第11話、ニーチェは金策に同行する。
昇級試験の申し込みを済ませたヒックスは、町の商店にて装備品を新調するとその足で『魔王城』へと入って、1階の平原をひたすらに進んでいた。
昇級試験は1週間後。それまでに連携の精度を高めるとともに、少しでも良い装備を入手するための「金策」のためだ。
「この丘を越えたら目的地が見えてくるぞ。あと少しだがんばれ!」
2階へと繋がる階段を通り過ぎてさらに奥、断絶の海と呼ばれるエリアが目的地らしいけれど、もうかれこれ3時間は歩いている。
ラフィンの励ましに返事をしようと思ったけれど、まともに声がでなかった。
「ひゃ、ひゃい……」
すいすい進んでいくパーティについていくだけで精一杯だ。ひぃひぃと情けなく肩を上下させていると、ひとつ前を行くレニが足を止めて、ちらりと私へ振り返った。
心配させてしまっているかなと考えているとメッセが届く。
◇レニ:大丈夫?
★ニーチェ:う、うん。なんとか……。みんなすごいね
◇レニ:チェが荷物を全部持ってくれてるから。それにチェはまだレベル3だから仕方ないよ
パーティを組んでいたベルナが狼たちを大量に倒してくれたおかげで、その経験値のおこぼれを貰った私はいつのまにかレベルが3になっていた。
といっても、私のステータスの伸びはかなり悪く、成長はゼロなわけだけれども。
★ニーチェ:そう言ってもらえると救われるよ。……私も装備を整えたら少しは役に立てるかなぁ
◇レニ:うん。一緒に「金策」を頑張ろう!
★ニーチェ:そういえばその金策ってどんなことをするの? 今から行くところでモンスターを倒すとは聞いたけれど
◇レニ:絶海の海には『浅瀬の海蛇』っていうモンスターがたくさんいるんだけど、ごくたまに『竜の鱗の欠片』っていうアイテムを落とすの。それがヒックスの金策
★ニーチェ:――詳しく教えてくれる?
……浅瀬の海蛇は、ヒックスでも難なく倒せるモンスターだけれど、本来はまったく「うま味」のない相手らしい。ギルドで買い取ってもらってもたいしたお金にはならないし、1階の階段から遠いところに生息しているから、わざわざそこまで行こうという冒険者も少ない。
ところが半年前、たまたまその人気のないモンスターをラフィンたちが倒したところ『竜の鱗の欠片』というレアアイテムがドロップした。このアイテムは単体では価値がないけれど、たくさん集めると『竜の鱗』という高額なアイテムに合成することができるらしい。
◇レニ:100匹倒して1個ドロップするかなってくらい。欠片が10個で『竜の鱗』1個になるよ
……という理由で、ヒックスの4人はこの半年間、せっせと1階を往復して『浅瀬の海蛇』を倒す生活を続けていたということらしい。
◇レニ:昨日もそのつもりで街道を進んでたんだよ。そうしたら狼に襲われている『黒薔薇のシエラ』たちを見かけたから……
★ニーチェ:そういうことだったんだ……。ねぇ、浅瀬の海蛇が鱗の欠片をドロップすることを、他の冒険者たちは知らないの?
◇レニ:知らないと思う。もし知ってたら、冒険者たちがいっぱいいるはずだから
なるほど。この情報は高く「売れる」情報ということだ。けれどたくさん売れば売るほど、浅瀬の海蛇を狙う冒険者が増えてしまうから、取り合いになって効率も落ちるし、『竜の鱗』も供給が増えて価値が下がってしまうだろう。
秘跡文を用いて転売を禁止しても、同じ情報を繰り返し売ればその情報の価値はどんどん落ちてしまう。
――ごく少数の人間だけが知っているからこそ、情報には価値があるのだ。
やはりこれくらいの情報では、売るだけで大きな利益を上げることは難しい。かといって、高額で売れる情報なんてそう見つかるものでもないし。となると……。
私が物思いにふけっていると、
「いたぞ! いつも通りたのむ!」
いつの間にか丘を降りていた私の目の前に海が広がっていた。ダンジョンの中にかなたの水平線まで続く大海があることにも驚きだけれど、それよりも――波打ち際のごつごつとした磯の上にうじゃうじゃといるモンスターに言葉を失う。
ちょっと……ビジュアルがキツイの。
浅瀬の海蛇という名前からある程度は想像していたけれど、実物はもっと醜悪だった。ウツボと蛇と、深海のぶにぶにした魚を混ぜたものをアナコンダサイズにして緑色の鱗でコーティングして、ぬるんぬるんの粘液をまぶした感じ……。
「下っていろ」
最後尾にいたガトーが私の前に立って魔法を詠唱する。
「――【
海岸線に沿って伸びた草むらから無数の葉っぱが舞い上がって緑の風になったと思ったら、すぐに嵐のようになって磯の上を吹き荒れた。
ただの草木の葉っぱに見えるけれど、緑のマナで強化されているから一枚一枚が刃のように鋭い。曲刀のような葉は蛇の首を跳ね飛ばし、つぶてのような小さな葉は集団で降り注いで穴だらけにしてしまう。
十秒ほどの短い嵐が去ったあとには、あれほどまでにいた蛇は三分の一ほどまでに数を減らしていた。
圧倒的な力に何と言っていいかわからずにいると、ガトーは近くにあった倒木の上に座ってため息をついた。
「この魔法は消費が大きい。あとは若いのに任せることにしよう」
私が海の方へと顔を向けると、すでに前衛ふたりが飛び出していた。ラフィンが蛇たちをひきつけ誘導し、その長く伸びた胴をエッダの突撃が蹂躙する。大技を放った後の隙には必ずレニのフォローが入るから、ふたりとも活き活きとした動きで攻撃に専念できていた。
蛇たちは、ものの5分も持たなかった。波打ちぎわに打ち寄せる蛇の死体は数えるのもうんざりするくらいの数だ。
◇エッダ:ははっ。こいつはいいぜ! 普段の半分以下の時間で倒しちまった……!
