11

『このたびはお心尽くしの品をお贈りいただきまして、ありがとうございます。ペレグリーニの糸紐細工は、先日初めて拝見いたしましたので、こうして手元で見られることに大変感激しております。

 建国記念日には、お陰様かげさまこころよい時間を過ごせました。楽しさのあまり、時が矢のように過ぎ去り、少しごりしい心地さえいたしました。このたびいただいた品をよすがに、これからも折りに触れ、大切な思い出を胸に振り返りたく存じます』


 ディアナから届いた礼状を幾度も読み返して、フェリクスは喜びをみしめていた。


 この文面を見れば、自分がミクラマを贈った相手が、紛れもなくあの夜の令嬢であったことがわかる。ミクラマを王国風ではないとまではわかっても、ペレグリーニの品だと指摘できる令嬢は、あの夜会の場に彼女のほかにはいないだろうし、この品を自分との思い出にできるのは間違いなくだけだ。


 長椅子に座るフェリクスの背後から、手紙をのぞき込んだグイドは、あー……と、残念そうな声をあげる。


「フラれたのか」


 えっ? と、振り返った主人に、グイドは腕組みをして、こんこんと説明する。


「まず、礼状が届くのが遅すぎる。相手はこちらより家格の低い家だ。こちらに礼を尽くさなければならない立場なんだから、男女の機微は関係ない。数時間で届く距離なら、礼儀上、翌日には着くようにすぐに礼状を書くものだ」

「で、でも、ディアナは貴族になったばかりで、そうした作法がわからなかったのかもしれない」

「贈り物について、手元で見られて感激しているとは書いてあるが、品物自体の感想が書かれていない。加えて言えば、ほんとうに楽しく過ごして、もう一度会いたい相手ならば、『またお会いできることを楽しみにしています』程度のことは書くものだ。この書き手はもう、フェリクスに個人的に会う気がない」

「──!」


 返信に浮かれて、そんなふうに文面の裏を読み解くことすらしなかった。だが、説明されれば、よくわかる。いつもの自分なら、きっとグイドと同じように考えただろう。


 悄然しょうぜんとして黙り込んだフェリクスを見て、グイドは深くためいきをつき、長椅子の背に腰掛ける。


「なぁ、フェリクス。傷つくのが怖ければ、このご婦人のことはあきらめたほうがいい。まるで脈がない」

「あきらめることなんて……」

「恋してるヤツはみんなそう言うけどな、気のない女を振り向かせるのは至難のワザだ。初心者が向こう見ずにつっこんでいっても、勝ち目はないぜ?」

「向こう見ずって、たとえばどんなふうに?」


 問われて、グイドはうつむき、少し考えたあと、指を折る。


「恋文や贈り物をひたすら送り続ける。彼女が出かける先々を調べて、偶然を装って出没してはこちらから話しかける。いきなり求婚する」

「なんでそれが向こう見ずなんだ? どれもふつうのことでは?」

「相手に少しでも脈があれば、な。脈がない状態、つまり、嫌われているかもしれない状況で、そういうことをやると、たいてい気持ち悪がられる」

「どうして。だれかに好かれるのは、うれしいものでは?」


 グイドはうんざりした顔を隠しもしなかった。


「いいか、フェリクス。好きでもない男っていうのは、ご婦人がたからすれば、道端の虫けらみたいなものなんだ。道に虫がいたら、だれでも避けて通るだろ? いま、おまえは避けられたところだ。それなのに、避けたはずのその虫けらにとつぜん『好きです!』って飛びかかってこられて、喜ぶご婦人がいると思うか?」

「虫……、私は、虫か……」

「ああ、そのくらいの認識でいないと、ひどい間違いを犯す」


 グイドにいさめられて、フェリクスは、月の女神ディアナに近寄ることも許されない虫の姿を思い描いた。そうしてみて、頭の芯がスッと冷えていくのを感じた。


 ──虫けら扱いなど、いつもどおりじゃないか。


 ペレグリーニ人の血を引く褐色の肌の男。叙爵されて三代にしかならない元平民の家柄。いまでこそ国王に引き立てられているが、王宮に出仕を始めたころは単なる下級官吏で、陰湿ないじめに遭うこともあった。


 自分は、そんな環境をこれまでどのように切り拓いてきた? ただ懸命に仕事に取り組み、山積する課題を解決していったのだ。ゴマをすることも、おべっかを使うこともなかった。評価は、行動に付いてきた。


「──当たって砕けろ、だ」

「何だって?」

「求婚する。婚姻証明書を作るから、字のうつくしい者を選んでくれ」

「待て待て、早まるなよ! そんなもん、ふつういきなり作るものじゃ……」


 泡を食った従者に、フェリクスはにやりと笑ってみせる。


「いまの彼女の状況を、うわさで聞いた。ディアナの名をかたった従妹のせいで、『デビュタントのディアナに熱をあげている』男が大勢あるようだ。覚えのない相手からの贈り物は山ほど届いているだろう。だが、ほんもののディアナとやりとりした男は多くないはずだ。私はもう、実際に会ったことを、先に贈ったミクラマで認識されている。ならば、正攻法で強い好意と熱意を伝えてもいいじゃないか」


 勝算はない。しかし、あきらめられないなら、前に進むしかないのだ。


 こうして並々ならぬ決意と覚悟で送った求婚状への返事に、後日、フェリクスは快哉かいさいをあげた。




 コルネリアは内心の動揺を隠すのに必死だった。あろうことか、フェリクスからディアナに求婚の手紙が届いていた。あとはディアナの名を記すばかりの、書きかけの婚姻証明書まで添えられている。


 叔父夫婦は、フェリクスがドミティウス伯爵本人であることを知り、狂喜乱舞していた。さして名もない男爵家の令嬢が伯爵に嫁ぐとなれば、玉の輿と言ってよい。そのうえ、持参金は不要で、婚姻のための支度金を用意するとまで申し出ているのだという。


 叔母はディアナを抱きしめて誉めたが、当の本人はあまりうれしそうには見えなかった。それどころか、不満げだ。


「あたし、ドミティウス伯爵なんか知らないわ。どんな顔だかも覚えてない」

「でも、贈り物を下さったんでしょう? あなたが忘れているだけよ、きっと」


 伯爵の気の変わらないうちにと、いまにも娘を嫁がせようとする叔母に待ったをかけたのは、意外にも叔父だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る