男性少数世界で怪物になる話。
夜野はずみ
修行パートは短くても入れるべし
Eより始めよ/スカード・オリジン
「怪物やらねえ?」
軽い問いかけだった。
その癖、ごうごうと燃える炎のような問いかけだった。軽く聞こえたのは、努めてそう言う風に聞こえるようにしたためだろう。
だから、夏波 義春は未だにその言葉を憶えている。世の中に運命と言うものがあるのなら、自分にとっては北郷 和也のそれであったのだろうと。
「特撮の話か?」
「そうそう、何十年も前に消えた、特撮ヒーローの話だ!」
「やっぱ撮りたいか?」
「そりゃそうだろ。俺が金と人と場所を作る。それで、お前が悪役をやるんだ」
「主役じゃねえの?」
「主役も欲しい。欲しいんだが……ちゃんとやられる動きが出来るやつが欲しい」
熱い夏の頃。今の時代では珍しい男主人公を選べるアクションゲームを交代で遊びながら、希少な男の幼馴染との話。
和也が操作する画面の中の英雄が敵を切り倒す。敵はばたりと仰向けに倒れて、そのまま消える。
「これに?」
「ボスにだな」
ステージ攻略型で、出てくる敵を倒して最後には必ずボスが出てくるタイプのアクションゲーム。
「何時だってそうだ。どんなヒーローでも、英雄でも、力を振るう相手が居なければそうなれない」
「説得するヒーローもいるだろ」
「だがその対象は暴力や悪意だ。最初に手を出さない巨人も、相手から仕掛けられたら攻撃を返す」
「悪意の中でしかヒーローは存在し得ないのか?」
「……。違うと思う。本当は、正義も悪意も無くて、常識が最初にあるんだ」
ステージのボスが出現して、名乗りを上げた。何故我らに逆らうのか、従ったほうが幸福ではないか、と投げかけるのをヒーローはただ聞いて。
「君はこうした方が幸せだ、何故なら皆そうしているから、のような?」
「常識の下で平和を感じる人と、傷を貰う人が居る。傷を負った人は間違っている、本来はこうあるべきだと言って、平和を感じる人はそれを悪意だ、反抗だと思って、弾圧する」
「あー、わかってきたぞ。俺に常識になれって言いたいんだな?」
「そう。最初の立ち向かわれる当たり前に。常にヒーローに対して問いかける当たり前に、そして、そのための力を演じて欲しい」
それは間違っている、と真っ向から言い返した。傲然と、だけど苦味を滲ませて応える。どんな正義を掲げていようと、それによって傷つき、血を流した者が居る。傷を付けられたら、怒ることだってある。従うことで傷付き、血を流し、命を落とすのならば。
それは『奪うもの』だ。昔はどうあれ、今の在り方はそういう物だ。ヒーローはそう言って、ボスを指差した。人間の体へ無理矢理甲虫のように金属の外骨格を付け加えたような異形の姿を。奪われている、その姿を。
「なんか、随分お前の好みじゃない?」
「良いだろ、最近参戦したデベロッパーだぜ」
こう言うの新規では無かったもんな。和也はそう呟き、義春は静かに頷いた。こう言った娯楽と呼ばれるものは男性、人口の減少と共に少しずつ廃れていった。人間とは社会を維持するためにそれらの削るべきではないリソースを削りに削って、本来ならば発展に繋がる余裕も削って、人口減少が落ち着き、増加の兆しが現れ始めた2224年。今となってはそれらの娯楽を古典、と言う。
「だからさ、ここから作りてぇんだよな」
それでも。情熱は燠火のように尽きなかった。古典と言われ、特に男性と言う社会のマイノリティに向けた娯楽がほぼ皆無の時代。
「それで、最初に仲間にしたいのは敵役なんだ。な、義春。怪物やらねえ?」
軽い問いかけだった。
その癖、ごうごうと燃える炎のような問いかけだった。軽く聞こえたのは、努めてそう言う風に聞こえるようにしたためだろう。
だから、夏波 義春は未だにその言葉を憶えている。世の中に運命と言うものがあるのなら、自分にとっては北郷 和也のそれであったのだろう、と。
「やるよ」
だから、義春はその手を静かに取ったのだ。
「よーし! 決まり! とりあえず、体を鍛えて……」
「ケーキ屋でバイトでもしようと思うんだが」
「へへ。わかってるじゃん」
「本当はもっと不特定多数が来て、接客もちゃんとした場所があると良いんだが……1人だとなぁ」
これは別に世界を救うだとか、そういう話ではない。ただ、世界が退屈になったから、自分たちの楽しいを叩きつけるだけの話だ。
男性少数世界で怪物になる話。 夜野はずみ @1615
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