有るだろうか。


「あなた、こんな所で、どうしたの?」


 ユウリがそう尋ねると、身体を起こした黒髪の男は一度視線をユウリの方へとやる。

 一瞬だけ、彼が驚いた様に目を見開いた様に見えた。しかし、それも一瞬の事。

 すぐに少し幼さを残しつつも落ち着いていて大人びた、年相応の穏やかな表情に戻り、ユウリの問いに答えてくれた。

 

「……分からない。どこかで頭でも打ったのかな、覚えていないよ」

 

 どうやら、彼は大切な記憶をどこかへ落としてきてしまったらしい。


「そう……じゃあ、あなたの名前は? 名前も、覚えてない?」


「いいや。名前は――“アル”。俺の名前は、アルだ」

 

「そう。アル……」


 どうしてだろう。ユウリはそのアルという名前の響きが、なんだか引っ掛かった。

 嫌な感じではない、むしろその逆だ。

 

 胸の中で小さく光る、この感覚は何だっただろうか。

 もしかして、どこかで彼と会った事が有るのだろうか。

 懐かしくて、そして心地いい。そんな、温かい小さな光が、心の奥底で輝いていた。

 

「そういう君は? 君の名前も、教えてくれないか?」


「ああ……そうだったわね。わたしはユウリよ。宮廷魔導士をやっているわ」

 

「そうか、ユウリ……。助けてくれて、ありがとう」

 

 記憶喪失で普段は人の寄り付かない森の中で倒れていた黒髪の男、アル。不思議な人だ。

 本来ならこのまま彼を国へ連れて行って、憲兵にでも引き渡すべきなのだろう。

 でも、何故だかユウリは彼を放ってはおけなかった。


「――そうね。ここで立ち話というのもなんだし……この近くに、わたしの仕事場が有るの。良かったら、続きはそこでしない? お茶くらいなら、入れるわよ」


 だから、普段なら他人を決して招き入れる事の無い森の隠れ家に、アルを連れて行った。

 ちょっと格好つけて仕事場だなんて言ってみたりして。


 そして、少し歩けばいつもの隠れ家に辿り着いた。

 アルはユウリの後ろをゆっくりと付いて来る。その様子がまるで従順な犬みたいだな、なんて思って、ユウリの頬は無意識に少し緩んでしまった。


「……? ユウリ、どうしたの?」


 アルにそう声を掛けられて、ユウリは自分の表情筋の動きに気付いたのだった。


「なんでもないわ。――ほら、付いたわよ」

 

 隠れ家は小さな木組みの小屋だ。

 中には茶を飲む程度のテーブルと、ユウリが魔法の研究で使う本の山が置かれている。

 アルはそんな本の山から一冊を取って、ぱらぱらと捲る。


「そうか、宮廷魔導士……ユウリは本当に魔女なんだね」


「ええ。そんな良い物でも、無いけれどね。――ううん、すぐにお茶を入れるわね。適当に座っていてちょうだい」


 そう言って、ユウリは小屋の奥に小ぢんまりと作られたキッチンへと、紅茶を入れに行く。

 アルはユウリを待ちながら、また別の本を手に取ってぱらぱらと捲るが、すぐに元に戻す。

 それもそのはず、それらの本はユウリの書いた魔導書だ。魔法を解さない者にとっては、それらを読んでも何を書いているのかさっぱりだろう。


 

 そして、ユウリは紅茶を入れてキッチンから戻って来る。


「ああ。ありがとう」


 森の中で倒れていた所為で、余程喉が渇いていたのだろう。

 アルの前にカップを置けば、彼はすぐにそれに口を付ける。


「――それで、アルは本当に、何も覚えていないの?」

 

「ああ。自分の名前以外は、何も。気づいたらこの森に居たんだ」


「そう……大変ね。でも、髪の色、一緒ね」


 ユウリは自分の髪を指にくるくると絡める。

 それを見たアルも真似して、自分の短めにカットされた前髪を触る。


「ああ……確かに。でも、ユウリの髪の方が長くてさらさらしていて、綺麗だ」


「ふふっ。ありがと」


 やっぱり、不思議な人だな。

 アルがユウリを見つめる視線は澄んでいて、無垢で、他の男たちや王なんかとは全然違っていて、温かかった。

 

