心の友よ
咲良里音
出会い
そのとき彼はいった。黒い森のテッペンで、優しく笑っていった。暘に照らされる雫は頬を伝い、灰色で固められた床に染み込んでいく。耳を刺すサイレンが、僕を苦しめるには十分だろう。
新歓はとんでもなく気を使う。女性席は既に、第n回選抜大会が行われている。それを遠目に飲むビールはいつもより冷たく、するすると喉を通っていく。こういった類の選抜は往々にして余り物が出る。きっと大した理由ではない。「見た目」「喋り方」など、ほとんど知らずに決めつけるのが、人間の得意分野なんだろう。
そんなドラフト最下位の元へ、サークル1のイケメンが寄り添いだした。お察しの通り、更に目の敵にされる展開が待っている。彼女の緊張が綻んだ途端に、ハングリー女子達はしっかり遮る。それをつまみ嗜んでいると、思いもよらぬ言葉が聞こえてきた。
「今僕、この子と話してるんだけど」
冷たく撥ね付けるような声。一般的な男子はハーレムを楽しむものだと思っていたが、そいつは割り込み美女のことを気にも止めない様子だった。そんな変異もまた一興、と気づけばグラスはどんどん交換されていく。
季節は過ぎ、鬱陶しい夏が来た。ベタベタと絡みつく大気に募る焦燥。絵画サークルという名のカップル牧場は既に数多のペアで賑わっている。一人正当な趣旨を全うするのは、あのイケメン、春田 楓。なんとも綺麗な手で迷いなく描きあげる風景画は、何度も賞への出品を勧められている。なのに春田は微塵も興味を示さなかった。
「どうしたの」
うつけた僕は、気付かずそいつを見つめていたらしい。こうなれば思い切って話してみるとしよう。
「春田、そんだけ描けるのになんで賞出さねえ
の」
そいつはリスみたいに小さく笑う。女みたいな、否、女よりも上品な笑いだ。
「ごめんごめん、僕に話しかけるなんて珍しく
て。別に評価して欲しくて描いてるんじゃな
いんだ。ただその時見た思い出や、記憶を、
気ままに写してるだけだからね」
今どき純粋すぎる言葉が、あまりに胡散臭く感じてしまう。それでもこいつは面白い。
「君、名前は」
そう言えば自己紹介もせず不躾だったと反省する。
「ひゅうが のぞみ、文学部3年だよ」
あまり自己紹介は好きでは無い。必ず「女の子みたいな名前」という偏見がつきまとうから。
「いい名前だね、どんな字を書くの」
少し変わった質問で呆気に取られる。
「えっと、日向夏の日向に、希望の望と、未来
の未で、望未」
淡々と説明するのは些か恥ずかしかった。
「未来を望むか。本当に素敵な名前だね」
太陽みたいな笑顔で僕の名前を褒める。新歓で狂気のような目つきをしていた奴とはまるで別人だ。「もっと知りたい」人間に対してそう思うのはいつ以来だろう。明日はもう少し話をしてみよう。
心の友よ 咲良里音 @amy0141
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