第1話 冒険者の一歩
「はぁ……まだ起きないかぁ。ギルドマスターになったんだから、少しは規則正しい生活もしてほしいなぁ……」
憂鬱そうに溜息を吐いて、ギルド【魔蠍の尾】の本部会館の廊下を歩くのは一人の女性。燃え盛る紅蓮のサイドテールと綺麗に澄んだ真紅の双眸を持った、二十代前半ほどの外見だ。
彼女が身に纏っているのは、黒と赤を基調とした軍服のデザインを取り入れた礼服であり、丸い面持ちの彼女の容貌を鋭くしている。
そんな赤髪の女——アリア=フィアーラは、他の部屋よりも一際大きな扉の前に立ち、深呼吸をしてノブに手を掛ける。
「アンティル~、もうそろそろ起きなよ」
部屋の中は、貴族の書斎のような僅かな絢爛さと静謐さが混ざり合っており、居るだけで落ち着くようだ。
最奥には執務机が置かれており、その手前には高級そうな赤いソファとローテーブルがある。そして——ソファに一人の男が寝転んでいた。
足をソファの肘掛けに置いて、腕で目を隠して熟睡している。
闇夜を映す髪には鮮血のような深紅が混じっており、体型としては長身痩躯という言葉がぴったりと嵌るようなバランスの良い形をしている。
「……んん……、あん? アリア……飯は?」
寝惚けた声で腕を退けて身体を起こす。その瞳は菫色を宿していた。
「もうご飯の時間じゃないんだけど……ほら、もう太陽が真上に昇ってるよ!」
「あら、ほんとだ。……つか、今日ってなんか予定あったっけ?」
「今日はギルド入会試験でしょ? もう、ギルドマスターなんだから、自分の予定くらい覚えといてよ……はぁ」
腑抜けた男の言動に呆れて溜息を吐き、アリアはポケットに入れている櫛で彼の寝癖を直していく。
「別にいいじゃん。俺はアリアを信頼してる。アリアがいるから、俺はこうして悠々自適に眠ってられるわけ」
「……っ、もう……そんな事言ったって無駄だからね? あんまり私をからかわないでよ」
と、強がってはいるものの、アリアの頬は桜色に染まっていた。
「よし! ……そんじゃあ、仕事しますかぁ。ギルドマスターとして、ね」
立ち上がって、黒と赤の髪の男——アンティル=レスタスは晴れ渡る空を仰ぐ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ディルクラネス帝国は、俗に「迷宮国家」と呼ばれている。
グリース大陸の東部に位置する帝国が築かれた地にはかつて、魔界と人界との中継地点として迷宮が作り出された。
その迷宮を作り上げたのは、魔界に住まう悪魔たちであり、彼らは人間に〝秘宝〟を獲得させ、魔界とのパスをより強固なものにしようと画策している。
しかし蒼月暦495年——天界の使者たる〝
これは後に『破魔のディスファー』と呼ばれ、学院でも必ず教わる程の基礎知識でもあるのだ。(ディスファーは新年の一月前の暦である)
『破魔のディスファー』勃発後、迷宮に居座っていた悪魔たちの殆どは滅ぼされ、魔界へと撤退したが、迷宮内に生息する魔獣や罠は生きている。
更には迷宮の奥地には財宝が眠っており、それは現代においては貴重な品物として高値で売れるのだ。
ディルクラネス帝国は他国よりも迷宮の数が段違いに多く、国土の八割その地下には数多もの迷宮が犇めき合っている。
そういう土地柄が由来して、帝国は「迷宮国家」と呼ばれるようになった。
——そして、この国は「冒険者」という職業の人間が七割を占めている。
迷宮を探索し、魔獣を討伐しながら最奥にある財宝を集める人間の事を、人は冒険者と呼ぶ。
そんな冒険者は大抵、ギルドと呼ばれる組合に所属して、依頼の素材を集めて収入を得る事もしばしば。そして、そのギルド界隈を牛耳る十二のギルドが、この迷宮国家を支えていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「遂にギルドの入会試験……! ドキドキするなぁ……」
【魔蠍の尾】のギルド会館の前、一人の青年が年季の入った片手剣を握り締めて心臓を高鳴らしていた。
質素な服の上から傷が入ったチェストプレートや鉄製の篭手を装着し、首からは魔除けのネックレスをつけている。
彼の名前はアッシュ=ネイル。ディルクラネスの隣国であるエスタート王国からやってきた、冒険者見習いだ。
「ううん! 師匠に剣と戦士としての心得を叩き込まれたんだ‼ 今日は今まで積み上げてきた努力を発揮するんだ!」
この二年間、王国で剣豪と呼ばれていた男から手解きを受けたのだ。剣術も、体術も、戦いにおける立ち回りも。全てを叩き込まれ、認められたのだ。
——ずっと、夢を抱いていたのだ。
この迷宮国家の中で冒険者になり、魔獣をバタバタと切り裂いて、大量のお宝を手に入れ、いつかは「最強の冒険者」として名を馳せる。
それがアッシュの幼い頃からの夢だった。
今日はその夢の第一歩——【魔蠍の尾】の入会試験当日だ。
【魔蠍の尾】とは、帝国の迷宮・冒険者界隈を牛耳る十二の大規模ギルド——【十二星芒】の一つであり、主に他のギルドが手に負えなくなった魔獣を討伐する、ヘルプのような役割を主に担っているギルドだ。
一見、実力者しか入会を許されないと思われがちだが、噂によれば試験自体は相当簡単らしく、
「ふぅ……師匠、見ててください。絶対、合格して見せますから!」
王国で暮らす老いぼれた師匠の姿を思い浮かべながら、アッシュは宣言する。
その直後——
「それでは今から、入会試験を開始いたします。受験者は私についてきてください」
ギルドの受付嬢らしき容貌の女性が、入り口前に集まる数十人の冒険者見習いに呼びかける。
——遂に始まるんだ。冒険者としての栄光が——‼
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