第6話 〝行方知れずの工廠〟へ②

 〝行方知れずの工廠〟は、名前の「工廠」とつくように、内装は機械的であった。

 壁や床は全て鋼鉄で覆われており、それらには恐らく古代に使用されていたのであろう言語や幾何学的な模様が刻まれている。


「ティノ、探索魔法サーチを頼む」


「うん」


 ジェイルの指示に従い、ティノは杖を構え瞑目する。

 次第に魔力が杖の先端へと集束していき、やがて空色の環が形成される。


「……うん、敵性反応は今の所感じられない。罠は……あそこと、あそこに」


 探索魔法を展開しつつ、彼女は奥の方にある不自然な壁の窪みを指さす。


 冒険者にとって探索魔法は必須の魔術であり、これがあると無いとでは生存率は格段に違ってくる。普通の探索魔法なら敵の反応を察知するのと、罠を察知するのとで二段階に分けて展開しなければならない。


 しかしティノという魔法師は「別の魔法を同時に使える」という類稀な才能を有しており、ジェイルもエミリーもオスカーも、皆彼女の才能に助けられている。


「分かった。皆、気を付けて進むんだ」


「はいはーい」


 カツ、カツ―—自分たちの靴音が迷宮内に反響する。

 嫌な程に静かな道を歩いていくと、少しひらけた部屋に辿り着く。


 正方形の壁や天井には、先程まで歩いてきた道よりもずっと複雑で神秘的な幾何学模様がびっしりと刻まれている。その中には魔法陣らしきものも見受けられる。


「ここは……」


 ジェイルが辺りを見回していると、ティノが杖で彼の肩をトントンと叩く。


「敵が来るよ、注意して」


 その言葉に反応して、四人は一斉に武器を構え、警戒をする。

 すると——幾何学模様が淡い紺碧の光を放ち、ゴゴゴ……という何か巨大なものが動く音が部屋中に響き渡る。


「来るのか……ゴーレムが!」


 やがて左右の鋼鉄の壁が割れるように開かれ、その奥からドン、ドン——という途轍もなく巨大な足音が聞こえてくる。


 姿を現したのは、ジェイルの身長の何十倍もある巨大な鋼鉄のゴーレムだ。

 地面を踏み締める度、重低音が腹の底に響く。そんな荘厳なる鋼鉄の巨兵が二体、「黒夜の眼」の前に立ちはだかる。

 さながらこの迷宮の第一の門番と言わんばかりに。


「俺とティノの魔術で削るから、その隙にエミリーとオスカーは俺たちの援護を頼む!」


「うん、分かった」


「了解しました!」


 ジェイルの指示を理解し、全員が作戦通りに動き出す。

 まずは前衛であるジェイルとエミリーが前へと駆けだし、ゴーレムへと剣と拳をぶつける。するとゴーレムは彼らを敵と認識し、隕石のような鉄槌が地面を叩く。

 しかしその攻撃を回避して、腕へと乗ってジェイルはゴーレムの顔の方へと疾駆する。


「——ぶった切れ、〝黒焔刃ブラック・ブレイズ〟‼」


 ジェイルは剣に闇属性の魔法を付与して、ゴーレムの顔面——眼窩にあたる部位に切っ先を刺し込む。すると、刃に宿った黒い猛火が孔から噴き出し、体制を崩してしまう。


 ゴーレムの中身は、複雑に構築された魔導装置であり、それらは大抵損傷を受ければ緻密に組まれた術式が破壊されれば本体にも相応のダメージとなる。

 ゴーレムに物理攻撃は効かないと言われているが、それは正確ではない。

 具体的には「外部からの物理攻撃は効かない」という事であり、内部を攻撃すれば魔法的であろうが物理的であろうがダメージを与える事が出来る訳だ。


 特にジェイルの放った攻撃は物理と魔法が掛け合わさった代物だ。

 それなりに効果覿面なのだ。


「——〝蒼閃鎗ペイル・スピア〟‼」


 一方で、ティノはジェイルたちが攻撃している隙に光属性の攻撃魔法でゴーレムの四肢を穿つ。魔術の光鎗こうそうはいとも容易く鋼鉄の装甲を貫通し、跪かせて見せた。


 そんな満身創痍なゴーレムを見て、もう一体は魔術を放っているティノの方へと襲い掛かろうとする。しかし——


「精霊よ、彼の者を阻め——〝微睡の蔦ウィスプ・ウィップ〟」


 オスカーの装着していた黄金の腕飾りが淡い光に包まれると、そこから蝶の形をした小精霊が何体もゴーレムの方へと飛んでいき、やがてそれらは蔦の形へと変わり、脚を拘束していく。

 ゴーレムは必死に蔦を引き剥がそうとするが、破れない。


「僕が足止めをしますので、そっちは頼んだよ!」


「おう、任せとけ!」


 ジェイルは楽し気に返事をして、剣を頭と胴体の繋ぎ目に突き刺した。

 同時に、ティノが杖に魔力を集めていく。そして——


「死ね——〝闇の荊棘ダーク・ソーンズ〟‼」


「——〝雷爪雨ヴォルテック・レイン〟」


 二人はそれぞれの魔法でゴーレムに極大な損傷を与える。するとゴーレムの胴体はドゴォ、と轟音を上げて稼働を停止する。

 倒し終えたからと言って、油断は出来ない。オスカーが足止めしているゴーレムがまだ残っている。


「そろそろ僕の精霊術も限界です」


「よし! あとは俺たちに任せとけ!」


 ジェイルはそう言って地面を蹴り上げ跳躍する。直後、オスカーの精霊術が破られ、ゴーレムが怒り狂った雄牛のように吶喊してくる。

 そこで奴の目の前に飛び込んできたのはジェイル——ではなく、エミリーだ。


「うらあああぁぁ——‼」


 獅子の如く叫び、エミリーの拳はゴーレムの眼窩に叩き込んだ。しかし、そんな一人の拳闘士の攻撃程度で壊れる程、軟ではない。

 そこで彼女は、眼窩の奥——魔導装置を

 装置を剥がした事で術式が稼働を停止し、ゴーレムがその場で制止する。


「おいおい……美味しいところ持っていくなよ、エミリー」


「え~なんのこと~? あたしはただ手伝ってあげただけだし~?」


「まさか徒手空拳だけでゴーレムを破壊するとは……はっきり言っておかしいですよ、あなたは」


 オスカーが頭を抱える。物理攻撃が効かないゴーレムを、物理で倒す——前例が無い訳ではないが、それでも珍しい方法だ。


「でもでも! 結果的に倒せたからいいでしょ⁉」


「ま、それもそうか! よし、先に進もう!」


 ジェイルは能天気に笑って、奥へと続く道へと歩き出す。三人も彼に続いて、迷宮の深層へと踏み込んでいく。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「…………幕開けは慎ましく、でも大胆に」


 冷たい暗闇の只中で、何者かが嗤っている。そう、とても愉しそうに。


 

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