第7話 迷宮第七階層

「よし、結構進んできたな……ティノ、きちんと目印は付けてるよな?」


「うん、等間隔に魔力の痕跡を残してるから……多分ちゃんと戻ってこれるよ」


 中迷宮〝行方知れずの工廠〟に潜って数時間——ジェイルの率いる「黒夜の眼」は現在、迷宮第六階層の最奥に到着した。

 この〝行方知れずの工廠〟はどうしてこんな名前を付けられたのか——それは迷宮の性質が深く関係している。


 この迷宮は奥へ奥へ、下層へ下層へ進むごとに通った道が自動的に変形し、戻っても同じ道になっている事は無い。この性質のせいで戻ってこれない冒険者がいた事から、この迷宮は〝の工廠〟と名付けられたのだ。


「多分って、頼みますよティノ。あなたの目印が頼りなんですからね?」


「大丈夫だって。オスカーは心配性なんだから……」


 形が変わる迷宮——一見すれば脱出不可能なイメージが強いが、攻略法は既に存在する。それは、目印を残す事だ。

 透視が可能である魔力の痕跡が最適であり、それを辿っていけば脱出が出来る。しかし大抵の場合は壁に阻まれているが、変形の影響で生成された壁は必ず開ける仕様となっている。

 力づくでも、魔法を使っても、絶対に解放できるようになっている。


「ねぇねぇ! こっちに階段あるよ!」


 先頭を走るエミリーが、下層へ続く階段を発見する。

 ティノの探索魔法サーチで、階段に罠が無い事を確認して、全員は階段の前で立ち止まった。


「よし、皆。ここからは第七階層……俺たちの到達できる最下層だ。ゴーレムも強いだろうから、ここで準備を整えておこう」


 ジェイルは真剣な表情で指示を下す。

 本当はもっと階層は存在するのだが、ジェイルたち「黒夜の眼」の位階で到達できるのは第七階層までである。これ以上進めば生存率は大幅に下がるし、何よりギルドから厳罰ペナルティを喰らう。


「では、僕は生命力増強と敏捷性上昇の精霊術を付与しますね」


 オスカーがそう言って、三人の前に手を翳す。

 金木犀の花のような光が彼らを包み込み、身体の内側に染み込んでいく。


「ティノには防護障壁も付与しますね」


 更にオスカーはティノに向かって青白い蝶の精霊を放ち、彼女の周りに侍らせる。

 第一から第六階層までのゴーレムは物理もそれなりに効く者が多かったが、第七階層になると途端に物理耐性が跳ね上がり、魔法による攻撃でなければ削れなくなってしまうのだ。


 つまりティノが主力であり、彼女の生存率を上げる為に、オスカーは防護障壁の精霊術を付与したのだ。


「回復薬はまだ使っていないな?」


「うん、ばっちり」


「こちらも」


「満タンだよ~!」


 更にジェイルは腰に巻いた小型バックパックから一枚の羊皮紙を取り出し掲げる。


「緊急脱出用のスクロールは失くしていないよな?」


 そう確認すると、三人はジェイルと同じ羊皮紙——スクロールを取り出す。

 全ての装備や下準備は完了した。あとは奥へ進んで、めぼしい素材や財宝を探すだけだ。


「……よし! それじゃあ皆、行こう!」


『おー!』


 こうして「黒夜の眼」の一味は〝行方知れずの工廠〟の実質的最下層——第七階層へと足を踏み入れる。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「エミリー! 相手は魔銀ミスリル製の軽装クイックゴーレムだ! とにかく攪乱しまくって、攻撃の隙を作るんだ!」


「はいはーい、よっと!」


 第七階層の中間地点——側面に合計三十の窪みがある不自然な部屋の中、四人は今まで出会っていない敵と遭遇する。

 ゴーレムではあるが、その体躯は他よりもずっと小さい。具体的にはジェイルと同じ程度の身長だ。そして堅牢な装甲は少なく、細身だ。


 魔術への耐性を有する魔銀の身体……弱点は物理と魔法を掛け合わせた攻撃だ。


「ティノ! 俺の合図に合わせて雷魔術を撃ち込んでくれ!」


「分かった!」


 そう指示を下したジェイルは鋼鉄の地面を蹴り上げて、剣に闇の魔力を流し込む。

 軽装ゴーレムは「ギギ……」という機械的な声を上げ、右側へと素早く移動する。そして壁を蹴ってジェイルの方へと急接近する。


「おらぁ!」


 そんな不意打ちに近い攻撃を、ジェイルは間一髪で剣を構えて受け流す。

 ゴーレムはその受け流しの影響で体勢を崩し減速するが、すぐさま飛蝗バッタのように軽やかに地面を蹴ってもう一度突撃してくる。


 が——


「させないよー!」


 エミリーがゴーレムの背中に思い切り飛び蹴りを喰らわせる。予想外な攻撃に対応できず、ゴーレムは四つん這いになる。

 ——ここが好機だ!

