彼女とアメ玉

フィステリアタナカ

彼女とアメ玉

「なあ、雅樹」

「ん? どうした」


 先ほど一学期終業式を終えて、僕らは高校生最後の夏を迎える。


「お前、進学しないのか」

「まあな」

「もったいないな。学年トップが進学しないだなんて」

「親父には、海外で働くかもしれんから大学行けって言われたけどさ。馬鹿馬鹿しくてね」

「そうなのか?」

「金出してまで行く価値があるとは思えないんだよ」

「なんかお前らしいな。その金、全部ぶっこむんだろ」

「だな」

「でもよう、大学行った方が出会いが多いと思わないか?」

「それは否めん」


 僕の親友の雅樹はちょっと変わったヤツだ。小学生の頃から、もらったお小遣いの大半を投資に回している。

 普通、お小遣いはゲームとか漫画とかに使うと思うんだけど、彼は違う。参考書なども買わないって、いったい何に使っているのだろう。


「投資でどのくらい儲けたの?」

「言わない。前にも言っただろ、噂でも広がったら狙われるって」

「投資やっているの、僕しか知らないよ」

「家族に言っただろ」

「そうだね」

「信用しているヤツでも、悪気がなく口外するから、防ぐために言わないんだよ。それに」

「??」

「告白してくるヤツも、俺じゃなくて、背後にある金を見ているって感じるからな」

「なんか、難しいんだね」

「そんなもんだろ。そういうお前は大学?」

「うん。いちおう大学」

「ふーん」

「予備校に通うよ。雅樹が教えるの下手だから」

「お前、俺にケンカ売っているだろ」


 ◆


 放課後、電車に揺られ、予備校へ。

 僕は明日から始まる講義の受けるクラスを確認しにきた。


 僕は掲示板を探す。

「これかな」

(数学だけ標準クラスで残りは基礎クラスか……)



「うぅっ、ぐすっ」


(ん?)


 すすり泣く音の方を向くと、廊下の片隅でうずくまっている、髪が肩の所まである女の子がいた。


(どうしたんだろ?)


 僕は女の子に近づき声をかけた。


「ねぇ、大丈夫?」

「……」

「もしよかったら、これ使って」

 そう言って、ハンカチを渡す。


「ティッシュ……」

「ん? ティッシュもあるよ。はい」


 [チーーズーー]


(豪快に鼻をかんだな)


「ここにいてもいい?」

「だ、だい、じょぶ」


 僕は彼女が落ち着くまで傍で待っていた。


「何かあったの?」

「……なんでもない」


「そうか。僕は矢崎、君は?」

智春ちはる……」


「智春さんね。君も夏期講習?」

「うん」


「僕、数学だけ標準クラスで、他は基礎クラスなんだけど、君は?」

「……うぅっ、ぐすっ」


 また、智春さんは泣いてしまった。


(やっちゃった。これクラスが原因だよね)


「全部、うぅっ、基礎、ぐすっ」

「そうか、じゃあ数学以外一緒だね」


「そうだ! ちょっと早いけどご飯食べに行かない? 食べれば元気でるから」

「いい」


(どうしようかな)


 何も思い浮かばなかったので僕は彼女の傍に居続けた。


「……ありがとう」

「大丈夫だよ。これあげる」


 僕はアメ玉を一つ渡す。


「ありがとう――私ね。大学行きたいの」

「うん」

「でも国公立じゃないと親が許してくれないの」

「うん」

「全部、基礎って……」

「浪人は?」

「できない」

「そうか。じゃあさ、夏が終わる前に僕と一緒に二人で標準クラスにいけるよう頑張らない?」

「えっ」


 彼女は顔をあげ僕を見る。


(えっ。かわいい)


