太陽の恩人

@Aisacampos

第1話 唐突

パキパキ、メキメキ。


木材が激しく燃える音がする。


支えを失った木材が、その自重に耐えられず激しい音を立てて崩れ落ちる音がする。


家屋っていうのは、屋根も柱も床も、全てが互いに密接に繋がっていて、そのひとつでも何かを失うということは、もはや住居としての体を成さなくなることを意味するのだな。


家族とは良く言ったものだな。


そんな不謹慎なことを考えてしまう。


大きな音を立てて、屋根が崩れ始めた。


群衆から、より一層大きな、溜息と悲鳴が混じり合ったような怒号が飛んだ。


“消防車はまだか!”


“市長さんはご無事なの!?”


“紀子さんはもう逃げたのか?あの人足が悪いんだぞ!”


家主をよく知る人間からは、群衆の溜息に混じってその所在や安否を気にする声が上がっている。


消防服を纏った若者が1名、息を切らせて走ってきた。


“倒木で進路を塞がれて、消防車が進入できません!至急徹去をお願いします!大至急!”


現場を整理している警察関係者に訴えている。警察官が慌ただしく動き始めた。


確かに、この場所にたどり着くまでは、住宅街から一段小上がりの場所に位置するこの家屋に辿り着くまでは、狭い獣道を通る必要がある。


普通自動車同士でも対向車との行き違いに苦労するので、大型の消防車なら、倒木で前を塞がれたらやり過ごすのは難しいだろう。


この獣道を使用する以外にこの場所まで辿り着くには、地元のものが裏道と呼ぶ、山の頂上部分まで繋がる比較的新しいコンクリート舗装の市道を通る必要があるが、限られた予算で整備を強いられた影響か、急坂かつ鋭角に右折と左折を繰り返し、列車のスイッチバックのようなかたちで通行を迫られる箇所が道中2箇所あり、大型車両は裏道を通行できないのはこの辺りの住民にはよく知れた話だ。もっとも、その市道は前市長の在職時に整備されたものだが。


“こちらは大槻市阿形区〇〇町です。私の目の前で家屋が激しく燃えています。けたゝましく火柱が上がっています”


消防車よりも先に、メディア関係者が到着したようだ。早速リポーターが中継を始めている。


“ただいま確認された情報によりますと、こちらは大槻市の武田誠三市長のご実家だそうです”


この辺に住むものなら、それはみんな知っている。


快活な印象と歯に衣着せぬ発言で、全国的にも知名度の高い武田誠三市長の生家。


慢性的な支持率の低さと、決定的なスキャンダルを理由に5年ほど前に前市長が失脚した際、当時地元のしがない地方銀行員だった現市長が、やはり当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった新興政党革新の会の公認を受け市長選に立候補し、見事に初当選した。


当時未だ42歳と若く、腐り切った市政を立て直すとの訴えが、変化を欲する市民の渇望にささったのだと、自己分析していた。


メディアもそう評価していた。因みに、私は彼を支持しておらず、票を託していない。


彼が市長となって直ぐに、若年層に政治への興味を深めて欲しいと、市議会を録画してSNSで定期的に動画をアップする取り組みを始めた。


これが当たったらしい。


やもすると旧態依然を象徴するような、年配の市議会議員達が専門用語や難しい言葉を濫用しながら、手元の資料に目を預けつつ質問や発言をする傍らで、武田市長は資料に目を配ることもなく、真っ直ぐに質問者を見つめ、簡潔かつ解り易い言葉で答弁を行う。


質問者の認識不足や誤解を厳しく追求しながら、決して対峙している議員ではなく動画を見ている視聴者を意識しているような趣きで、時にユーモアを交えて議場に賛同者の笑顔や質問者である議員への嘲笑を巻き起こしながら、自分の父親よりも遥かに年配であろう古株議員を論破する。


特撮ヒーロー戦隊もののような、相手を徹底的に敵と見立てて決戦に持ち込み、若年ながら取り巻きをもたず、数に頼んで足下を掬おうと伺う古株議員達に対して、自身はひとりで涼しい顔で攻撃をかわし、快活な発言を武器に最後はぐうの音も言わさず黙らせる。


覚えておけよ、必ず復讐してやる。

このままで済むと思うなよ。


そんな言葉を吐きながら敵は目の前から逃げていくような。そんな印象で。


そのような解りやすい構図が受け、SNSのフォロワーとともに、知名度も支持率もうなぎ上りだ。


そのSNS動画がメディアで面白おかしく取り上げられたことがきっかけで、とうとう全国的にもその名が広く知れ渡った。


現市長ながら、所属政党の発言者として各メディアで討論を行なっている姿を観るのも珍しくないし、自身の所属政党内部からは次期政党代表者として党の運営を望む声も上がっていて、国政への転身を希望する世論の声も根強く、ついには時期内閣総理大臣に推したい政治家として名前が上がりはじめたことには、正直驚いた。


そんな市長の活躍をして、かつて腐敗政治の象徴として市名が頻繁に使われることもあった大槻市は大変に盛り上がりを見せている。


国政で苦戦する自身の所属政党を尻目に、大槻市での武田市長の支持率は何と80%を超えている。


最近では、


大槻の太陽、

大槻の希望、


そんな表現も、現市長を指す代名詞として市内、市外を問わず世論が使い始めている。


この阿形区〇〇町は、大槻市内中心部からは少し距離のある山間部に位置している。町内を見下ろす小高い山腹に在る、そんな時の人の生まれ育った家がいま火事にみまわれているのだから、大変な騒ぎだ。


日暮れ後にもかかわらず町のものたちにはすぐに知れ渡ったし、誰彼ともなくこの家の前に集まって、推移を固唾を飲んで見守っている。


町の誰かが情報提供をしたのか、それとも消防や警察関係者からなのか、先程の中継グループに加えて、別のメディア関係者も更に集まってきたようだ。


家屋のなかから、ガラスが割れるような音が大きく響いた。炎が一階部分の殆どを焼き尽くし、中庭を挟んだ、少し離れのような作りの部屋へとたどり着いた。


炎は、もはや残りの少ない最後の獲物を惜しむように、ゆっくりとじっくりと、離れの部屋のカーテンへと跨り、部屋全体をゆらゆらと照らし始めた。


群衆から声が上がった。


“あの離れの部屋に人影が見える!”

“まだ誰かいるぞ!”






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