第2話 虚実が偶然の一致?

 意外な話に、思わず声が出る二人。まるで、ドラマの主役格の男みたいに。

「ですから、あなた方を悩ませている問題を、決着して差し上げられるかもしれませんわね。申し遅れましたが、私、探偵をしてる空地海広そらちみひろといいます。あいにく、名刺を持ち合わせていないのですが、携帯電話の記録を見てもらえれば分かると思います」

「あ、いや、それは結構です。それよか、事件ていうのは?」

 意表を突かれた格好の山口だったが、それがかえって気持ちをほぐれさせたのだろう。いつもの砕けた口調になりつつあった。

「これから話すことは、内密にお願いします。既に解決済みの件ではありますが、あなた方は将来開かれるであろう裁判で、もしかすると貴重かつ重要な証人になるかもしれないので、お話しします。その点をよく理解してください」

「はあ、はい。承知しました」

 空地につられ、声を潜めた山口と川島。今さら、ドラマの話だとは言い出しにくい雰囲気だ。ごくりと喉を鳴らしたのは川島で、山口はコーヒーを少しだけすすった。

「三日前のことです。私はある事件の解決を依頼されました。さすがに個人名をそのまま出すのは、了承も得ていませんし、まずいので、仮名を使いましょう。依頼人の名を佐藤栄子さとうえいこさん、としておきます。栄子さんの親戚が、あなた方の仰ったお寺の近くに家を持っていたのですが、先頃亡くなって、空き家になった。それを売りに出すために、掃除をしたり修繕したりと、月に三度ほど足を運んでいたのですが、一番最近行ったとき、異変を発見した。トイレの窓を破られ、何者かに侵入されたらしい」

「泥棒ですか」

 本泥棒というフレーズを思い浮かべつつ、川島は言った。

「それが、人が短い間、滞在した形跡はあったものの、大きな盗難はなかったそうです。飲食物と衣類を少しやられたぐらいで済んでいたと」

「じゃあ、事件ていうのは盗難? 警察の領分で、私立探偵が請け負う事件じゃねえような……」

「肝心なのはこれからです。その家には大型のベッドが備え付けられており、頑丈な金属製のパイプで固定されています。不法侵入発覚の際、パイプには見慣れぬ手錠がはめられていて、さらにその周囲には血が飛び散り、血溜まりもできていたそうです。血溜まりの方は、拭き取ろうとした形跡があったとのことですが」

「流血沙汰か……。手錠の近くに血溜まりたあ、全く穏やかじゃあないねえ」

 山口の感想を受け、川島がより具体的に想像を述べる。

「捕らえられていた人物の手首を切断して、連れ出した、とか?」

「自発的に手錠を掛けた可能性も排除はできん。でも、蓋然性は拘束されていた人物を、仲間が救助に来たものの、手錠をどうしても外すことができず、やむを得ずに手首の方を切断した……か」

 山口が苦々しい顔付きで言い、再びコーヒーを飲んだ。

 一方、目の前の女性探偵・空地は、少し首を傾げた。

「私の見方も同じようなものです。そして、このことは、あなた方が目撃したという女性につながるのではないかと」

「どのようにつながるってんだい? 今のところ、全然つながってないようだが」

 山口の言に、川島も黙って頷くことで同意を示した。尤も、ドラマの一場面について、全く別の解釈が成り立ち、しかも現実に起きているなんてこと自体、考えづらいのだが。

「実は、依頼人には手首の主に心当たりがあるというのです。でも、警察には言えない事情があって……」

 故に、私立探偵に依頼をしてきたという成り行きらしい。

「革手袋が一組、空き家に残されていたのですが、栄子さんはそれに見覚えがあった。栄子さんの知り合いの男性、仮に高橋たかはしとしておきます。彼の行方を捜して欲しいというのが、依頼内容でした。高橋はいわゆるヤクザ者で、危ない商いに手を出していたそうです。約半年前から音信不通になり、ミスをしたか裏切ったかで、暴力団関係者に追われているとの噂を耳にするくらい。実際のところは何も分からなかった」

「逃げ隠れする内に、栄子さんの親戚の家が空き家になったと聞き、忍び込んだと」

「恐らく。でもじきに嗅ぎつけられたのでしょう。組織の追っ手に踏み込まれ、逃げる間もなく拘束された。ただ、組織側にも目算違いがあった。高橋はもう一人の仲間とともに逃亡しており、その相棒が空き家には見当たらなかった。そこで、高橋に騒がれないよう猿ぐつわを噛ませでもして、手錠でベッド脇につないだ。そうしておいて、もう一人の逃亡者を追うため、出て行った」

「うーん、予想もしない新しい話を色々と言われて、こんがらがってきた。結局、どうつながってくるって?」

「あなた方が目撃した女性は、高い確率でもう一人の逃亡者だと思われます」

「……何だって?」

 遅れて反応する川島。元々がドラマから拝借した作り話なのに、現実の事件とシンクロしたなんて、肯定しがたい。

「高橋の行動を想像するに、恐らくこうです。空き家に一人、残された高橋は、一刻も早く脱出する必要を感じた。逃げないと、自らの命に関わるし、相棒の身も危ない。だが、逃げたくても手錠がどうしても外せない。最終的に、彼は窮余の一策を選びます。手斧で自らの手首を切り落とすという」

「手錠でつながれていたのに、手斧をどうやって持ち出せたんでしょう?」

「追っ手の襲来を予感して、ベッドの下にでも隠していたんじゃないでしょうか。けれども、実際に襲来されると、斧を取り出す余裕もなく、あっさり捕らえられてしまった」

「ふむ。一応、筋は通る」

「手錠から解放された高橋だが、想像以上にダメージを負い、逃げるどころではなかったと思われます。このままでは命に関わるため、空き家にメモを残し、病院に直行。相棒の女性は運よく追っ手に見つからず、家に戻るも、惨状とメモを見て震えたでしょうね。それでも、やくざ者の男と一緒に行動するぐらいの女です、肝を据えるのも早かった。素早く逃げ出す準備を始めると、その途中で、恐ろしい物を発見する。高橋の手首です」

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