願わくは異世界で戦乱を

浅い澤

一:合戦

 秋の肌寒い風が不意に吹き抜け、赤い葉を靡かせる。

 赤く覆われた地面は、それが紅葉か人の血か見分けもつかなかった。鉄同士がぶつかり合い、甲高い音が澄み切った空の下に響きわる。

 どこからでも聞こえてくる雄叫びは、士気を高めるためか。それとも敵を威嚇するためか。矢が飛び交い、剣戟が鳴り響き、大地は赤く染まり、兵士たちの血で塗りつぶされる。それでも兵士は積み上げられた屍の山を越え、血反吐を吐きながら前進する。


 覇を競うこの戦乱の世では、さして珍しくもない光景でもない。


 全ては家の存続のため。あるいは名をあげるため。名誉のため。富のため。そのために戦う。そのために死ぬ。それが、合戦の地である。そこはすでに人間の世界ではなく、修羅の巷であった。



 その中でも、一際異色を放っている人物がいた。

 それはまだうら若い少女だった。どれほど見積もっても二十歳は超えていない様子だった。

 白布で抑えた髪は烏の濡れ羽色。、漆黒の闇が閉じ込められているかのようだった。肌は白く、肌理が細かく、染み一つない。まるでその場所にだけ月光でも充満しているように、ぼんやりと輝いて見えた。

 しかし、その雰囲気や立ち振る舞いからは、羅刹のごとく荒々しさが感じられた。装備は簡易的な腹巻に、籠手や脛当て程度。すでに傷を受けたらしく、鎧の隙間から痛ましい擦り傷が見えた。

 全身からは血を滝のように流しながらも、その双眸には強い意志の光を灯しており、大胆な笑みを浮かべている。

 それが、少女の印象であった。右手で刀を握り、左手では薙刀を振り回している。時にその刀を敵の首筋に叩き込み、時に薙刀で一刀のもとに切り伏せられた。


 自ら前線に立ち、最も激しい場所を選んで突き進んだのである。まるで血を求める餓えた獣のように周囲の敵を切り捨て、切り捨て、切り捨てた。

 返り血はその見事な髪や肌を赤く染め、少女の若さとは不釣合いの艶を与えていた。それはもはや鬼気迫るものではなく、人を越えた別のモノを想像させた。


「ひとぉつ!」


 周りの敵兵の頭がぽろりと地面へ落ち、血飛沫をあげる。


「ふたぁつ!」


 また一つ。鬼を宿す少女の前に、屍の山が積みあがる。


「みいっつ!」


 彼女の周囲だけが切り開かれ、地面が顔を出す。その光景はまるで一本の道ができているかのようだった。その道をまっすぐに突き進み、鬼は敵陣の奥へと突撃した。


「よぉっつぅ!」


 その仕草はまさに疾風怒濤。敵陣も、突如そこに現れた戦嵐の存在に気付き狼狽する。


「いつつぅ!」


 そこで少女は一際高く跳躍し、手にしていた刀を横に振るう。


「むっつぅ!」 


 薙刀で敵を横一線に薙ぎ払う。


「ななつぅ!」


 四方八方を囲むは敵軍。この女だけはここを通らせてはならん——そう言わんばかり、必死の抵抗を見せる。


「やっつぅ! ここのつ!」


 しかしそんな考えは、圧倒的な実力の前ではちっぽけなものに過ぎなかった。少女は迫りくる敵兵を、薙刀で、刀で、素手で薙ぎ倒す。敵兵の血を吸い、刃に付着した血が紅く染まる。それはまるで大輪の椿を咲かせるように、血の華を咲かせる。

 ひと太刀ごとに首が落ち、薙刀で胴を薙がれ、次々と骸と化す。数では圧倒的有利であったはずだが、少女はそれを全く苦にしていない。溢れんばかりの笑顔を顔に浮かべ、舞うように敵陣を切り開いていく。


 戦鬼の行進は止まらなかった。ついに家紋が描かれた旗が掲げられている陣地へ入った。


「お主が大将か」


 奥で鎮座している大男に向けて、少女は切っ先を突きつけながら言った。


「いかにも」


 大男は頷いた。がたいの良い大柄な男だ。甲冑をつけ、横には大きな槍を置いてある。大男は立ち上がると、その巨大な槍を豪快に振るった。一瞬の躊躇いもなかった。躊躇も迷いもなく、少女の首元へ襲いかかったのだ。少女はそれに少しも動揺することはなかった。

 槍は空を切った。少女は跳躍し、後ろへと下がった。着地した頃には、その巨体はすでにこちらに突進してきていた。その巨体に見合わぬ俊敏な動き、反応、そして突進の勢いは、少女がこれまでの敵にもまして強敵であることを悟らせるのに十分だった。少女は薙刀を投げ捨てて、両手で刀を握り直した。

 大男は槍を振り上げ、突きかかる。少女は刃でそれを受け止めた。ぎりぎりと互いの刃がこすれ合う音が鳴り響く。流石に力比べでは敵わないのか、少女は後ろへ押しやられた。


「ふぅん!」


 せいぜい横へ受け流す程度で精一杯だったが、少女はそれで十分だった。相手の体幹がわずかに崩れた後、刀を下から振り上げ、手首を切り落とした。

 多少の声を上げたが、それでも動じない様子で、片手で槍を振り回す。隻腕でも勢いが衰えることはなく、その一撃は鋭かった。

 だが、腕が無い分重心移動がわずかにずれたことに少女は見逃さなかった。地面を蹴り、その首に刀を突きつけた。


「み…ごと……だ……」


 首から血飛沫を上げながら、敵将の巨体は地に伏した。


「そちらの槍捌きも、見事であった」


 少女は刀についている血糊を拭くと、一瞥してその場を後にした。

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