とある小学生の死について

@compo878744

死んじゃうけど、どうでもいいや

「博、遊んでばかりいないで勉強しなさい。何この通知表は。」

「ごめんなさい。」


6年生の1学期。

終業式が終わった日の事だった。

夏休みを前に持って帰って来たものをみて、お母さんが怒り出した。


「なんで買ってあげた絵の具と習字を壊したのよ。」

「ごめんない。」

「お父さんに言いますからね。」

「ごめんなさい。」


僕はただ謝る言葉を繰り返した。

僕の顔からは表情がない。

わざと消してみたからだ。

でも、誰も気が付かない。

お母さんもお父さんも先生も。


早生まれで身体も小さな僕は、運動神経は鈍いし、体力もない。

なので通知表の体育は3段階評価で2が多く、生まれつき不器用なので図工も2ばかりだ。

3段階評価は余程の事がない限り1は付かない。

出席が足りないとか、課題を出さないとかでない限り。

つまり、2は事実上の最低評価なんだ。


僕の通知表は、実技系の科目以外、国語算数理科社会はオール3だった。

でもお父さんは認めてくれない。

会社の同僚の子に、5段階評価で殆ど5という天才がいるそうだ。


今になると、本当にいたのかどうかも怪しいな。


お父さんは頑張る人だそうだ。

田舎の高校から出てきて、上場企業に勤めて、20代で東京近郊の市に一戸建てを建てた。


でも高卒は給料が安いとお母さんは言う。

だからパートに出ている。

お母さんを働かせている事は、お父さんにとっては恥ずかしい事だと言う。

僕には良い大学に入って大企業に就職しろと怒る。

僕はお父さんからは怒られた事しかない。

生まれてからこっち、遊んでくれたり、話しかけて貰った覚えはない。


田舎のお婆ちゃんが言うには、そう言う不器用な人だから頑張ってねって言われた。


給料が少ないから、学校販売の高い絵の具セットや習字セットではなく、どこからか買って来てくれたセットを僕は学校に持って行く。


他の人とは違うものは、友達からは奇異の目で見られる。

次に馬鹿にされる。

次にいじめられる。

壊される。


僕は身体も小さいし、運動神経も良くない。

だからいじめの対象になる。

順番通りだ。

でも僕は全く気にしない。

僕と言う人間を、みんなして何処まで壊せるのか。

そんな思いがあるからだ。

そう、とっくに僕は周りの人に絶望していたんだ。



2学期が始まる。

特に思う事はない。

夏休みが終わっても、息苦しい家から離れられるだけだから。

塾に通わせてくれない僕の家では、とにかくドリルをやらされる。

ドリルに書き込みは許されないので、とにかく答えをノートに書いて、自己採点もする。

それを1日最低3時間が日課だ。

 

クーラーは両親の寝室にしかない。

僕の部屋は2階の西側だ。

風通しも悪く、夏場は普通に40度を超える。

そこに置かれた机で、汗みどろになりながら勉強するわけだ。


だったら、学校行って下敷きであおいでいた方が良い。


9月のある時、僕はお腹を壊した。

多分、保温状態のご飯が痛んでいたのだろう。

僕は猛烈な吐き気と下痢、腹痛に苦しめられた。


「食べ物を無駄にするな。」

お母さんに怒られた。

心配より先に怒られた。

だったら良いや。

食べられないんだから食べない事にする。


お父さんにぶん殴られた。

当たりどころが悪かったのだろう。

僕は頭を切って、シャツが真っ赤になるまで血塗れになって家中逃げ回った。


その姿にお母さんは驚いて僕を追いかけて来た。


お母さんにも怒られる。

そう思って、僕は外に逃げ出した。


血塗れのまま。


近所を騒がせた挙句、僕は捕まった。

警察沙汰にならなかったのが幸いだろう。(お父さんには)