◇ラフィン:レニの援護が完璧だったおかげだ。やっぱすげぇなこのSNSは……!
◇レニ:怪我もないし完勝だね!
◇ガトー:さて、も
う一仕事だ。ニーチェにも手伝ってもらおう
仲間たちにモンスターの討伐を任せきりにして低みの見物を決め込んでいた私は、やっと回ってきた出番に喜び勇んで返事をする。
★ニーチェ:……! はいっ!
転がる海蛇の死体を直視しないようにしながら波打ち際まで進んだ私は、引いては寄せる波の中でゆらゆらとしている蛇たちの横目に海岸線をゆっくりと歩いてみる。
とりあえずどう探していいのかわからないから、仲間たちのマネをしているわけだけど……これでみつかるの?
ガトーが言うには「モンスターのドロップは見ればすぐわかる」らしいけど。
と、その時、波にさらわれてごろんと腹を見せた蛇の下に、きらっと光るものがあった。反射にしては光が鋭い。まるでそれ自体が発光しているような。
そっと海の中に手を入れて拾いあげてみると光がすっと消えて、あちこち欠けたホタテの貝殻のようなものが手のひらの中に残った。
――きれい。まるで虹みたい。
光の加減で螺鈿細工のように見える不思議なそれは、間違いなく『竜の鱗の欠片』だ。
「ありました――!!」
つい嬉しくなって仲間たちに報告すると、近くにいたレニが走ってきた。
「やったね! 私も1枚みつけた」
ポケットから鱗の欠片を出すレニ。私たちはハイタッチするとふたたびドロップ探しに戻った。
……けれどレアドロップだけあってそうそう見つかるものではなく、それから見つけた輝く光はすべてノーマルドロップの『海蛇の卵』だった。
「結局2枚だけか。まぁそんなもんだな」
戦果を報告し合うと、レニが海岸線の奥を見ながら言った。
「次の狩場に行く?」
「おうよ。ガトー爺ももう一発くらい行けるだろ?」
エッダに肘でうりうりとされたガトーは杖をこつんと鳴らしてそれに応えた。みんなやる気まんまんのようだけれど、そこで水を差す者が一人。
「あの……私、ちょっと休みたいです……」
はぁはぁと息を切らせながら、その場にへたりと座りこんでしまった私をみて、他のメンバーたちは顔を見合わせてからくすくすと申し訳なさそうに笑った。
「しゃあねぇなぁ……。ちょうどいい時間だし、飯にでもすっか」
エッダの提案にぱっと顔を輝かせた私は、ここぞとばかりに荷物持ちの仕事をこなす。ポシェットから厚手の絨毯を出して広げて、携帯コンロと鍋で水を沸かす。
それから携帯食料を用意していると、鍋を眺めていたラフィンが聞いてきた。
「なあニーチェ。この鍋つかっていいか?」
「お茶を淹れようと思ってただけなのでかまいませんが……?」
何をするのだろうとみていると、ラフィンは沸騰したお湯に白い塊をごろごろと投げ入れる。白色の薄い殻に包まれた楕円形のそれは、まさか……
「それってまさか……!?」
「ん? 海蛇の卵だぜ。ちょっと癖はあるけど、味が濃くでうまいんだ」
正直ドン引きなのだけれど、これからこういうことはいくらでもあるだろう。私は引きつった顔をなんとか元に戻したんだけど……。
「おっ、うまそうじゃねーか!」
海蛇のゆで卵をつるんと剥いて一口でほおばってしまったエッダを「ええ……」と見ていると、となりに座っていたレニが私の取り皿の上に卵を置いた。
「おいしいよ?」
なんで食べないの? と尋ねられているだけなのに、視線が無垢すぎてなんだか責められるように感じてしまう。
「じゃ、じゃあいただこうかな……」
殻を剥くと鶏より水っぽくてふにゃりとした白身が出てきた。意外にも匂いは無臭だけれど……。恐る恐るフォークで刺してかじってみる。
「……ん!? おいしい!!」
白身はそんなでもないけれど、ほろほろっと崩れる黄身がとんでもなく濃厚だ。すこし生臭さはあったけれど、すこし塩気があるから調味料なしでもすいすい食べれた。
「でしょ。時間がたつとすぐに腐ってしまうから、町には出回らないの」
レニの話に疑問を覚えて聞いてみる。
「マジックバッグに入れても?」
「……? 腐ってしまうと思うけど……?」
あれ。なんか微妙な反応。もしかして、私がケイオスからもらったポシェット以外のマジックバッグは、収納した物の時間が止まったりはしないのだろうか。
