二:家出

 天下分け目の合戦から早三年、世に平和が戻りつつあった。

 東軍の勝利という結果に終わり、西軍の残党もその数を減らし、今や鳴りを潜めている。

 山の奥でひっそりと隠れて今も復習の機会を伺っているとか、海を越えて大陸へ向ったとかという噂がまことしやかに囁かれているが、それでも当分脅威にはならないだろう。


「あー、暇だー」


 少女は秋が深くなった山奥の寺で空を見上げながらつぶやいた。かつて悪鬼羅刹と恐れらた彼女も、今となってはその腕を振るう機会も失っていた。長かった髪も肩ほどに切られ、袈裟で身を包んでいる。

 

「そんなところにいると、体に障りますよ。鶴千代」


 周りを通りかかった僧に軽く注意されるも、うるせーと返した。



 戦場で大暴れした少女——鶴千代はそもそも出家するのは不本意であった。確かに兄たちと匹敵するほどの戦績をあげたが、家の相続の時に揉めないために出家させられていた。

 骨の髄まで血が染み込んだ鶴千代はそんなことはどうでもいいと考えていた。これ以上人と戦えないことに不満を抱いていた。槍の名手である敵将・中田永歳との戦いのあと、あれほど血が騒ぐ戦いもなかった。


「けほっ、こほっ」


 それと、もう一つ。鬼と称された彼女でも、体は病に犯されていた。数多の人を切ってきた彼女が今更浄土へなど行けると誰も考えていなかった。せめて少しでも軽くしようと入れられたわけである。


体を蝕む宿痾は日を越すごとにひどくなる。指は動かすたびに痺れがひどく、咳も止まらない。鶴千代は己の死を感じていた。


「兄様、戦はまだ起きませぬかな」

「そう気を急くな。もうすぐで天下は安定する。次の大戦は三十年は後になるかのう」


 かつて見舞いにやってきた兄にそう聞いたことがある。


「せめて、もう一戦だけ……」


 鶴千代に戦うなというのは、死ねと言われるようなものだった。病に苦しみ、生きながら死ぬ思いだった。惜しい、実に惜しい。死ぬのならせめて、戦場で死にたかった。自分を殺せるほどの強者はまだどこかにはいるはずだ。ならば戦って、死にたい。



 冬が近づいてくる頃には、もう床から出ることは無くなった。体は痩せ細られ、口数も減った。ただ死を待つだけになった。咳はひどくなり、日に数回血を吐くだけ。もう死はすぐそこまで近づいているのに、まるでそれに抗おうとするかの如く血は喉から溢れ出た。


「こほっ、ごほっ」


 あの場所で、あの血潮の中で、死にたかった。鶴千代は日々それを考えていた。病に蝕まれた体はもう歩くことすらできず、ただ生かされながら死を待つのみで、その生ももはや朽ち果てようとしている。


「地獄も鬼で楽しいところかな……」


 もし機会があるのなら、鬼と一回手合わせてみたい。そう考えながら鶴千代はゆっくりと眠りについた。



 

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願わくは異世界で戦乱を 浅い澤 @asaizawa

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