第7話 珈琲
専門家なのか、ただの珈琲好きか。
珈琲は冬に休眠すると言った。
化け物になり果てた珈琲に、植物としての機能が備わっていると考えていいのか。
疑問は、果たして杞憂に終わった。
化け物に成り果てた珈琲は冬に休眠した。
動きを止めたのだ。
化け物が動きを止めている間に、戦った者も逃げた者も一太刀浴びせ続けて、そして、化け物は世界中から消え去った。
では、珈琲も世界中から消え去ったかって?
いいや。
少なくともここに。
「浅煎りと深煎りと中煎り。どちらにしましょうか?」
「私に聞かないであんたが決めてよね」
低頭姿勢のこいつはすごすごと引き下がって、ではお楽しみという事でと言っては背を向けて珈琲豆を煎り始めた。
「そう言えばさ。どうしてその珈琲豆は風化しなかったのかな?」
珈琲の木はすべて枯れて化け物になったが、すでに収穫された珈琲豆や焙煎した珈琲豆、そして珈琲が使われた加工品はすべて風化してしまったのだ。
ゆえに、この焙煎していない珈琲豆も風化する運命にあったはずなのだが。
ずっと、存在を保ったままだった。
「そりゃあ、珈琲豆一粒一粒に俺の魂が籠っていたからだろう」
「つまり、あんたの執念が風化させないようにしてたんだ」
「っく。けどまだまだだ。俺の珈琲に対する愛はまだまだ足りない。もっともっと愛があれば、俺の珈琲の木たちは化け物にならずに済んだ。今度はもっともっと愛を注ぐぞ!」
「珈琲栽培諦めないんだったら、それ。焙煎しないで栽培に使えばいいのに」
「いいんだよ、これは。おまえと飲むって決めてたんだから。あ。でも、すぐには飲めないな。三日置いて飲んだら、さいっこうに美味いぞ!」
「はいはい。楽しみにしているわ」
「おう………あの。そんで。あの。ごめん。置いて行って。ずっと待たせて。ごめん」
「謝罪はもう耳にたこができるくらい聞いたし。どうせまた珈琲絡みで事件があったら、私の事なんか頭の中から消え去って、一人で行ってしまうでしょうが」
「ううう。すまん」
「ついていけない私が不甲斐ないだけだけど」
「そんな事はない。絶対。ただ、俺が超人過ぎるんだ」
「………はいはい。超人過ぎるあんたについて行けるわけないので、これからもちまちまちまちまついて行くわよ」
「………見捨てないでね」
「見捨てられたくなかったら、まず。その魂が籠った珈琲豆で美味しい珈琲を飲ませてちょうだい」
「はい。是非」
「一緒にゆったり飲んで、休んで、走って、離れ離れになって、また、再会しましょう」
「ああ。何度も何度も何度だって」
(2023.9.30)
珈琲の花言葉を知っていますか? 藤泉都理 @fujitori
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