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「ドミティウス伯爵について執事に聞いたが、肌の色が浅黒い男だそうだ。異邦人の女を祖母に持つらしい。そのうえ、平民の富豪が爵位を得てから、たった三代の家柄だ。伯爵家から縁談があったことを箔付けに使うくらいに留めたほうがいいさ」

「まあ、けがらわしい。三代ぽっちじゃ、きちんとした貴族とは言えないわね。それに、肌の黒い孫なんて、抱きたくないわ!」


 眉をひそめ、あっさりと意見をひるがえした叔母に、ディアナも同調する。そのさまを見て、コルネリアは反論したくなったが、ぐっとこらえた。いまの自分は、何の力も無い女中扱いだ。


 それに、フェリクスからの求婚の手紙が届いたからといって、コルネリアは別に話に参加するようにと、この場に呼ばれたわけではない。ディアナの部屋でお茶の支度をさせられていて、たまたま、この状況に行きあったに過ぎない。いわば、完全なる部外者だ。


 うかつに口も挟めずにやきもきしていると、はたと叔父と目があった。しまった! 叱られるかと視線を逸らしたコルネリアに、叔父はめずらしく声をかけてきた。


「何か言いたいことがありそうだな?」

「いえ、とんでもないことでございます」


 控えめに頭を下げ、うしろに引いたが、叔父はなおも問いかけてくる。何が気になっているのか言えと強く命じられ、コルネリアはしぶしぶ口を開いた。


「執事は、伯爵の血筋と、新興の貴族であることをお教えしただけですか? ほかには何と申し上げたのでしょうか」

「特には……」


 コルネリアの質問にはっきりと否定は示さず、語尾を濁す叔父の態度には、隠し事の気配があった。


 叔父の言うところの『執事』は、先代の男爵である父に仕えてきた優秀な人物だ。彼が他の貴族に関して持っている知識は、膨大なものだ。ひとの見た目や家柄の話しか出てこないはずはない。まして、主家の令嬢に求婚してきた相手に関することだ。経済状況のうわさや、伝え聞く人品じんぴん、やりとりのある家、親戚筋、ありとあらゆる情報を提供したに違いなかった。


「ドミティウス伯爵は、功臣の家柄として、陛下に重用されているかたなのではございませんか?」

「おまえ──! 盗み聞きしていたのか!」


 たったひとことの指摘に激昂する叔父にも、コルネリアは動じなかった。


「盗み聞きなど、しておりません。ドミティウス伯爵の祖父君は、王都に水をもたらした功績により、爵位を賜ったかたです。ご本人に才覚さえあれば、重用されて当然だと、お考えにはなりませんか?」

「ただでさえ下賤な平民の出なのに、異邦人の血まで混じっているんだぞ! そんなヤツが重用されるはずがない!」


 つい先日まで、ほとんど平民同然の身分だった人間が、どの口で下賤などと言うのか。内心で情けなく感じながらも、コルネリアはゆっくりと、幼な子にでも言い含めるように説明する。


「水路建設の技術自体、もともと叔父さまのおっしゃる異邦人のものです。自国の発展をこそ念頭に置き、それが最良の手段とわかれば他国のものであっても忌避せず、積極的に取り入れる。そうした振る舞いをなさる王家が、血筋など関係なく優秀な人材を召し上げることのどこに、疑問を差し挟む余地がございますの?」


 叔父は、腐っても王家から爵位を受けた相手だ。立場をわきまえていさめていたつもりだったが、残念ながら、叔父一家はそうした意図が通じる相手ではなかった。その筆頭たるディアナは、コルネリアに投げかけられた問いを咀嚼そしゃくしているような神妙な顔つきをしていたかと思えば、いきなりすっとんきょうな声を上げた。


「わかったわ! あんた、求婚されたあたしが妬ましいのね! おんなじ夜会に出ていたのに、あんたには贈り物ひとつないものね!」


 いままでのやりとりの流れから、どこをどうすれば、そんな帰結になるのか。絶句したコルネリアの前で、叔父夫婦まで、娘の発言に納得したようすを見せる。そんな彼らに、ディアナは小首をかしげ、甘ったれた口調で話しかける。


「ねえ、お父さま? コルネリアったらね、あたし宛ての贈り物をかすめとっていくくらい、あたしのことがうらやましいみたいなの。だから、この縁談、あげてもいい?」

「ディアナの代わりに、伯爵にコルネリアを勧めると言うことか?」

「勧める必要なんか無いでしょ? ココに名前を書けばいいんだもの」


 つん、と、叔父の手にある婚姻証明書を指差して、ディアナは花のようにあでやかに笑う。


「あたし、次の夜会のために何着かドレスを新調したいの。色の合う首飾りも欲しいわ。そしたら絶対、もっといい相手から求婚されるもの! 婚姻の支度金って、いくらもらえるのかしら?」


 驚愕のあまり声も出せずにいたコルネリアは、従姉の発言の意味するところに目を見開く。


 ──わたくしを、売ろうと言うの?


 さすがに難色を示す叔父を、叔母が説得にかかる。


「そうよ、この子がいつまでも居座っているから使用人の態度が悪いに違いありませんわ。この子だって、女中のまま行き遅れずに、格上の相手と結婚できるんですもの。異邦人でも気にしないようだし、ちょうどいい機会よ」

「そうと決まれば、ドレスと宝石を見積もらなくちゃ!」


 仕立て屋を呼ぶよう命じるディアナの声で、侍女があわてて動く。ぼうぜんと立ち尽くすコルネリアを、すっかりと冷えた茶と一緒に部屋の外へ連れ出してくれたのは、仲間の女中たちだった。


 数人に抱えられ、屋根裏部屋に運び込まれ、粗末な敷布団のうえに座らされる。しゃがみ込んでコルネリアの顔を覗き込むのは、若い女中だ。そういえば、香り付きの石けんをいちばん喜んでいたのは彼女だった。


「お嬢さん、女中頭には話しておいたから。今日はこのまま休んでいいって」


 まばたきしかできずにいると、屋根裏への階段を乱れた足音が駆け上がってくるのが聞こえた。女中たちがビクッと肩を震わせる。けれど、音は木戸の前でぴたりと止まり、かわりに高いノックが響く。同時に懐かしい声がした。

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