第3話 最弱のギルドマスター②

 ぴしゃりと、告げられた。

 

 ——不合格? 聞き間違いかな? 今、僕は確かに急所に武器を当てて、不殺の魔法も発動した。確実に僕の勝利で、合格しているはずなのに……どうして。


「ど、どうしてですか? 急所に当たったし、何ならアンティルさんも避けなかったはずなのに……」



「…………は?」


「だから、避けられなかったの。俺だって別に余裕だから避けなかった訳じゃない。むしろ、攻撃が来たら誰だって避けるに決まってるでしょ?」


「いや、だから避けなかったんじゃないですか」


 論理の破綻を突くアッシュだが、アンティルは頭をポリポリと掻きながら、納得いったように声を洩らした。


「あーーーーーー。アッシュ君、あれだね? もしかして外国から来た人?」


「え、あ、はい……そうですけど。それが?」


 突然の質問に戸惑いつつも答えるアッシュ。肯定の答えを得たアンティルは若干困った表情を見せて咳払いをする。


「よし! 改めまして、ここで俺のについて説明しましょう!」


 ——唐突な言葉に、アッシュは茫然とした。体質? 一体何の事なんだ?

 当惑する彼を尻目に、アンティルは件の説明を始める。


「まぁ結論から言っちゃうとね、俺は俺より弱い奴に対して途轍もない弱体化デバフがかかっちゃうんだよね」


「弱体化……?」


「そ。ほら、冒険者には七つの位階があるでしょ?」


 そう、冒険者には大きく分けて七つの位階で分割されており、それらは総合的な能力値から割り出されるものだ。

 ——熾位アイン智位ツヴァイ座位ドライ主位フィア能位フュンフ権位ゼクス天位ズィベン——

 熾位が一番上で、天位が一番下という順番になっており、冒険者見習いは大抵が天位から始まる。


「俺の位階は熾位で、多分アッシュ君は天位だよね? つまり、一番上の俺と一番下の君が戦えば、能力値が位階の差だけ下がっちゃうんだよね」


「僕と戦ったら、僕と同じくらいに弱体化しちゃう……って事ですか?」


 アッシュの言葉に、アンティルは首を横に振った。


「——


「え?」


「位階の差の数値分、十倍に弱体化するんだよ。要するに、第一位と第七位……その差は六階級。だから六十倍に弱くなっちゃうんだよ。だから、


 ——つまり、僕は極限まで弱体化された状態のギルドマスターと戦っていたのか?

 それで、僕は喜んでいたのか……?


 アッシュは自分の弱さを嘆くが、すぐに別の疑問が生まれる。


「……あれ? なら、今までの受験者も同じ弱体化を喰らっていたはず……」


「そこが落とし穴。糞を踏んだ、とも言うけど……天位の中にも強い弱いってのがあって、相手によっては弱体化が若干弱かったりする奴もいるわけ」


「………………」


 怖かった。アンティルの言っている事の意味を知ったアッシュは、その結論を口にするのが怖かったのだ。思えば、他の人たちの試合の中で、彼は多少なりとも動作をしていた。

 動作すら一切として起こらなかった僕との戦いはつまり——


「……冒険者は危険な職業なんだよ。罠を見分けたり、魔獣と戦ったり……相応の判断能力と実力が無ければ、早死にするだけ。俺はね、出来る事なら君にも死んでほしくないんだよね。だから——君は不合格、ってわけ。分かった?」


 アンティルの結論は合理的だった。

 迷宮という場所は数多の魔獣が犇めき、数多の罠が侵入者を炙り出す。最奥に至るまでには、途轍もない覚悟と実力が必須となる。

 それを持たぬ者は、迷宮の闇に飲まれて——無惨に死に絶える。


「……くそっ、くそっ……くそっ……!」


 アッシュは膝から崩れ落ちて、泣き喚く。

 ——悔しい。師匠の下で積み上げた努力が、自分の夢が、折れた。僕は、普通よりも弱かったんだ……! そんな状態で、僕は……僕は……っ!


 ——ぽん。アッシュの肩に手が置かれる。


「はは、そう落ち込むなって。体質とは言え、俺は確かに負けたし、それに! 悔しいって思えるなら、立ち上がれるよ! 人間の美点は〝執念〟だからね! 俺だって負けまくって痛い思いしても、こうして試験官として戦ったんだから、きっとアッシュ君も強くなれるさ!」


 朗らかに笑うアンティルの身体が大きく感じる。長身痩躯で、頼りなさそうなのに、何故かこの時だけ、アッシュの瞳には頼れる姿に見えたのだ。


「……ぐずっ。……はいっ! 特訓して、また試験受けに来ますっ!」


 アッシュは涙を拭い、決意の表情でそう返事をした。


「よし! それじゃあ、このギルドから出ていけー!」


 満面の笑みで言うべきではない言葉を吐くアンティルに、アッシュは「はい!」と元気よく返事をして、闘技場を去っていく。


 受験者は全員いなくなり、受付嬢とアンティルだけがその場に残っていた。


「いやーー、毎回痛いのだけは死ぬほど嫌だけど、ああいう見込みがある奴が見れるから、入会試験は他の奴らには譲れないよなー」


「でも、来年もどうせアリアさんに駄々こねて寝ようとするんでしょう?」


「失礼だなぁ! 俺ギルドマスターだよ? 減給するよ?」


「その時はアリアさんに密告するだけなので、ご心配なく」


「冗談に決まってるじゃないですかぁ。もうエリちゃんはお堅いんだから。そのおっぱいみたいにさ」


 アンティルが見据えていたのは受付嬢——エリの乳房。

 何もない、絶壁と呼んで差し支えない貧乳をじっと見つめていた。

 瞬間——彼の脳天に今までにないほどの激痛が迸り、脳味噌を揺らされる。


「うっ」


 当然の如く、アンティルはその場で意識を失ってしまう。エリはむすっとした表情で溜息を吐いて、


「…………ほんと、嫌な人」


 彼を置き去りにして闘技場を後にする。

 ——その時、胸を揉んでいたが、当然誰も知る事は無かった。

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