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 タウンハウスに関する発言でのコルネリアの態度が気になって、フェリクスは仕事のあいま、時間さえ許せば、そのことを考えていた。


 王立学院は、王都にある寄宿学校で、貴族の子女のみならず、市井から広く生徒を募っている。学用品や制服、寄宿学校にかかる経費に至るまですべてが国費でまかなわれており、個人の経済状況は関係ないため、平民の受験者も多いと聞く。


 試験は15歳から受験可能で、三度まで挑戦できる。ちまたでは、王立学院を卒業すれば平民にも官吏への道が開けると、よく言われている。優秀な成績を残した者ならば、引く手あまただろう。かくいうフェリクスも王立学院の卒業生だ。


 ──コルネリアは、王立学院に受からなかった?


 それが、不機嫌の理由だろうか。

 フェリクスは首をひねった。受験倍率の高さは、試験の難しさと比例するものではない。「王立学院を受験した」ことで箔をつけるのが目的の者も多くいると聞く。学び舎に入らずして何の箔かつくのかフェリクスにはわからない。だが、つまりは、いくら倍率が高かろうと、それは受験者の裾野が広いだけで、基本を押さえた者は合格するはずなのだ。


 コルネリアが不合格になるとは思えなかったし、もし不合格だったとして、彼女がそれを引きずるとはあまり思えなかった。引きずっていたのならば、いまごろ二度目の挑戦をしているだろう。


 そこまで考えて、ふと、胸にひっかかるものがあった。コルネリアが王立学院を受験したのと、彼女の両親、前ワレリア男爵夫妻が亡くなったのは、どちらが先なのだろう。まさか、夫妻の死後、コルネリアが王立学院への入学を望んだのか? いや、ありえない。だとしたら、彼女は初志貫徹するに違いない。きっと、いまも二度目の受験に向けて邁進まいしんしているか、合格して寄宿舎のなかで過ごしていただろう。


 前男爵夫妻の死は、受験よりも後だ。合格不合格はともかく、両親の死を受けて、コルネリアは王立学院を諦めたのだ。


 ──バロー家のタウンハウスには、両親の死や、王立学院を諦めざるを得なかった過去の印象が強く残っているのか。


 そうであれば、コルネリアの反応にも納得がいく。詳しい経緯を知らなかったとはいえ、己の発言で妻に嫌な記憶を不用意に思い出させてしまったのは事実だ。フェリクスは悔やみつつ、このほかのことはコルネリア本人ではなく周囲に聞こうと、こころに決めた。

 



 フェリクスが手始めに話を聞いたのは、バロー家が古くから贔屓ひいきにしている仕立屋だった。自分とコルネリアの出会いを複雑にした「デビュタントの白いドレス」の問題をつまびらかにしたかった。


 遠くから呼び立てたせいか、仕立屋のマダムは初め、こちらを警戒していたが、本題に入る前にフェリクスが「妻が幼いころから好んでいた色や意匠のドレスを贈りたいのだ」と相談を持ちかけ、コルネリアに似合う色味や意匠で盛り上がるうちに、少しずつ、固い口が緩んでいった。


「お小さいころのお嬢様は非常に天真爛漫なかたで、わたくしどもも奥様と何度もご相談を繰り返して、スカートの裾の長さや見頃の幅を調節いたしましたものです。男爵夫妻は堅実な方々で、新しいお仕立てだけでなく、一度仕立てた衣裳の裾出しや、全体の趣きを変えるために細かな飾りの変更を承ることも多うございました」

「それは、小さいころの衣裳だけ?」


 問いかけに、マダムは即座に否定を返した。


「いえいえ、ご成長されてからも変わりませんでしたし、ご家族みなさまご同様です。生地は丈夫で質の良いものをお選びでしたし、あとから足す飾りも宝石や金糸銀糸、精緻で高価な刺繍を指定なさるので、暮らし向きにご不自由がおありだとか、お嬢様のお衣裳だからと言うことではないかと存じます。むしろ、……」


 うっかりと口にしそうになったことでもあったか、マダムがことばを飲み込んだのを見逃すフェリクスではなかった。


「むしろ?」


 微笑んで問いかけられて、マダムは青くなった。ガタガタと震えている腕に、そっと手を添える。


「そなたが口にしたと、だれかに漏らす気はない。何か、気がかりなことがあったのだろう? 教えてくれないか。これからは、私がコルネリアを存分に甘やかしてやりたいのだ。彼女の身のまわりで何があったか、できるかぎりを知っておきたい」


 マダムは何かを天秤にかけるように目をさまよわせていたが、やがて、意を決したらしく、くちびるを開いた。


「──新男爵のお嬢様にコルネリア様用として白いデビュー用のドレスをご注文いただきましたとき、その場にコルネリア様もおいででした。そのときのご様子が、ほんとうにおいたわしくて。ご自身のドレスですのに、ご希望もおっしゃいませんでしたし、先方に提示されたご予算では、布地も糸もふだんどおりの等級にはできない状況でございました」

「新男爵の……ディアナ嬢が、コルネリアに対して、口を挟むなとでも言ったのか?」


 マダムは口をつぐみ、フェリクスを見た。下くちびるを引き結び、泣きそうな顔でかぶりを振る。


「コルネリア様は、女中のお仕着せを着せられて、終始、壁際に立たされておいででした……!」

「な……っ」


 フェリクスは、我が耳を疑った。小刻みに震える手を握りしめ、膝のうえに置き、努めて気を落ち着かせようと、ゆっくりと息を吐く。生まれて初めて、からだが怒りで震えていた。


 

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