第11話 帰還した者たち

「ジェイル、ジェイル……っ。よかった……よかった……っ!」


 〝行方知れずの工廠〟第二階層——「黒夜の眼」の魔法使いティノは生きているジェイルを見てひたすらに安堵の涙を流していた。あんな絶望を前にして、彼らは生き残ったのだ。その奇跡を噛み締める行為を、誰が批判できようか。


 安堵する彼女に、救助隊の一人である〝剣聖の巫女〟ノルティエラが言った。


「『……しかし、君。彼はもう四肢のうち二つを失っている。もう剣士として戦う事は不可能であろうな』」


 彼女——否、彼女の内側に宿る剣士の英霊・アスティの言葉はジェイルに深く突き刺さる刃に他ならなかった。

 冒険者として、剣を振るう者として左手と左脚を喪失した事は死にも等しい。


「どっちにしろ、俺は死ぬ運命さだめにあったわけかよ……はは」


 ジェイルは空虚な笑いを零す。

 一見すれば特別ショックを受けていないように思えるが、彼の瞳は濁っていた。もう自分は迷宮には潜れないと、もう二度と剣は振るえないと、死とは別方向の絶望がじわりとジェイルの心を締め付けてくる。


「ジェイル…………」


 ティノは悲し気に彼を見つめる。

 暫くの沈黙が三人に圧し掛かる。

 この迷宮から出て、街へ戻ったらどうするべきか……ジェイルは悩む。冒険者が出来なくなったら、いよいよ老人と同じような生活を送る羽目になるのか?


 ——まぁ、でも。ティノやエミリー、オスカーは五体満足で生きている。つまり、冒険者としてまた迷宮に潜れる訳だ。それだけでも幸せだ。

 俺も含めて、皆生き残れたんだ。それだけでも……それだけでも……。


「…………いいわけ、ねぇよ、畜生……っ!」


 涙だけは流さないと決めていたのに、意図せず涙が溢れてくる。

 ——終わったんだ、俺の晴れ晴れとした冒険者人生が。もう一生、一緒に冒険が出来ない。そんな悲しい事実を前に、平然としていられる奴なんているはずない。


「『……ジェイルと言ったな。確かに君は不運であった。剣士としての命が終わったのかも知れない。だが、既に死んでいる私だからこそ言える——』」


 アスティがそう語り出した時、ようやく外界の明かりが見えてくる。



「『——死んでも人生は終わらないんだ。だから、本物の死を体験していない君ならばきっと、この先も歩んでいけると私は信じるよ』」


 の言葉に、ジェイルはただ感激した。感銘を受けた。

 そして——泣いた。


「うああああああぁぁぁぁあ…………っ‼」


 号泣。号泣。号泣。

 滲んだ視界に映るのは、笑顔で出迎えてくれた二人の仲間だ。月明かりに照らされたエミリーとオスカーは、ジェイルの許へと走り寄る。

 ティノも集まり、四人はひたすらに号泣した。

 よかったと。生きて帰れたと。


 ジェイルは気付いた。

 人生に終わりはない。たとえ夢が潰えても、生きている以上新しい夢がきっと出来る。それに何より——皆がいる。それだけでもまだ〝始まり〟なんだと。


 ——絶望の最中を生き残り、乗り越えた「黒夜の眼」は今、新たなる一歩を刻んだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お、帰ってきた。やっほ~! みんなお疲れ様~」


 都市エルフェスの門の前、アンティルは六人の人影を見て陽気に手を振る。

 外は既に暗くなっており、街中は酒場と少しの娼館で賑わっている。そんな中で門を潜ってきたのは、第一級魔獣と遭遇し、生き残った四人だ。


「アンティルさん、わざわざ出迎えに来てくれたんですか?」


 ジェイルが意外そうな顔で問いかけると、彼は「ふふん!」と鼻を鳴らした。


「そりゃあ偉大なギルドマスターだからねぇ! 英雄の凱旋を見届けるのも役目な訳だし? あ、お金とかは要らないからね~? あくまで俺としての労いだしね」


「あはは、どうも……」


 左脚と左腕を失ったジェイルの姿を見て、アンティルは暫し沈黙してから彼の右肩に手を置いた。


「……うん! よく頑張った! でもまだこれからだかなぁ? 冒険者は何も迷宮に潜るだけが役目じゃないさ! 魔法の才能あるんだし、これを機にうちの管轄でやってる魔導具屋にでも転職するかい?」


 あっけらかんとした反応に、ジェイルは豆鉄砲を喰らった鳩のような表情を見せるが、すぐに笑顔に切り替わった。


「まぁ、気が向いたらそのうち」


「是非とも歓迎するよ。人間の美点は〝執念〟だからねぇ、足掻いてればそのうち楽しい人生になってくはずさ! ……とりあえず、今日は家に帰って寝なよ? もう夜も遅い事だしさ」


「はい、本当に……本当に、ありがとうございました」


 ジェイルは——否、「黒夜の眼」の四人の冒険者が一斉にアンティルへと頭を下げた。彼はそんな四人を見て後頭部を掻きながら、


「ええいそんな畏まるなって! 俺はあくまでも〝弱い〟ギルドマスターだからさ。それに俺みたいな——」


 と、中断して、アンティルは隣に立つアリアの胸を揉みしだく。

 突然の出来事にアリアは「きゃあっ⁉」と悲鳴を上げ、頬を紅く染める。


「ロクでもない野郎に頭下げるなんて、損だよ損。ほらほら、とっとと帰った帰った!」


 と四人を急かす。ジェイルたちは「あはは」と笑いつつ、各々の家へと帰っていった。彼らの後姿は、とても逞しくそして微笑ましいものであった。

 うんうん、と感動し笑みを浮かべるアンティル。そして——


「あーんーてぃーるー? どうして今胸を触ったのかなぁ?」


 アリアが満面の笑みで彼に詰め寄る。


 ——あ、まっずい。つい無意識でやっちまった。

 アンティルは納得できる言い訳を模索し、即座に答えを導き出す。


「俺が、アリアの胸が好きだからだ‼」


 ——瞬間。彼の身体は赤黒い爆炎によって吹き飛ばされ、ギルド会館の扉をブチ破ってしまった。歩いて三十分ほどかかる距離まで一瞬にして到達させる。彼女の魔法の威力ははっきり言って桁違いであった。


 ちなみに、その扉の修理費はアンティルのポケットマネーから差し引かれたのは、言うまでもないであろう——

 

 

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