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『このたびはお心尽くしの品をお贈りいただきまして、ありがとうございます。ペレグリーニの糸紐細工は、先日初めて拝見いたしましたので、こうして手元で見られることに大変感激しております。
建国記念日には、お
ディアナから届いた礼状を幾度も読み返して、フェリクスは喜びを
この文面を見れば、自分がミクラマを贈った相手が、紛れもなくあの夜の令嬢であったことがわかる。ミクラマを王国風ではないとまではわかっても、ペレグリーニの品だと指摘できる令嬢は、あの夜会の場に彼女のほかにはいないだろうし、この品を自分との思い出にできるのは間違いなくディアナだけだ。
長椅子に座るフェリクスの背後から、手紙を
「フラれたのか」
えっ? と、振り返った主人に、グイドは腕組みをして、こんこんと説明する。
「まず、礼状が届くのが遅すぎる。相手はこちらより家格の低い家だ。こちらに礼を尽くさなければならない立場なんだから、男女の機微は関係ない。数時間で届く距離なら、礼儀上、翌日には着くようにすぐに礼状を書くものだ」
「で、でも、ディアナは貴族になったばかりで、そうした作法がわからなかったのかもしれない」
「贈り物について、手元で見られて感激しているとは書いてあるが、品物自体の感想が書かれていない。加えて言えば、ほんとうに楽しく過ごして、もう一度会いたい相手ならば、『またお会いできることを楽しみにしています』程度のことは書くものだ。この書き手はもう、フェリクスに個人的に会う気がない」
「──!」
返信に浮かれて、そんなふうに文面の裏を読み解くことすらしなかった。だが、説明されれば、よくわかる。いつもの自分なら、きっとグイドと同じように考えただろう。
「なぁ、フェリクス。傷つくのが怖ければ、このご婦人のことはあきらめたほうがいい。まるで脈がない」
「あきらめることなんて……」
「恋してるヤツはみんなそう言うけどな、気のない女を振り向かせるのは至難のワザだ。初心者が向こう見ずにつっこんでいっても、勝ち目はないぜ?」
「向こう見ずって、たとえばどんなふうに?」
問われて、グイドはうつむき、少し考えたあと、指を折る。
「恋文や贈り物をひたすら送り続ける。彼女が出かける先々を調べて、偶然を装って出没してはこちらから話しかける。いきなり求婚する」
「なんでそれが向こう見ずなんだ? どれもふつうのことでは?」
「相手に少しでも脈があれば、な。脈がない状態、つまり、嫌われているかもしれない状況で、そういうことをやると、たいてい気持ち悪がられる」
「どうして。だれかに好かれるのは、うれしいものでは?」
グイドはうんざりした顔を隠しもしなかった。
「いいか、フェリクス。好きでもない男っていうのは、ご婦人がたからすれば、道端の虫けらみたいなものなんだ。道に虫がいたら、だれでも避けて通るだろ? いま、おまえは避けられたところだ。それなのに、避けたはずのその虫けらにとつぜん『好きです!』って飛びかかってこられて、喜ぶご婦人がいると思うか?」
「虫……、私は、虫か……」
「ああ、そのくらいの認識でいないと、ひどい間違いを犯す」
グイドに
──虫けら扱いなど、いつもどおりじゃないか。
ペレグリーニ人の血を引く褐色の肌の男。叙爵されて三代にしかならない元平民の家柄。いまでこそ国王に引き立てられているが、王宮に出仕を始めたころは単なる下級官吏で、陰湿ないじめに遭うこともあった。
自分は、そんな環境をこれまでどのように切り拓いてきた? ただ懸命に仕事に取り組み、山積する課題を解決していったのだ。ゴマをすることも、おべっかを使うこともなかった。評価は、行動に付いてきた。
「──当たって砕けろ、だ」
「何だって?」
「求婚する。婚姻証明書を作るから、字のうつくしい者を選んでくれ」
「待て待て、早まるなよ! そんなもん、ふつういきなり作るものじゃ……」
泡を食った従者に、フェリクスはにやりと笑ってみせる。
「いまの彼女の状況を、うわさで聞いた。ディアナの名を
勝算はない。しかし、あきらめられないなら、前に進むしかないのだ。
こうして並々ならぬ決意と覚悟で送った求婚状への返事に、後日、フェリクスは
コルネリアは内心の動揺を隠すのに必死だった。あろうことか、フェリクスからディアナに求婚の手紙が届いていた。あとはディアナの名を記すばかりの、書きかけの婚姻証明書まで添えられている。
叔父夫婦は、フェリクスがドミティウス伯爵本人であることを知り、狂喜乱舞していた。さして名もない男爵家の令嬢が伯爵に嫁ぐとなれば、玉の輿と言ってよい。そのうえ、持参金は不要で、婚姻のための支度金を用意するとまで申し出ているのだという。
叔母はディアナを抱きしめて誉めたが、当の本人はあまりうれしそうには見えなかった。それどころか、不満げだ。
「あたし、ドミティウス伯爵なんか知らないわ。どんな顔だかも覚えてない」
「でも、贈り物を下さったんでしょう? あなたが忘れているだけよ、きっと」
伯爵の気の変わらないうちにと、いまにも娘を嫁がせようとする叔母に待ったをかけたのは、意外にも叔父だった。
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