第5話 〝行方知れずの工廠〟へ①

 アンティル=レスタスが入会試験を行っている同時刻——


「今日はどの迷宮に行くよ?」


「前は〝陽光の帳〟に行ったから……久しぶりに暗い所行ってみたいかも」


「そうなると…………」


 【魔蠍の尾】のギルド会館内に設置された掲示板の前で、四人組の冒険者が探索申請書を吟味していた。

 

 一人は金髪に黒髪が混じった刺々した髪型の青年。軽量鎧ライトアーマーを装着し、その腰には細身の剣を携えている。

 彼の名前はジェイル=フォルトーナ。【魔蠍の尾】所属のパーティ「黒夜こくやまなこ」のリーダーであり、闇魔術を操る剣士——暗黒騎士である。


 一人は氷色のセミロングの長耳少女。白いローブを身に纏い、手には自分の背丈よりも長い杖を握っている。

 彼女の名前はティノ=アスラード。同じく「黒夜の眼」に所属している冒険者で、主に水・氷属性の魔法を操る黒魔法師である。


「ねぇねぇ! 〝透明の樹海〟なんてどう? 久しぶりに行ってみたい!」


「エミリー。あなた、前に〝透明の樹海〟でスライムに襲われて服を溶かされたでしょう? そろそろ懲りてください……男性もいることですし」


 快活に喋るのは、桜色のショートヘアの露出が多い少女。両腕に魔銀ミスリルで作られた篭手を、両脚には竜の鱗で作られたブーツを装着している。

 彼女の名前はエミリー=クルシュ。「黒夜の眼」においてはジェイルと共に前衛として戦う拳闘士だ。


 一方で彼女を諫めるのはくすんだ金色の長髪を持った巨漢。神聖そうなローブを身に纏い、両手首に黄金色の腕輪を装着している。

 彼の名前はオスカー=エルバス。「黒夜の眼」においては治癒魔法や付与魔法で後方支援を行う精霊術師だ。


「うーん…………よし皆! 今日は〝行方知れずの工廠〟に行こう!」


「ジェイル、そこってどんな迷宮だったっけ?」


 エミリーが小首を傾げると、ジェイルは一枚の申請書を掲示板から剥がして彼女に見せる。


「〝行方知れずの工廠〟は能位フュンフの冒険者から入れる中迷宮で、迷宮内に魔獣はいないんだけど、代わりに色々なゴーレムが襲ってくるんだ」


「はえー……ゴーレムって事は、基本物理は効かないよね……あたしはあんまり活躍できなさうだから、反対~!」


 エミリーは子供のようにジェイルの提案を否定するが、他二人は違った。


「わたしは別にいいよ。ゴーレムの素材は高く売れるから……うん、行きたい」


「僕も賛成だ。最近ずっと魔獣ばかり倒しているせいで服が血生臭くなっているから、たまにはこういう迷宮も攻略すべきだと思うんだ」


「二人とも自分たちが活躍できるからってさ~」


「いや、ゴーレムの中には物理攻撃が効果的な種類もいるから、それはエミリーに任せるつもりだよ。ゴーレムを殴り飛ばすのはさぞ気持ちいいだろうなぁ」


 わざとらしい口調で語るジェイルに対し、エミリーは瞳を輝かせていた。


「え、ほんと⁉ そ、そういうことなら~、あたしも賛成かな~、なんて」


 ——チョロいな。

 三人は掌を返して賛成の意見を述べるエミリーを呆れ混じりに見つつ、探索申請書を持って窓口へと向かう。


 ギルド所属の冒険者は、迷宮を探索する際には探索申請書を提出する必要がある。

 パーティメンバーそれぞれの署名と血判をする事でギルドから正式に探索を許可され、適性位階の階層までの探索が可能となる。

 もしも自分の位階よりも高い階層へと潜った場合は厳罰ペナルティとして三日間の迷宮探索を禁じられる。


 かつては申請書など提出せずに自由に迷宮を探索できたのだが、他のパーティと衝突して殺し合いにまで発展した事例が発生し、【十二星芒】がそんな事態を未然に防ぐべく「探索申請書」という制度が出来たのだ。


「よし、申請は終わったから、早速行きますか!」


「うん、分かった」「いえーい!」「うむ」


 こうして、「黒夜の眼」の一味は中迷宮〝行方知れずの工廠〟へと向かう。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「さてと、それじゃあ皆、持ち物の再確認と行こうか」


 ディルクラネス帝国には、冒険者のみが使用できる迷宮への移動手段がある。

 神獣車しんじゅうしゃと呼ばれるそれは、【十二星芒】の一角——【翠樹の楽園】が開発し、国内に普及した。


 アッシュたち「黒夜の眼」はその神獣車で中迷宮〝行方知れずの工廠〟に着いた。


「装備の欠陥はないよ」


「それにポーションもきちんと七本用意しています」


「あとあと! 緊急脱出用のスクロールもあるよ!」


 迷宮では何が起こるか分からない。不意に現れた魔獣の毒牙にかかり死んだり、罠に嵌って抜け出せなくなったりは日常茶飯事だ。

 そんないつ来るか分からない死神を振り払う為に、冒険者は装備やアイテムの用意は怠らない。


 彼らが持っているのは回復薬の中でも中級の品。最上級の回復薬は万能薬エリクサーと呼ばれ、その値段は中堅である「黒夜の眼」の面々では到底買えない高級品なのだ。


「よし! 皆、問題はなさそうだな! それじゃあ早速、出発だ!」


 ジェイルが拳を高らかに挙げると、他のメンバーたちも拳を振り上げ、


『おー!』


 と天に叫んだ。


 こうして、中堅冒険者パーティ「黒夜の眼」の一味は、中迷宮〝行方知れずの工廠〟に足を踏み入れる。


 ——迷宮の入り口を潜った彼らの背後で誰かが嗤っている気がした。


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