 艶のある黒い髪に、くりりとした目。鼻筋が通っていて、まるで芸能人みたいだ。僕は彼女の可愛さに驚いてしまったが、話を続ける。


「同じ予備校の生徒だし、ライバルがいた方が張り合いもでるし、わからないこともお互いに聞けるしさ」

「……」

「どうかな?」

「うん」

「じゃあ、今日から頑張ろう」

「ほぇ?」

「善は急げって言うだろ」


 ◆


 僕は早速、智春さんと共に、書店へ行った。


「どこに本屋あるの?」

「五階だな」

「ねぇ、矢崎君。下の名前って何て言うの?」

透矢とうや。透き通るの透に、矢は弓矢の矢」


 エレベーターを降り、書店の参考書コーナーに向かう。智春さんは周りを見ている。


「ねぇ。何買うの?」

「英単語と熟語。それと古典の自分に合うやつ」

「ふーん。どうして?」

「英語は予備校のテキストがあるから、英単語と熟語で補完する」

「へぇー」

「古典は英語と同じで伸びるのに時間がかかるから、夏は集中してやろうかなと思っている」

「そうなんだ。他のは?」

「数学は定番のやつがあるんだよ。えーっと、そこの青いやつ」


 そう言いながら、英単語帳選びに失敗した僕は、新しく英単語の本を手に取る。


「これかな」

(これだけ、単語数あるならいいな)


「透矢君。私はどれを選んだらいいかな」

「フィーリングが合うなら、同じやつにしようよ。お互いに単語クイズ出せるから、復習にもなる」

「わかった。古典は?」

「正直、わからない」

「じゃあ、同じのにするね。あと数学はあの青いやつね」

「うーん。僕の貸すよ。解法が自力で理解できないこともあるだろうし」

「えー、じゃあどうすれば」

「僕が解法パターン教えるよ。復習にもなるし」

「わかった。お願いしますね」


 僕と智春さんはお会計を済まして書店をあとにする。


「智春さん。せっかくだから、ファミレスで、ちょっと英語やっていかない?」


 ◆


「いらっしゃいませ、何名様ですか?」

「二人で」

「ご案内しますね」


 僕は席に付き、メニュー表を見る。智春さんは単語帳を取り出した。


「智春さんは決まっているの?」

「うん。オムライス」

「そうか、ちょっと待ってね」


 僕はメニュー表とにらめっこをする。


「ねぇ、そのスマホ古いやつだよね」

「そうだね。指紋認証はないけど、発熱がほとんど無いからお気に入りなんだ」

「そっかぁ」

「決まった。すみませーん」


 ◆


「オムライスとミートソーススパゲティ大盛にドリンクバー2つ」

「ご注文を繰り返します。――」


 ◆


「智春さん、単語帳、どんな風に使っているの?」

「えっ、端から全部。行けるところまで」

「そうなのか。エビングハウスの忘却曲線って知ってる?」

「よくは知らないけど、聞いたことある」

「一時間ごとにマメに復習する方が覚えるんだよ」

「??」

「人にもよるけど、復習することのできる量を覚えて、帰ったらまた覚える」

「へぇー」

「あとは、自分に合うようにアレンジ」

「わかった。やってみるね」


 僕らは二時間ほどファミレスで勉強した。


「そろそろ帰ろうか」

「うん。……あのね。連絡先交換しない?」

「いいよ。智春さんのDM教えて」


 連絡先を交換して、僕らは駅に向かっていた。


「透矢君。明日、何時に予備校に行く?」

「うーん。八時半かな。学習室とるのに三十分前には行こうかなって」

「わかった」

「うん。無理せずにね。僕が智春さんの分も確保しておくから、九時前でも大丈夫だよ」


 ◆


「じゃあ私、こっちだから」

「おう、また明日ね」


『三番線より、各駅停車が参ります』


 智春さんを見ると笑顔で手を振ってくれたので、僕も手を振り返した。


(かわいいな。それにデカいし……いかん、いかん。単語帳)


 ◆


「ただいま」

「おかえり、どうだった? 予備校は?」


「あぁ、数学以外基礎クラスだったよ」

「そうなのね」


「母さん、理科と政治経済の参考書買うから、お金って出してもらえる?」

「なんでさ?」


「僕、国公立目指す」

「はっ?」


「いろいろ考えたんだけど、家計的に公立の方がいいかなと」

「行きたかった私立諦めるのかい」


「うん。学費高いし、家賃もね」

「そうかい。私はいいけど、お父さんにもちゃんと言いなよ」


(よしやるか。単語の復習)


 ◆


「ふぅー」


ティン♪トン♪


(ん? 雅樹からか。えっ、智春さん? どれ。英単語ばかりだな。コメントが無い。返信どうするか……)


「よし」


(これでいいな。あと二時間やったら眠ろう)