そんな事件があってから、僕は家ではご飯が食べられなくなった。

「拒食症とか一人前の事を言うなら食うな!」

頭に包帯を巻いた僕を殴るわけにもいかないので、僕は吐き捨てるように怒鳴られる。


今でも僕は家のご飯が食べられない。

週末に当たった事もあって、たちまち2日経ち3日経ち。

その間、僕は水道水しか飲めなかった。


心配したお母さんは色々なものを作ってくれた。

僕の大好きなカレーや、唐揚げや、トンカツや。

でも子供が好きなものは、基本脂ものばかり。

僕は見るだけで吐いた。

何も食べてないので、水しか出ない。

そんな姿を見て、お父さんは僕に何も言わなくなった。


「月曜になったら医者に連れてけ。」

僕に聞こえるようにお母さんに言っていた。



「何勝手に休んでんだよ。」

火曜日、いじめっ子の山田君が早速絡んできた。

それはそうだろう。

僕と言う獲物が、頭を包帯でぐるぐる巻きにしているんだから。


さて、彼はどう出てくるかな?


僕は表情を消したまま、1時間目の用意をする。

用意ったって、教科書は捨てられてたりマジックで落書きだらけになっていて、全教科共通のノートと、全て芯が折られた鉛筆、その芯を山ほど突き刺せられて、消すと字が書ける消しゴムしかないんだけど。

鉛筆削りも踏み潰されているので、僕は肥後守で一本一本鉛筆を削っていく。

肥後守は単なる文房具ナイフなのだけど、とにかくゴツくて迫力がある。


肥後守を嫌がったのか、反応のない僕に諦めたのか、頭を思い切り殴ると席に戻った。


殴られても僕は無反応。

わざとね。


やがて、僕の周りの女子が騒ぎ始めた。

何故かって?

昨日縫った傷口が開いて、僕の顔がまた血塗れになったから。

血が目の中に入ると痛いな。

などと思いながら、僕は鉛筆を全て削り終えた。


ランドセルからタオルと替の包帯を取り出すと、僕は席を立った。

トイレに行って、タオルを水で濡らして顔を拭き、包帯を取り替えた。

真っ赤な包帯は、一緒に持って行って袋にしまい、何食わぬ顔で教室に戻った。


「朝の会が始まるのに、お前は何処行ってたんだ!」

朝っぱらから先生に怒鳴られた。

つまり、今さっきあった事件は、誰も言いつけてないのか。

なるほどね。

僕は先生に頭を下げて、何も言わずに席に戻った。

頭を包帯で巻いている事情は、昨日僕が病院に行ったって事で、何かがあったのか想像がつくのだろう。

先生もそれ以上は何も言わなかった。


筆箱を覗くと、せっかく削った鉛筆の芯が全て折られて、肥後守がなくなっていた。

僕は消しゴムに刺さった鉛筆の芯でノートを取る事にした。


ノートもマジックで落書きだらけにされてたけど、空白があるから充分だ。


昼になった。

ここまで僕は基本的に無反応。

恐る恐る容体を気にしてくれる女子には、おざなりな笑顔で大丈夫とだけ言う。

6年生の女子にそれ以上のことができるわけもなく、僕が全く何もしようとしないので、それ以上の関わりを持とうとしない。

賢明だね。


いじめっ子グループは、僕が血塗れになった事に驚いたのだろう。

あれ以降は、近づきもしない。

山田君以外は。


さて、給食だけど。

僕はやっぱり食べられそうにない。

だってメンチカツだもん。

見るだけで吐き気が昇ってくる。

なので諦めた。

配膳されたものをそのまま戻そう。


「おい、その冷凍みかんよこせ。」


朝ぶりに山田君がやって来た。


「お、おい。」

竹内君の戸惑った声か聞こえる。

食えないものを食ってくれる分には構わない。

僕は何も言わずに冷凍みかんを差し出した。


「お礼だ。」


山田君のお礼は、牛乳とあんかけを僕の頭にかける事だった。

というか、僕のトレーごとまとめて頭にかけられた。


周辺の女子から悲鳴が上がる。


そう来たか。

僕はより深く表情を消して、そのまま椅子に座り続ける事にした。


「え?」


山田君の狼狽える声がする。

こんな反応は予想していなかったのだろう。

女子達が慌てて掃除道具を運んでくる。

一部の女子は職員室に走ったようだ。


しばらくして担任が走って来た。

その頃には山田君は逃げていた。

やりすぎ、とようやくわかったらしい。


上半身を給食塗れにした僕は相変わらず席に座るだけ。

担任は、僕に事情を聞こうとするけど、僕は喋らない。

僕はこの人を信用してないから。


同級生が朝から起こった事を口々に説明してくれたけど。


「何故言わないんだ!」

と、僕は一方的に叱られるだけだった。

何故僕が叱られるんだ?