 ジェイルは魔力を更に練り上げて、剣を振り上げる。


「今!」


「うん!」


 ジェイルの合図を聞いて、ティノの杖から金色の雷鎗がゴーレムへと一直線に向かっていく。それが着弾する直前に、ジェイルは——


「壊れろ! ——〝黒蝕斬アシド・スラッシュ〟‼」


 闇魔法・〝黒蝕斬〟——物質を腐蝕させる魔法であり、これを剣に纏わせ斬る事で魔法を容易に通さない魔銀を脆くし、攻撃を通す事が可能となる。

 更に、ティノの放った雷鎗がジェイルの切り開いた箇所に丁度直撃し、内部にまでダメージが行き渡る。


「ギ……ギギ………——」


 内部の魔導装置が破壊され、軽装ゴーレムはその場で倒れ伏す。


「よし! どうにか倒せたな! ふぅ……いやぁ、エミリーのあの不意打ちマジで助かったぜ」


「えへへ~。もっと褒めていいんだよ? ね?」


「調子に乗り過ぎ……ですが、実際あのサポートが好機を生み出した事は事実ですからね、偉いです」


「うん、凄かった」


 皆、エミリーの事を褒め称える。いつもあんまり褒めてこない仲間たちが急に褒めそやしてきて、彼女も流石に照れてしまう。


「……ま、何にせよ、今の所回復薬も使っていないし、もしかしたら第七階層の完全攻略も出来ちゃうかもな」


「わたしたちが成長したって……ことかな?」


「もしかしたらな」


 一年前の駆け出しの頃の彼らであればここまで下層に進めなかったはずだ。それが今となっては能位フュンフで到達可能な最下層の敵を倒せた訳だ。

 これは間違いなく成長していると、全員が確信している。


「よーし! このままバンバン倒していこー!」


 エミリーが快活に声を上げる。ジェイルたちは微笑みながら、


『おー!』


 と何度目かの意気投合を見せる。

 そうして四人は第七階層の奥へと進む。


 ——静寂と暗闇に包まれた通路を慎重に歩く。見た目自体は変わらないから、退屈してくる。しかし、油断はしていられない。ティノの探索魔法で罠を探知しつつ進んでいく。奥へ、奥へ——


 すると。


「…………ねぇ、なんか空気おかしくない?」


 ティノが不意にそんな事を言い出す。三人は彼女の言葉を聞いて立ち止まった。


「そうか? そんな対して変わらない、普通の空気だと思うけど?」


 ジェイルは暢気にそう答える。しかし、オスカーは訝し気な表情を浮かべていた。


「確かに、生命のいない冷たい空気が薄れていますね……ティノ、念の為に探索魔法の範囲を拡げるべきです」


「もー二人とも心配性なんだから~」


 エミリーはジェイルと同様に空気の変化に関して特に何も感じていないようだ。

 しかし二人の能天気な言葉に惑わされず、ティノは言われた通りに探索魔法の感知範囲を拡大した。


 ————瞬間であった。


 ドス、ドス、ドス、ドス——ガリ、ガリ、ガリ、ガリ。


 暗闇に覆われた迷宮の奥から、何かが迫る重苦しい足音と、感覚を逆撫でするような不快な引っ掻き音が「黒夜の眼」の鼓膜を叩く。


「え? なに、この音……」


 エミリーが辺りを見回し、不安げな表情を浮かべる。ジェイルも明らかな違和感に気を引き締め、剣を抜く。そして——ティノの顔は、絶望の色に染まっていた。


「…………嘘。嘘、嘘。嘘でしょ……? どうして……どうして…………」


「どうしましたか⁉ ティノ。一体何がいると言うんですか⁉」


 オスカーが急かすように問いかけるが、彼女は聞く耳を持たない。が、続けて言葉を紡いだ。そして——ティノの放った言葉に、戦慄した。



「どうして、魔獣がここにいるの……⁉」


 

 姿が、鮮明に映る。

 それは——この鋼鉄の迷宮にいてはならない、圧倒的なる異物であった。


 漆黒の体毛と、黒曜の鬣。人の大きさをゆうに超えた、荘厳なる巨躯。四つの肢には悪魔の翼に似た黒鉄の角のようなモノが生えており、その背中には血の滲む悍ましい瞳が八つついている。

 鋼鉄すらも噛み砕かんばかりの鋭利なる牙と、左眼を抉られた隻眼の獅子。


 本で読んだ事のある、最悪の魔獣——



「…………〝蹂躙の眼のキスト・エルス〟…………っ⁉」


 ——順調だった彼らの冒険に、終止符が打たれかかる。

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