第4話 ギルドマスターとしての仕事
「お疲れさま。また滅茶苦茶にぼこぼこにされたんでしょ?」
ギルドの入会試験が終わり、アンティルは執務室の机に突っ伏せていると、アリアが紅茶とクッキーを持ってくる。
いつもならアリアの特製クッキーが出されたら即座に頬張るところだが、今はそんな気分ではない。何せ何十人もの冒険者見習いに多種多様な攻撃を与えられたのだから。いくら治癒魔法をエリにかけてもらったとは言え、まだ痛みは治まっていない。
「アリア…………胸を貸してくれ。尻でも脚でもいいから……」
「一揉み3500万ルーベルだけど、いいの?」
「高くない? 幼馴染のよしみでさ、せめて3499万ルーベルは値下げしてよ」
「私の身体は1万ルーベルしか価値が無いって認識でいいのかな?」
彼女の顔は満面の笑みであるが、指先に赤黒い劫火を灯し、アンティルに向ける。
それに対しアンティルは気怠げに、
「やっぱりさ、アリアは俺だけのものみたいなものだしさ?」
なんて返答をするが、アリアは呆れ果てて深い溜息を吐く。
「……【十二星会】で不信任決議って出来ないかなぁ」
「ま! 俺を追い出すなんて、今の帝国に出来るはずがないさ! 何せ、俺はこの国の支柱の一つなんだからな! ふははははは!」
魔王のような邪悪な高笑いを響かせ、アリアの淹れた紅茶を口に運ぶ。
そんな能天気な彼を一気に絶望の淵へと陥れるように執務机に大量の紙束が置かれる。
「さ、休憩時間は終わりだよ。今日はこれらの内容を確認して、承認と否認の捺印をするの。多分、ざっと500枚はあるはず……」
「今日は一段と多いな…………よし!」
アンティルは唐突に席を立って、アリアの許へ歩み寄る。そしてズボンのポケットから一枚の金貨を取り出し、彼女の手に握らせる。
「え? ちょ、なに————」
困惑するアリアなど気にせず、アンティルは躊躇なく彼女の胸を両方の手で揉みしだいた。ふにふに、と天国のような弾力が彼の触覚を刺激する。
更にはアリアの胸に顔を埋め、すりすり、と顔面を左右に擦る。
すー、はー。すー、はー。
匂いもついでに堪能していくアンティルの姿を見て、アリアは硬直していた。
やがて状況を理解し、彼女の頬は紅潮する。
「な、何するの⁉ ちょっと、匂い嗅がないで! くすぐったい!」
アリアはすぐさま彼を引き剥がして、涙目になる。
一方でアンティルは満足げに鼻を鳴らして、席に着いた。
「よし! アリアの魔力で元気が漲ってきたぞ! あ、終わったら持ってくから、仕事に戻ってていいよ」
ぞんざいに言いつつ、アンティルは大量の紙束に手を差し伸べる。するとアリアは何度目かの深い溜息を吐いて、金貨をポケットに入れる。
「……言っておくけどね? 次からこんな強引な事したら、倍の金額と利子もつけるからね?」
「大丈夫! その時は経費で落とす!」
「経費で落としたら、アンティルの事を落とすからね?」
「何処に落とすか知らないけど、心配しなくていいから!」
——心配とかじゃないんだよなぁ。
と思いつつ、アリアは執務室を後にした。
アンティルは彼女の胸に秘められた絶大な魔力で充電され、面倒くさそうにしていた先刻とは打って変わり、勤勉に書類をさばいていく。
これが別に、初めてな事ではない。
今までにも面倒な事務作業をこなすべくアリアで幾度も無く「充電」してきた。
膝枕してもらったり、頭を撫でたり、料理を作ってもらったり……色々と「充電」してもらったが、そろそろ「充電」の手段が尽きてきた。
そして今回はおっぱいを揉ませてもらったわけだが……。
「アリアも少しくらい耐性つければいいんだけどなぁ」
小さな頃から共に遊び、学院にも一緒に通っていたが、アリアはどうにもスキンシップへの耐性が……と言うよりも、驚かせてくる系統のコミュニケーションにどうも弱いらしい。
学生時代にも何度か胸を揉んでしまったり、尻を触ってしまったりした時も、悲鳴を上げられ魔術を放たれた事もあった。
「いやぁ、それにしても随分と丸くなったよなぁ……感心感心」
なんて親心を見せつつ、書類に署名をしていくと——
「お? 『大迷宮〝夜霧の城壁〟周辺にて〝悪食のフィーカ・リイド〟が出現。各ギルドより殲滅部隊を要請する』……ね」
定期的に来るギルド規模での討伐依頼。
ディルクラネス帝国は土地の殆どが迷宮である。それ故に、地上にまで魔力が溢れ出す事がある。それ自体は特に悪影響を与える事は無いのだが、魔力と同時に魔獣も定期的に脱する事があるのだ。
どうやら今回は【魔蠍の尾】があるこの都市——エルフェスから遠く離れた北に点在する大迷宮〝夜霧の城壁〟から第一級魔獣〝悪食のフィーカ・リイド〟が迷宮から出てきたらしく、周辺地域を荒らし回っているようだ。
「……ま、別に人手は足りてるだろうし、いいだろ」
正直、人材の把握とか全然していないけれど、きっと大丈夫だろうと短絡的な考えの下、承認のサインを記す。
これ以外の書類の内容は本当に些細なものであった。
経理関連であったり、都市改築だとか、ギルド会館の設備の調整だとか。
時折アリアの置いてきたクッキーを摘まみつつ、書類に目を通していく。
そして——
「よし! 終わった! 疲れた! 寝る!」
500枚の紙束をローテーブルに置いて、伸びをしてからソファへと寝転ぶ。
多分そのうちアリアが戻ってくるだろうから、その時まで休息をとる。というか、もう今日はダラダラしているだけでいいじゃないかと思うくらい、自分は頑張ったと褒め称えているのだ。
「ふぅ……——くー。かー。くー……」
アンティルの就寝速度は途轍もなく早く、ソファに寝転んだだけで十秒と経たずに熟睡する事が出来る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
——眠った意識の中で、ケタケタと悍ましい音がする。
『ハッ、相も変わらずヌルい野郎だなぁ、
話しかけるのは、アンティルの内側に眠る大悪魔——スカラ=フィアンだ。
粗暴な口調に対し、彼は暢気に目を瞑っていた。
『て言ったってさ、こんなにも平和だと〝力〟を使う機会も無いんだよなぁ。つか、お前と契約してから二年くらい経つけど、いつそのお手伝いをすればいいんだよ?』
二年前、死の淵にいたアンティルを救う代わりにスカラ=フィアンは彼に自分の使命に協力させるべくあの体質を授けた。
しかしその特異体質を得て以降、彼の下に大悪魔の言う〝傲慢〟は現れず、今や一個のギルドの長として悠々自適な暮らしをしている。
こんなものでいいのだろうかと、アンティルは時折思ってしまう。
何も起きなければ、スカラ=フィアンが一方的に損をする羽目になるのでは?
『そいつは心配すんな。丁度、そろそろ現れる頃合いだろうからな。手前は大人しく時が来るまでグータラ寝てろ』
『ふーん。それなら別にいいや。何も起きずにいる方が、正直退屈だしね』
『ハッ。そう言う常人として在るべき歯車を欠いた手前と契約して良かったぜ』
そう嗤って、スカラ=フィアンは意識の闇へと帰っていく。
——やっと来るのかぁ。一体どんな奴が襲ってくるのやら……楽しみだなぁ。
そうして彼の意識も完全に眠る。
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