第9話 ギルドとしての役目
「…………んん、ああ。もう夕方かぁ」
【魔蠍の尾】ギルド会館の執務室で、アンティル=レスタスは目を覚ます。
ギルドに関連した書類に目を通し終え、軽い昼寝をしていたのだが、気付けば外は緋色に染まっていた。どうやら相当寝ていたらしい。
「ふわぁ……まだアリアは来てないみたいだな」
机の上に処理済みの書類の束がある。アリアがこの部屋に来ていたなら必ずこれを回収しているはずだから、きっとまだ何かしらの業務をしているのだろう。
ほんと、精が出るねぇ。
なんて他人事のように感心しつつ、彼は起き上がって伸びをする。
「さてと、そろそろ散歩してくるかぁ」
一見すればアンティルのしている事はただの穀潰しのように見えるが、これはれっきとしたギルドマスターとしての仕事でもあるのだ。
街を散策し、冒険者の様子を観察する事で彼らの不満を発見し、大規模ギルド【魔蠍の尾】としてその不満を解消する為に動ける、という訳だ。
——もっとも、彼の場合は大抵適当な酒場に入り浸るだけなのだが。
「今日はどこに行こうかなぁ……」
なんて煩悩塗れな思索をしていると、外からドタドタと荒々しい足音が聞こえてくる。そして、バンッ! と、この部屋の扉が豪快に開かれる。
姿を現したのは、アンティルの秘書で副ギルドマスターのアリアであった。
どうやら相当焦っている様子だ。息を切らしている。
「どうしたのさアリア。もしかして俺が恋しくて————」
「大変なの! 〝行方知れずの工廠〟で第一級魔獣〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟が現れたの! そこに今『黒夜の眼』の四人がいるらしいの……」
彼女の口にした魔獣の名前を耳にしたアンティルは少し真剣な面持ちになる。
「……『黒夜の眼』って、確かジェイル君がリーダーのパーティだよね? てことはまだ第一級は相手に出来ないはず……というか、どうしてゴーレムしかいないはずの迷宮に魔獣が……?」
「分からない……そのパーティの精霊術師の従えてる精霊がそう伝えていて、今ジェイル=フォルトーナ君が足止めをしているって……」
「流石にジェイル君一人じゃ、足止めは無理だろうね。……よし、急いで救助隊を編成して、最短ルートで助けに行ってきて」
「うん、分かった!」
アリアはそう頷いて、大急ぎで執務室を後にする。
誰もいなくなった部屋の中で、アンティルは沈みかけの夕陽を眺めた。
「さーてと、予定変更だ。今日は散歩のルートを大幅に変えなきゃな」
アンティルはそう呟いて、部屋を出ていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場所は変わり、【魔蠍の尾】ギルド会館・スケイル寮。
ギルド会館の右端に置かれた、ギルドマスター直属の特殊な冒険者を配置している特別な寮に、アリアは足を運んだ。
「みんな、注目っ!」
寮内に響き渡る声に釣られ、五人の冒険者が色々な場所から顔を出した。
中には眠たげに目を擦る者から、彼女の姿を見て興奮する者……多種多様な冒険者がここに集っていた。
「たった今、〝行方知れずの工廠〟で緊急事態が発生したの! 第一級魔獣〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟が迷宮内に出現……現在、
事情を説明すると、尖った銀髪と濃い菖蒲色の瞳を持った粗暴そうな青年が歩いてくる。そして獰猛に口角を上げた。
「ハッ! まさかよりにもよってあの魔眼の獅子か! こりゃあ、久しぶりに美味しい
彼の名前はアドラ=アイズリード。【魔蠍の尾】に所属する
冒険者の中でも異色な力を有しており、その界隈では「悪魔」と畏怖されている。
「〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟…………え? 『あいつは鬱陶しい』? そうなんだ、気を付けないと……」
アドラの背後から姿を現したのは、「ナニカ」と話をする寡黙な少女だ。彼女の背中には細い白銀の剣があった。
彼女の名前はノルティエラ=ディース。同じく熾位の冒険者であり、降霊術を得意としている。彼女は歴史に名を馳せた剣士を降霊し力を借り受ける事で戦う事から、巷では〝剣聖の巫女〟と呼ばれている。
常に周りに剣士の英霊を侍らせており、話をしているが、他の人間には見えない。
「アリアせんぱーい‼ 来てくれたんですね! もしかしてアタシに会いに来てくれたんですか⁉ きゃー! 興奮すりゅ~っ‼」
二階から盛大に飛び降りてアリアに抱き着くのは、琥珀色のセミロングヘアの女性であった。服装からして拳闘士に見える。
「ちょっ、セナちゃん⁉ 毎回嬉しそうなのは良いんだけど、びっくりしちゃうから……」
「わわっ、ごめんなさい! 久しぶりでつい……」
と、興奮気味な彼女の名前はセナ=オクターナ。熾位の冒険者であり、主に拳と魔法を混合させた「
この寮の中には今の所この三人しかいないらしい。
本来ならあと三人ほどここに所属している冒険者がいるのだが、どうやら今は席を外している様子だ。
「……こほん。とにかく、事情はさっき説明した通り。〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟から潜入した冒険者パーティを助けて、魔獣を討伐するの」
「んだよそれだけかァ⁉ もっと美味い
「え? なに? ……『何人に行かせるつもりだ?』って? ……アリア、その救援は何人で行けばいいの?」
ノルティエラがそう問いかけると、アリアはしばし思考してから二本指を立てる。
「二人で問題ないよ。相手はあくまでも第一級……二人も熾位がいれば討伐は余裕でしょうから」
「ふむふむ……相手がモノを塵に変える魔眼持ちなら、アドラは必要ですよね? アリア先輩」
「そうだね。本当なら〝魔眼殺し〟を持っているフェスト君に来て欲しいんだけどなぁ……いないなら仕方ないよねぇ」
「え? ……『私が切り裂こう』? ……アリア、わたしが行く。というか、アスティが言ってる」
ノルティエラが挙手をする。正直なところ、魔獣の攻撃にそれなりの耐性を有するアドラがいれば、他のメンバーは何でもいいのだが、リーチがセナと比べて長いノルティエラの方がいいなと、アリアは考えた。
「うん、分かった。救援部隊の編成はアドラ君とノルちゃんで行こう」
「え~⁉ 先輩先輩、アタシは⁉ アタシも行きたい~!」
子供が駄々をこねるように、既に成人した女が泣き喚く。アリアはそんな情けないセナの頭を撫でて、
「今度は呼ぶから、今日は我慢して、ね?」
と、優しく言葉をかける。するとセナは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「はいっ! 分かりました! 今日は待ちます! 待ってますからね!」
そう言い残して、彼女は自分の部屋へと戻っていく。
スケイル寮がしばし静寂に帰り、アリアは咳払いをした。
「それじゃあ、もう転移の準備は出来てるから、すぐにギルド会館前に来てね」
「ハッ、わーったぜ」
「……うん」
こうして、鋼鉄の迷宮の中で絶望の際に立つ「黒夜の眼」を救う準備は整った。
あとは彼らに手を差し伸べるだけだ。
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