「とにかく親御さんを呼ばないと。」

そこで僕は初めて口を開いた。

「2人とも働いているので、家には誰もいません。」

「だったら先生が送るから。」

そう言って無理矢理僕を立たせようとして、ランドセルから血塗れの包帯が落ちてしまった。

思わず固まってしまう担任に一言。


「車汚しちゃうので、歩いて帰ります。」


そう言って、上半身ぐちゃぐちゃのまま、僕は席を立った。

先生は呆然としたままだった。

何人かの女子が声をかけようとしたけど


「汚れちゃうよ。」


というと、みんな尻込みした。

わかりやすい。


「ごめんね、掃除お願い。」


モップを持った女子に頭を下げると、彼女は何も言わずブンブン頷いてくれた。


さて、ドサクサ紛れだけど、早退しようか。

さすがに気持ち悪い。


こうして僕は、給食も食べられなくなった。


翌日、僕は普通に登校した。

傷口が開いたとか、いじめられたくらいで休んだら怒られるからだ。


既に絶食も5日目に入っている。

妙に足元がふらふらするのが面白い。


山田君は登校していなかった。

竹内君に謝られた。

竹内君は山田君の友達ってだけで「昨日は」何もしていないので、謝られても困る。


先生も、特に何も言わずに朝の会が終わった。

昨日の事には一切触れないし、僕の顔を見ようととしなかった。


肥後守が無くなった僕は、鉛筆の芯でノートを取る。

教科書なんか何処にもない。


隣の女子が教科書を見せてくれた。

シャーペンと消しゴムも貸してくれようとしたけど、それは断った。

女の子もののデザインだし、使うと減るからね。


給食は配膳されたものをそのまま返した。

牛乳がな。

昨日頭からかけられたせいで、血の味が残っちゃった。

あとそろそろ、固形物全般に吐き気を催す様になって来た。


「ねぇ、食べないとお腹空くよ。私のゼリーあげようか?」


前の席の女の子が声をかけてくれた。


「ありがとう。さすがに昨日の今日で食べるのは、ちょっとキツいよ。だから僕のゼリーも食べてくれるかな?」

「良いの?」

「うん。」


家でも食べてないって言ったら怒るだろうなぁ。

それとも信用しないかな。


こうして平和な1日が終わった。

鉛筆の芯でノートを取ったいる姿を見た先生は何も言わなかったけど。

なんか言われても困るけどね。



翌日、山田君が登校してきた。

こちらをチラチラ見てるけど、近寄っては来ない。


僕は今日も鉛筆の芯でノートを取る。


見かねて何人かの同級生から


「落とし物箱に入ってた奴だから。」 

「使ってない奴だから。」


と寄付してくれようとするけど


「山田君に睨まれるよ。」  


って小声で言うと誰もが近寄らなくなった。


今日も給食は食べられなかった。


これだけ食べないと、かえってお腹って減らないんだな。


5時間目は体育だ。

さすがにちょっとだるい。

階段は手摺に捕まってゆっくり降りて行こうか。


そこに山田君が駆け降りでも来た。


「おおっと!」


空間は充分にあったけど、隅っこを降りる僕に山田君は体当たりして来た。


普通の体調ならば、いくら小さな僕でも、手がちょっと当たったくらいでは、痛いと感じるくらいだろう。


山田君もその程度の嫌がらせのつもりだったはずだ。


でも何しろこっちは絶食6日目。

足元はガタガタだ。


僕はそのまま頭から階段を滑り落ちた。


悲鳴が聞こえる。

そりゃ体育の為に校庭に降りようとしたクラスメイトはたくさんいた。

彼ら彼女らの目前で、僕は山田君には突き飛ばされて。


階段の角に頭を何度もぶつけながら、踊り場を血の海にした。


僕の記憶はここまでだ。

悪ふざけとはいえ、僕を殺した山田君。

人が殺されるまで、いじめを放置した先生。

胃の中が空っぽな僕。


異常事態もいいとこだけど

死んだ僕には関係ない。


不思議だな。

自分が死んでいく事も、他人事みたいだ。









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