「ねえ、アルはこれから、どうするの? 行く当てなんて、無いわよね?」


「ああ、お恥ずかしながら」


「じゃあ、この家を使うといいわ。何か思い出すまで、好きに使っていいわよ」


「でも、ここはユウリの仕事場じゃないのか?」


 そう言えばそんな風に紹介したな、と思い出す。


「いいのよ。丁度仕事が行き詰っていたから、気分転換の相手でもしてちょうだい」

 

 そう言って、ユウリは森の隠れ家をアルへ貸し出す事にした。

 

 

 ――それから、ユウリは魔法の研究を言い訳に、頻繁に隠れ家へと通う様になった。

 王城を空ける事に王はあまりいい顔をしなかったが、記憶喪失のアルはお金も持っていないから、食事を届けなくてはいけないし――いや、それも言い訳だ。

 ユウリが森の隠れ家へ通う理由は、魔法の研究でも食事を届ける為でもない。他でもないアルに会う為、彼と話をする為だ。

 

 彼と一緒の時間は心地よく、ユウリにとって日々の楽しみになっていた。

 どうしてだろう。そう思うが、彼女自身にも理由は分からない。

 もしかすると、それは自分と似た髪色から来る共感なのかもしれない。


 そうやって日々を共に過ごす内に、少しずつ惹かれて行った。

 そして、今日もそんな穏やかな日々の内の一日。

 

「ユウリは、いつも何をしてるの?」

 

「それは――」


 確かに、アルから見ればユウリが森の隠れ家でしている事は意味が分からないだろう。

 テーブルに紙を広げて、そこに図形や文字を書いてうんうんと唸っているのだから。

 しかし「新たな魔法を創造する為の魔法式を書いています」なんて、魔法を解さないアルには説明しても難しい事だ。

 

 だから、ユウリは少し悩んだ後、宮廷魔導士としての仕事――つまりは、王から受けた勅命についてを、アルに話した。

 本来なら部外者に話すべき内容では無いのだが、何故だかアルの前では自然と口が、そして心が弾んでしまう。


「――と、いう訳で。その魔法の創造に勤しんでるのよ」


 そんなユウリの話を聞き終えたアルの口から出た言葉は、

 

「――やめちゃいなよ」


 という、シンプルな物だった。

 でも、そんな選択肢、まるでユウリの頭の中に無かったものだから、目を丸くしてしまった。


「やめるって……仕事を?」


「そう。嫌なら、やめればいいよ」


 アルはきっぱりと、そう言い切る。


「でも――」


「ユウリなら――ユウリ程の力が有るのなら、望む未来を手に入れられるはずだよ」


「そう、かしら……」

 

 自分は宮廷魔導士だから、仕事だから。王の命令だから、やらなければならない。

 ずっと、そう思っていた。

 でも、違うのなら。もし、他の選択肢が有るのなら――。


「ああ。決めるのはユウリだ。――俺でもないし、ましてや王でもない。ユウリがどうしたいか、だよ」


 そう言って、アルはまた少し幼さを残した顔で、微笑むのだった。

 


 数日後。王城、玉座の間。


「ユウリよ、最近知らぬ黒髪の男と居るのを見かけたと聞いた。そんな事にかまけている場合ではない、魔法の創造はどうした」


 何を言っているんだろう。ユウリは最初、王の言っている事が理解出来なかった。

 そして、数秒の間を置き、やっとその言葉を咀嚼し終えると、ぞわりと悪寒が這い上がって来た。

 

 何が“見かけた”だ、白々しい。

 部下に調べさせでもしたのだろうか。あろうことか、王はアルとの隠れ家の秘密を知っていたのだ。

 

