憧憬
南方黎
憧憬
体が、妙な具合になる。
この世の、大きな悪戯が通り掛かる。
今、僕の目の前に生まれて、やがて消えていくだろう感覚。
あれは僕と違って、地に足つけ、世界の色を知っているだろう、名も知らない彼女の、血色のよい肌だ。
彼女になりたい。彼女は僕にそう思わせる。彼女のもの見る顔に、僕は心から憧れを抱く。だけど、同時に心地は重くなった。できた映画を観ているようだと思ってみても、そうはいかない。彼女の色は、僕の胸のうちに重く溜まり込んだ。どうしようもなく辛い。僕は精一杯道化て、厭世的な表情で、全てのものを慈しむように演じる。でもそのうち疲れて、その場にへたり込む。
もう逢えないのだ、僕の感覚すべてが、ゆっくりと一つに収縮していく。僕はそれをすぐ側で見ている。どうしようもなく強大で冷淡なものに背中を脅かされる。仮に提げられた「世界」の名のもとで動く、全てのものに愛おしさを感じる。彼女が消えた曲がり角から跡を引く余韻も、僕の心に少し色を映して、僕はそれをずっと持っている。その暖かみも、僕の腕の触れないところから少しずつ冷めていって、結局僕はもとの世界に戻るんだ。人々は忙しなく動いている。互いに、その目に誰も映さないうちに。
憧憬 南方黎 @reiminakata
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