第10話 暗雲を切り裂く者

 ——光が、見えた。


「…………え?」


 冒険者パーティ「黒夜の眼」の暗黒騎士・ジェイルは唖然とした。

 突然として駆け抜けた白銀の閃光に、ただただ硬直した。


 見れば、神速の如く駆けた白銀の光は〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟の右足を貫通していた。異形の黒獅子は二本の前足を失い、無様に地面に伏した。


「『ふん、時代が変わり、貴様も堕ちたか、黒獅子』」


 振り返ると、そこには一人の細剣を持った少女が立っていた。ジェイルは彼女の名前を既に知っていた。


「ま、まさか……〝剣聖の巫女〟⁉ あのノルティエラ=ディースなのか⁉」


 熾位アイン……最上位の冒険者が目の前にいる。

 彼女はジェイルの許へと近寄り、彼に手を差し伸べる。


「『それはあくまでも私の宿主の名前だが……いいだろう。少年、私は君達を助けに来た者だ。もう、安心していいぞ』」


 可憐な少女の姿からは想像もつかない口調と表情を浮かべている——きっと彼女は……否、は英霊なのだろう。

 しかしジェイルにそんな事を考える暇は無かった。


 ——助かったんだ……! 俺たちは、生きて帰れるんだ……っ!


 涙がこぼれる。左腕も左脚も無くなって、もうティノと一緒に死ぬ運命なのかと諦めていた。この時間稼ぎが無駄になると、そう絶望していた。


 ——でも、俺たちは助かるんだ! この〝剣聖の巫女〟が来てくれたから!


 歓喜と安堵がごちゃまぜになる中で、ジェイルは彼女の手を取る。


「あ、ありがとう……ありがとうございます……っ!」


「『うむ。……さて、悪魔の右腕使いよ、交代だ。私はこの二人を上階層へ連れていく。一人でも問題ないな?』」


 ノルティエラの内側にいる英霊が声をかけると、背後からカツ、カツ——と足音が聞こえる。そして獰猛な嗤笑が鼓膜を震わせる。


「ハハハハハッ‼ んなの当たり前だろうがよォ! テメェはとっととそこのガキども連れて戻ってきやがれッ‼ ま、そん時にはもうオレが喰ってるかもだがなァ?」


 黒い呪詛が込められた包帯を右腕に巻く銀髪の男——アドラ=アイズリード。

 纏うオーラはまさしく猛獣そのもの。眼前で伏す魔眼の黒獅子にも匹敵する恐ろしい魔力が、彼の内側で混沌として渦巻いている。


「『別に構わないとも。私はあくまでもこの憐れな二人を救う事が目的であるからな。そこの魔獣は好きにしてくれていい』」


「ハッ、張り合いねェなァ……ったく、オラ! とっとと行け行けッ‼」


 アドラはつまらなさそうに呟き、撤退を促す。それに従いノルティエラとジェイル、そして跪いていたティノを連れて六階層へ向けて走り出す。

 姿が見えなくなったのを確認して、アドラは黒い包帯を解く。


「さてさて……随分と満身創痍みてェだが、まだァ‼ こりゃあ喰い甲斐があるぜ……ッ‼」


 包帯で包まれていた彼の右腕が、露わとなる。

 

 ——禍々しい毒色の皮膚と、滲んだ深紅の脈。そして、右腕には悪魔の使う言語で綴られた祝詞が刃で抉られたように刻まれている。まさしく〝悪魔の右腕〟と呼んで差し支えない、悍ましく痛々しい外観だ。


「そんじゃあ早速…………喰われやがれェェェェェェェェェェェェエエェェ‼‼」


 獰猛なる咆哮を上げて、アドラは地面を思い切り蹴り飛ばす。

 迅雷と呼ぶに相応しい速度で迫る男に、〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟はジェイルたちを苦しめた「魔眼」を使おうと口腔を開く。


 言葉を発そうとした黒獅子の口に、異物が飛び込む。


「御馳走だ、喰い散らかせ——〝ヴェルベット=ニア〟‼」


 アドラの右腕が黒獅子の喉仏を捉え、握り込む。そしてび出す——彼の右腕に宿る悪食の大悪魔が。


 刹那——〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟が放とうとした「言葉」とその奥にある「魔眼」との回路パスを丸ごと


 体内の魔力を大量に喰われ、異形の黒獅子はあなという孔からどす黒い血液を噴き出し、苦悶を吼える。


『ガアアアアアアアアァァァァァァアアアアァァアアアアアアア——‼⁉‼⁉』


 そんな悶絶する〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟を見て、アドラはひたすらに愉しく嗤った。


「ハハハハハハハハハハハハハッ‼‼ 最高だぜッ‼ いやァ、あのガキどもの為に教えてやりてェところだったがよォ……アイツら、運がねェなァ……」


 ——そう、この第一級魔獣〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟の対処法は既に確立されている。ジェイルたちはそれを知らなかったが故に敗れたとアドラは思う。


 その「対処法」とは、喉を潰す事だ。

 〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟は視認したモノを塵に変える特殊な「魔眼」を有しているが、それを発動する為には「言葉」を発する必要があり、それを阻止すれば「魔眼」は使えないという訳だ。

 

 もっとも、この対処法が確立した頃に彼らも自分の弱点を理解し、喉や口を守る行動をするようになったのだが、今目の前にいる黒獅子は前足を失っている。守ろうと思っても上手く動けないであろう。


「ノルの奴、遅ェな……ったく、しゃあねェな。ありがたくご相伴に与りますか」


 アドラはそう呟いて、悪魔の右腕を喉から引き抜いて、頭部に触れた。

 そして——禍々しい右腕の紅い脈が輝きだす。


「——髄までしゃぶれ、〝ヴェルベット=ニア〟」


 〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟の頭蓋に漆黒の〝祝詞〟が流れ込み、徐々に身体を覆い尽くし、最後には紫紺のアギトが異形の黒獅子を喰らい尽くす。

 骨も、肉も、臓腑も、魔力も、瘴気も。

 余すところなく右腕に宿る大悪魔が


 すっかり異物が消えた鋼鉄の迷宮。

 静寂が訪れ、アドラは黒い包帯を巻きなおす。


「はァ……次は弱ってねェ奴とも戦いてェな…………」


 退屈そうに零して、アドラは〝行方知れずの工廠〟第七階層を後にする。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る