傲慢殺しのアンティル
橋塲 窮奇
プロローグ 大迷宮の奥底で
「はは……いやぁ、俺の人生もここで終わりかぁ……呆気ねぇ……」
迷宮帝国ディルクラネス西部の奥地——大迷宮〝黒帝の霊廟〟で、アンティル=レスタスという男の人生は終わりを迎えようとしていた。
六人組のパーティを組んで迷宮第四階層まで到達したが、そこで〝無際限のディーク・アラン〟という強敵と遭遇し、仲間の半分は怪我を負った。
そこでアンティルは仲間を逃がすべく殿を務めたわけだが、圧倒的質量の攻撃を前に為す術もなく致命傷を受けてしまった。
後ろを振り返ると、仲間たちは既に逃げ切ったようだ。きっと援軍を呼んでくるかも知れないけれど、それは徒労に終わるだろうと、アンティルは思う。
「どうにか、
もっとあいつらと一緒に冒険したり、馬鹿やったりしたかったけど……でも、助けられたなら特別未練はないか……。
いや、やっぱり生きてぇなぁ。もっと色々な国に行ったり、もっと面白い事がしたいなぁ……あぁ。
——誰か、助けてくんないかなぁ——
アンティルがそう何気なく願った瞬間——異常にどす黒く、異様に突き刺さる闇が一歩ずつ、一歩ずつ歩み寄る気配を感じ取る。
朦朧とする意識の中で、その気配のする方を見ると、そこには巨大な蠍が佇んでいた。黒曜石と
「……はは、ははははは‼ おいおい、こんな死にかけの俺に追い打ちかけるつもりかよ⁉ どんだけ鬼畜な——ゲフッ‼ ガハッ‼ オエッ‼」
あまりにも理不尽なこの状況に笑いが込み上げるが、前身に激痛が迸り一気に苦悶の表情へと変化していく。
血反吐を吐き出すアンティルを、蠍はじっと見つめるだけであった。襲ってくる気配は一切として感じられない。
あまつさえ————
『
喋ったのだ。目の前の巨大な
「……どう、いう……つもり……?」
『くたばりかけだろうが、話を聞く時は頭を回せ。……いいか? もう一度言うぞ。手前、生き延びたいとは思わねぇか?』
まだ状況を理解出来てはいないが、アンティルの奥底に眠る本能が口を動かしていた。
「……生き延びれる、なら、生きたいに……決まってんだろ」
『ハッ、いいねぇ。手前なら、オレに協力してくれそうだぜ』
蠍はただケタケタと牙を震わせながら呟く。アンティルはソレの言っている事が分からず、じっと見つめていると、蠍はその悍ましい相貌を彼の近くまで寄せて問う。
『——契約だ。オレが手前の命を拾ってやる。その代わり、手前にはオレに協力してもらう。……破格な契約内容だろ?』
契約という単語を出してくるという事は、きっとこの蠍は悪魔なのだろうとアンティルは類推するが、今はどうでもいい事だと切り捨て、問いかける。
「……何に、協力させる……つもり、だよ……?」
『ハッ、そんな難しい事じゃねぇよ。ただ、空の向こう側でオレたちを潰そうと嗅ぎ回ってる〝
もう少し具体的に言えよ、クソッたれ——と、アンティルは文句を零すが、声が掠れて上手く伝わらなかった。
要するに、俺の命を救う代わりに、一緒に敵を殺せ……って事か?
——まぁでも、悪魔との契約で寿命とか誰かの命とか記憶を代償として提案されないだけ、優しい方か。
不意に、アンティルの脳内に浮かび上がった。過去の愉快な日々を。
幼馴染と学院で何気なく、はっちゃけた日常を過ごす風景。
冒険者になって、ネジがぶっ飛んだ面白い連中と酒を酌み交わす明るい日々。
輝かしい数年間の思い出が——否、走馬灯が廻る。
——死にたくない。もっと生きて、みんなと一緒に笑い合いたい。
「…………いいぜ?」
『あ?』
「だから……だから、飲んでやるって。お前の言う契約をよ……っ!」
振り絞った声が、薄暗い迷宮の静寂を切り裂く。
そして、漆黒の魔蠍は——嗤った。
『ハハ、ハハハハハハハ‼ ケハハハハハハハ‼ 面白れぇ‼ その渇望! その欲望! その切望! 流石は人間だぜ‼ あぁ、オレとしても歓迎するぜ‼』
哄笑。哄笑。哄笑。哄笑。
喉の奥底から吐き出される、歓喜の哄笑が更に迷宮の静寂を噛み砕く。
一頻り嗤った魔蠍は尖鋭なる黒い尾をアンティルの心臓へと突き刺した。
『————さぁ、始めようぜ?
——こうして、冒険者・アンティル=レスタスは大悪魔スカラ=フィアンと契約を交わした。アンティルは命を、スカラは共犯者を求め、互いの利害は一致した。
この時より、始まったのだ——〝傲慢〟を殺す日常が。
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