 そして、この目だ。

 全身を舐める様な、王の視線。

 嫌だ、もう耐えられない。


 そんな時、ユウリはアルの言葉を思い出した。


(そう。わたしがどうしたいか、よね……)

 

 だから、ユウリは王の言葉に、こう答えたのだ。


「いいえ。王様、魔法はもう出来ました」


「おお! それは誠か!」


 王は先程までの様子が嘘の様に、大変喜んだ。

 ユウリは冷たい微笑みを溢し、それを回答代わりとして、王に対して魔法を使った。


 王の身体が、魔法の淡い光に包まれて行く。


「おお! これで、我は永遠の繫栄を――」

 

 しかし、王の願いが叶う事は無かった。


「なんだ、これは――!!」


 魔法の光が収まって行くと、突如王の身体が、先端から黒く染まり、泥の様に溶けて行く。


「――何って、これが“永遠”ですよ。王様?」


「貴様、騙したのかあああああ!!!」


 王は声を荒げるが、もう遅い。

 王の身体は完全に泥と成り果てた。

 

 ユウリの魔法により、王は永遠の命を手に入れた。

 食事も必要としない。怪我も病気もしない。死ぬ事は無い。

 しかし、その呪われた姿は、もはや人の形を成してはいなかった。


 異形の姿と化した欲深い王は、その“望み通り”永遠の時間を過ごす事だろう。


「――だってわたし、魔女ですから」


 ユウリはスカートの裾を摘み、膝を曲げる形式だけのお辞儀をその泥の塊への別れの挨拶として、王城を後にした。

 


 森の中、隠れ家。

 

 ユウリはまだどこか夢心地で、ふわふわとしたまま、それでも足は真っ直ぐと迷うことなく、隠れ家へと向かっていた。


「おかえり、ユウリ」


 隠れ家へ戻れば、そこには小屋の前で帰りを待っていてくれたアルの姿。

 優しく、温かく迎えてくれる彼の姿に、逆毛だっていた心が静けさを取り戻していく。


「ただいま、アル。――あのね、わたし、お城のお仕事、やめてきちゃった……」


 少し照れ臭そうに、そう打ち明ける。


「ああ、お疲れ様」


 アルはそれ以上何も言わない。

 ただその声音が、仕草が、ユウリを温かく包み込んで行く。

 

 そして、お互いどちらともなくゆっくりと歩き出し、夜の森の冷たい風を肌で感じていれば、気付けば森の奥の湖へと辿り着いていた。


「――綺麗」


 夜空には満点の星々。そして、湖の水面が鏡の様に、その夜空を映し出し、幻想的な世界を産み出していた。

 ユウリは、以前にもこんな美しい星空を見た事が有る気がした。

 

 ――ああ、そうだ。

 星空を見て、思い出す。

 それは、ユウリがまだ幼い頃の記憶。

 

 幼いユウリは一人、森の中を探検していると迷子になってしまった。

 日も落ちて道も分からない中、ユウリはこの湖に辿り着いたのだ。

 そして、空には今と同じ満点の星々。


 その日は、流れ星も出ていた。

 ユウリは、その流れ星に願ったのだ。


(わたしを助けて、勇者様……)


 そして、星に願ったユウリの元に、一人の“黒髪の男”が現れた。


 ――ああ。どうして、今まで忘れていたのだろうか。

 

「アル、あなただったのね」

 

「ああ。思い出したんだね、ユウリ」


 あの時も、そして今回も。ユウリを助けてくれたのは、勇者様だった。

 幼いユウリが無意識下にで使った魔法。それによって現れた、ユウリだけの勇者様。

 

 そうだ。アルとは、わたしだけの勇者様。

 幼い頃にこの湖で出会った、初恋の相手の名前じゃないか。


 全てを思い出した二人は、星々に見守られながら、抱き合いました。

 

「――これから、どうする?」

 

「わたしと一緒に、旅に出ない? ね、勇者様」

 

 

 その後。

 国を治める王と、そして国を支えていた優秀な魔女を失った国が繁栄して行くのか、それとも衰退して行くのか。

 そんな事、語るまでも無いだろう。

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