第2話 最弱のギルドマスター①

「ここが、試験会場……!」


 アッシュは緊張の冷や汗をかきつつ、辺りを見回す。

 ギルド会館の地下一階……案内役の受付嬢曰く、ここは小迷宮〝赤砂の氷室〟の最上層を改築した闘技場コロシアムらしく、赤砂と名がつく通り、壁や床は赤褐色で覆われている。

 その壁には等間隔で窪みが作られており、真ん中に切れ目が見える。


 〝赤砂の氷室〟の最上層は罠部屋トラップルームが多く、一度そこに入れば数体の魔獣に遭遇し、喰われるまで出られなくなると言われていた。

 そこを【魔蠍の尾】は「自在に魔獣を呼べる装置」として改築し、操縦者コントローラーの合図で自由に魔獣を出したり退かせたりする事が出来るそうだ。


「一体、どんな魔獣が出てくるんだろう……」


 不安が脳をよぎるが、すぐにその闇を振り払う。


 ダメだ! 試験前にこんな気持ちじゃ、受かるものも受からないぞ! もっと気合入れて、大らかな気持ちで……。


「お待たせいたしました。これより、試験の内容を説明いたします」


 受付嬢の声が闘技場内に響き渡り、同時に緊張が空間を走る。


「試験内容は簡単で、今から試験官と一対一の試合をしてもらいます。殺傷等は魔法で禁じ、先に急所に武器を当てれば勝ちとなります」


「試験官と戦うんだ…………意外だなぁ」


 てっきり何体かの魔獣と戦って、殲滅出来たら合格! みたいな感じだと思っていたから、少し予想外だったな……。

 でも! 相手が人なら、魔獣相手よりは緊張しなくて済む……かも。


「それでは、今回の試験官を務めるのは——この人です」


 受付嬢が横に避けると、奥から気怠そうに一人の男が姿を現す。


「どーも皆さん、お元気ですかー? 俺は絶賛絶不調でーすよっと」


 立っていたのはそう——【魔蠍の尾】ギルドマスター・アンティルであった。

 場が騒然とし出す。当然、アッシュも驚愕した。


 ——まさか、ギルドマスター本人が試験官だなんて……。噂だと入りやすいって聞いたのに、ギルドマスターと試合だなんて、勝ち目がないよ!


「えーっと? 受験者数は? ……いち、にい、さん、しい……うげ、多過ぎだろ。今年は何かめでたい事でもあったのかよ?」


 アンティルは億劫そうに溜息を吐き、地面の赤砂を蹴り飛ばす。


 ——あんな頼りなさそうな人が、あの【十二星芒】の一つを束ねるギルドマスターなのか? 本当に試験として成り立つのだろうか……?