私はあいまいにうなづくと、話題を変えた。
「聖遺物って普通のアイテムとどう違うの?」
ギルドの買い取り係のシヴは私のポシェットのことを「聖遺物なのか」と気にしていたけれど。
「えっと、聖遺物は神さまが作ったアイテムなの。普通のアイテムよりずっといい効果があるんだけど、めったに見つからない。もし見つけたら、神さまの名前がどこかに刻印されているはずだからすぐにわかるよ」
「そ、そうなんだ……」
私は腰の後ろにあるポシェットを指でなぞった。ベルトの付け根の部分には『オーラムの名において聖別する』との刻印がしっかりとある。
やっぱりこのポシェットの取り扱いは気を付けないと
いけない。
そう再認識していると、無言で干し肉をかじっていたガトーが杖を手に急に顔を上げて、頭頂の耳をぴこぴこと動かした。
「――む。誰か来る。人間のようだが」
ほかのメンバーたちも武器を手に立ち狩り、ぴりっとした空気があたりに立ち込めたとき、丘の上に冒険者らしきパーティが見えた。
私たちと同じ5人組だけれど、ずいぶんと男女比が偏っている。高齢の男が一人と、年齢も種族もばらばらな女が4人。みんな身なりがきちんとしているから、野党の類ではなさそうだけれど。
「見た感じはまともそうだけどよ、ここは追剥ぎにはおあつらえ向きの辺鄙な場所だぜ。どうするリーダーさんよ」
まるで自分がその追剥ぎかのように槍を構えるエッダに、「待て」と言ったのはガトーだ。
「――知り合いだ」
「ガトー爺の?」
「ああ。あの先頭の男は『剛腕のイシュトー』。前に世話になったことがある」
ガトーが手を挙げると、先頭にいたイシュトーも手を振ってそれに応える。
私たちの近くまで来るなり、イシュトーはガトーを見て大げさに目を見開いた。
「まさかとは思いましたが、こんなところで会うとは奇遇ですねガトー。まだ死んでいなかったとは」
低くていい声なのにねっとりと粘着質なイシュトーの挨拶にガトーはさらっと言い返す。
「貴様こそよく生きていた」
ガトーの枯れ木のような手を握るイシュトー。両者の顔に笑みが浮かぶと、私はやっと体から力を抜くことができた。
イシュトーは顔だけみると60代か70代手前といった年齢でガトーと同世代のように見えるけれど、その体つきは正反対だった。
ガトーが骨と皮だけの枯れ木なら、イシュトーは地上を走る鳥だ。骨に筋肉がくっついて、その上に薄い皮を張り付けたような脂肪の一切ない体つきをしている。
年相応にしわもあるし、四角い銀縁眼鏡の奥にある深い眼窩には濃い影が溜まっている。町を歩いていてもまず見かけないほどの老人の冒険者だったけれど、なにより異質なのはその背中に背負った大きな剣だった。
……その剣はいわゆるクレイモアやグレートソードの仲間だろうか? 幅広で長く武骨なその両手剣は、老人にはあまりにも不釣り合いだ。背負うだけで精一杯なのではないか。まともに振れるなんてとても思えない。
そんな私の疑問は、すぐに新たな驚きによって吹き飛んでしまうことになる。
「見たことのない顔がいるな。……まさか4人目か?」
イシュトーたちの最後尾へと視線をやるガトー。
「そのまさかです。――ほら、挨拶しなさい」
背中を押されて私たちの前におずおずと出てきたのは、私と同じくらいの若い女性だった。祖父と孫みたいだなと私が思っていると、はにかみながら私たちに一礼した彼女はとんでもないことを言った。
「イシュトーさまの第4婦人の、サ、サーシャです……」
隣に立っていたエッダと目があう。
◇エッダ:おいおい冗談よせよ、どう見ても犯罪だろーが。しかも4人だぁ!?
メッセを使わずとも顔で雄弁に驚きを語るエッダにこくこくとうなづき返していると、イシュトーはサーシャの隣に人の女性たちを並ばせて言った。
「紹介しておきましょう。こちらの盾を持っているのはカティナで、となりの治療士がマチュアです。そして一番背の高い魔術師がリラ。……私の妻たちです。どうぞよろしく」
私はSNSでしこたま稼いで異世界の神どもに札束ビンタしたい! ただの石ころ770 @emanon195
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