第一話 エスケープ
――行かなくては。急いで。
必要な物を選り分けるため、
持って行けないものは、側仕えが好きに処分するだろう。
どうせ、形見に何か、と渡したいような親しい友人もいないのだ。
物心がつき、祥姫の
乱雑にまとめられた一塊の中に、子供の頃に着ていた
今は寸刻も惜しいのに――。
ガシャン。
文机の上に置いた
中を改めて破損がないのと確認すると、息を吐いた。
(焦りすぎよ。落ち着け)
開いた筥の中に、縫いかけの
手のひらに収まる、方形で
布の意匠は木葉が考えて選んだ。濃い青(緑色)の地と、それに合わせた唐花文が浮いた
それらを
中心の取り手部分には金糸で松葉を縫い取り、そこにつける組紐は少しでも見栄えよくと、
「……ホントは気づいてた」
手にしたそれらを、しばらく見つめて、不要で置いていくものの内へ投げた。
祥姫の事を考えると胸が引き裂かれるように苦しかった。
大納言に糾弾されたあの日から、祥姫とは顔を合わることが叶わなくなった。人目を憚って監視されているのだろうが、木葉の耳に噂は伝わらない。
つまらぬ男君を主に近づけた、と、今や同僚の女房全員から憎まれていた。
しかし、もしそうでなかったとしても、木葉が他の女房から冷淡に扱われる存在となって、もう何年か、久しい。
それはなぜ、と振り返れば、祥姫が木葉をそのように扱うからだった。
己を邪険する祥姫のふるまいを、木葉は勘違いだと、気づかないふりをしてきた。記憶を辿れば、笑い合った幼い頃の思い出は、まやかしではない。積み上げた二人の絆に反した祥姫の残酷さは、木葉の心を冷たく貫いた。
「――ねえ」
聞えよがしの声が局の外でして、木葉はぎくりと手を止める。
「ここの人、いつまでここにいるつもりかしら。厚かましいったら」
「あら、知らないの? あの人……」
「……え、なにそれ。……祥姫様もお優しいことだわ。そもそもあんな、間に合わない人」
示し合わせたようにそこで立ち止まって、不快な嘲笑をさざめかせる。
聞くまいとしても突きつけられる悪意に、身が縮まり、気力がしぼむ。息をつめ、女房達が通り過ぎるまで、衣擦れもせぬように堪えなくてはならない。
主の
しばらくそうしていると、やがて女達が去った。いよいよ行かなければならない。
十年以上も慣れ親しんだ局は既に寒々しい。
振り返って大きな忘れ物に気づく。あまりに身近過ぎて、かえって見落としていた。立てかけられた琵琶の頸を、慌てて取って引き寄せようとして、母に捻られた肩がズキリと痛む。
「あ……っ」
楽器を落とさないように静かに手を放し、痛みが去るまで肩を押さえる。
まるで
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