 別方向の不安がアッシュを襲うが、またしてもすぐに気持ちを切り替える。


「……ううん! 侮るな! 油断するな! やれる……僕なら、やれる!」


 自分を励まして、深呼吸をする。精神を統一させ、最高のコンディションを作る。


「まーいいや! せっかくうちのギルドを選んでくれたんだ、全力で歓迎するよ! ……ま、俺に勝てたら、だけどね?」


 途端に、アンティルの纏う空気が一変する。

 重く、どす黒い殺意交じりの威圧感……アッシュの全身に鳥肌が立つ。


「さぁさぁ! 遠慮せずに試験始めよう! 先着順だよ~?」


 さっきまでの怠惰な言動とは打って変わって、愉快そうに笑いながら開始を宣言する。すると、冒険者見習いたちは律儀に一列に並んで、先頭の男が一歩前に出る。


 三十代前半ほどの老け具合の、ガタイの良い大剣使い。岩をも切り裂きそうな男が今、対照的な細男と対峙する。


「さーて、最初はお前か。まずは名乗りを上げたまえ!」


「おう! 俺はデイル! 見ての通りの大剣使いだ! 宜しく頼むぜ!」


「おう! 正直お前の図体、デカすぎてちびりそうだけど、宜しく頼まれるぜ!」


 格好つかない台詞を吐いて、二人は戦闘態勢に入る。

 デイルは背中に背負った大剣を抜いて構える。一方アンティルの方は、右手に黒曜石のような材質のナイフを一本、右手に持っているだけだ。


 リーチは圧倒的にデイルに軍配が上がるが——


「それでは——始め!」


 受付嬢の合図で、試合が始まる。


 まず仕掛けたのはデイルであった。彼は鍛え抜かれた大腿筋で地面を踏み、推進していく——否、突進していく。巨大な猪の如き男が、巨大な鋼鉄の剣を振り上げる。

 それでも尚、アンティルは一切として避ける気配も、迎撃する気配も見せない。

 このままではデイルに真っ二つにされる——そんな未来が予想された。


「うううううううううううらあああああああああああああ——ッ‼‼」


 雄叫びがこの闘技場内にいる全ての人間の鼓膜を突き刺していく。

 やがて、デイルの大剣が地面へと激突し——赤褐色の砂煙が噴き上がり、場内の視界が不明瞭となる。


「勝ったのは、どっちなんだ⁉」


 アッシュは砂煙を振り払いながら、二人の勝負の結果を固唾を飲んで見守る。

 しばらくして視界は鮮明となり、遂に試合の結果が露わとなる。


 ——デイルが大剣を地面にめり込ませて立っていた。刃が固い砂岩を抉ったのだ。

 そしてアンティルの方はというと——


「いったああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ————ッ⁉⁉」


 苦悶。そう、悶絶していた。


 右手に握っていたはずのナイフは遠くへ飛ばされ、右腕を押さえながら地面をのたうち回っていた。その姿はまさしく、陸地に上がった魚のような惨めな姿であった。


「流石に大剣をナイフで防ぐのは無謀だと思ったよ⁉ でも、いくらなんでもパワーやばすぎでしょ⁉ 腕の感覚無いんだけど⁉」


 無様で不甲斐ない涙目で、デイルや他の冒険者見習いたちを見回す。


 ——あ、あれ? 今のって、ギルドマスターと冒険者見習いの戦い、だよね?

 え? あっちの大剣使いの人が勝っちゃったの? も、もしかして幻覚——


「ねぇッ! これもう止めていいよね⁉ 流石にもう動けないよ⁉ 頼む!」


 じゃ、なさそうだ……。こんな必死の懇願が、幻なはずがない。

 てことは……ほんとに負けたの? ギルドマスターが? 嘘でしょ?


 アッシュの脳内が疑問符で埋め尽くされる。


「駄目です。きちんと自分の役割を果たすように——と、アリアさんから伝言を貰っていますので。死んでも立ち上がらせますよ」


「いや死んだら試験官出来ないんだけど⁉」


 あんな子供のような駄々をこねる男が、【十二星芒】の一翼を担っていると、アッシュは信じたくなかった。これ、本当に試験として成り立つのか?

 今度は本気で、そう思う。


「……はぁ、うん。デイルくんだったね? 君、合格! 冒険者として頑張ってね」


 アンティルは我に返って、デイルに合格を言い渡す。

 デイルは「よし!」とガッツポーズを決めて、嬉々として闘技場を後にする。


 ——まぁ、今の合格じゃなかったら、普通におかしいもんね。


「さぁ、次だ次! どんどん来て来て‼」


 流れるように試験は進んでいく。

 次はもう少しまともな試合が見れるかな? と期待するが、その期待は一瞬で打ち砕かれ、次の受験者も、そのまた次の受験者も、白星を挙げていく。

 

 満身創痍と言わんばかりに、アンティルの姿はとにかく酷いものだった。擦り傷や服が砂まみれになっているのもそうだが、真に満身創痍なのは、彼の心だった。

 剣や弓、魔法など多彩な攻撃を連続で受けて、足が震えてしまっている。不殺の魔法がかかっていなければ、百回は死んでいるのではないかと思える程の惨劇だ。


「……さ、さぁ! 君で最後のようだね! 名乗りを上げてくれ」


 ——僕の前に受けた見習いの人たちは全員、合格している。

 あの調子だったら、僕もきっと受かるはずだ! いつも通り、今までの成果を全力でぶつけるんだ!


「アッシュ=ネイルです! えっと、剣を使います! その、お手柔らかに……」


「そーんな緊張しなくていいって! 見ての通り、手ふにゃふにゃだからさ」


 冗談めかしに笑い飛ばすが、実際アンティルの右手首は異常に曲がっていた。


 ——折れてるでしょ、あれ。


 アッシュは気持ちを切り替え、深呼吸をして目の前のアンティルを見据える。剣を抜き、切っ先を脇腹へと向け、狙いを定める。

 生まれる僅かな静寂——そして、動く‼


「やぁ——っ‼」


 踏み出して、剣を脇腹へと一直線に振り翳す。

 ——これが、僕が二年間師匠の下で積み上げた一撃だ‼


 アッシュの攻撃に対し、アンティルは一切として避けようとしなかった。勝ちを確信して、一気に力を入れて脇腹を斬るつもりで剣を振るう。

 ——直前、アンティルの表情が一瞬目に入る。


 笑って、いなかったのだ。


 バッ‼ 不殺の魔法が発動し、アッシュの剣はアンティルの脇腹に当たる寸前で制止する。急所に刃がある。間違いなく、合格だ。

 ふぅ、と息を吐いて、アッシュが剣を納めたその直後であった——


「————うん、不合格だね」


 



 

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