 ◆


ジリリリリジリリリリ


「うーーぅん」


 ベットから起き上がり、僕は顔を洗いにいく。


「透矢、朝ごはんできたよ~」

「はーい、今いきます」


 ◆


「いってきます」

「気を付けて、お弁当忘れてないよね」

「あっ」


 ◆


 予備校へ、予定通り八時半に着いたので、学習室が開くのを待つ。


「透矢君、おはよう」

「あれ、早いね」


「うん、ぐっすり眠れたから、調子良くて早起きしちゃった」

「そうか」


 僕は英熟語を見ていく。


「すごいね。透矢君」

「……」


 学習室が開いたので机に移動する。


「智春さん、相談したいことがあるから、お昼にここに来てもらってもいい?」

「大丈夫だよ。ここに来ればいいのね」


 学習室で勉強し、受付でタブレットを借りる。講義の時間になったので移動する。


「ねぇ、透矢君。隣いいかな」

「智春さん、席決まっているよ。前、真ん中、後ろでローテーションだよ」


「えー。わからないところ聞こうと思ったのに」

「それならお昼の時にでも聞いて」


 ◆


「透矢君。次は?」

「あぁ、標準クラスだから三階だね」


「私、四階。じゃあ、またお昼に」

「うん。頑張ってね」


 ◆


「うーーっん」


 英語が終わり、僕は背伸びをしてから講義室をあとにする。


 ◆


「おまたせ。智春さん」

「大丈夫。待っていないから、それで相談って」

「あぁ」


 僕は印刷してきた公立大学の表をみせる。


「これは?」

「ゴール地点を決めないといけないと思ってね」


「そうだね」

「国立でもいいけど、公立で勝負した方がいいかなって」


「すごい。ちゃんと考えているんだ」

(当たり前だろ。目標設定しなくてどうすんだよ)


「看護医療系は除いた。それで智春さんはどの科目が得意なの?」

「英語かな」


「苦手なのは」

「理科」


「じゃあ、工学系は外すね。経済系は?」

「うーん。わかんない」


「数学が高校で習う、ほぼ全範囲なんだけど」

「数学かぁ。自信ないなぁ」


「じゃあ、比較文化か語学だね。このページあげるよ」

「いいの?」


「あぁ、僕は受ける学科だいたい決めているから。ん? どうしたの?」

「あ、あのね。透矢君と一緒のところ受けたい」


「えっ」

「ち、ちがくて。同じ科目、範囲なら、お互いに協力できると思って」

(なるほど)


「うーん。法学か経済系受けようかと思っていたんだけど」

「そうなんだ……」


「大学入試共通テストの科目、範囲が一緒なら、協力しやすいんじゃないかな」

「……そうだね」


「じゃあさ、智春さんが学びたい学科の受験科目を調べて、条件の合うところを探してみようか」

「ありがとう」


「じゃあ、学びたいところ考えておいてね」

「わかった。透矢君ありがとうね」


「じゃあ、お昼食べようか」


 ◆


 午後の講義もしっかり受けて、復習の計画を練る。

(英語、思ったより簡単だったな)


「矢崎透矢さん、いますか。矢崎さん」


「はい、僕です」

「受付に行ってもらってもいいですか」


「はい、わかりました」


 ◆


「すみません。矢崎です」

「あっ、君が矢崎君ね。じゃあ、こっちに来て」


 ◆


「あのね、矢崎君、英語の講義なんだけど、標準クラスでも大丈夫かな?」

「大丈夫ですけど、なんでですか?」


「実はね。標準クラスの子が一人辞めちゃったの」

「はい」


「それでボーダーラインにいた矢崎君にお願いしたの」

「そうなんですね」


「それと、もしかすると、古典も標準クラスにお願いするかもしれないの。古典のボーダーラインの子が拒否したら、次は矢崎君なんだ」


 ◆


「ねぇ、呼び出されていたみたいだけど、何かあったの?」

「英語の講義、標準クラスにいってくれって」


「えっ」

「だから、智春さんとは別れる」


「そうなんだ……」

「講義受けたけど、思ったより易しかったから、僕としては良かったよ」


「そう……」

「どうしたの?」


「うん。ちょっとね。他に知り合いがいないから、不安なの」

「そうか」


「クラスが変わっても教えてね」

「もちろんだよ」


 ◆


 夜まで僕と智春さんは学習室で復習をした。


「透矢君。疲れたね」

「まだ、一日目だぞ」

「そうかぁ。頑張れるかなぁ」


「矢崎さん!」


 僕はエントランスで職員の方に呼び止められた。


「古典ですか?」

「そう。どう?」


「はい、標準クラスに行きます」


「えっ」

「あぁ、古典も打診があったんだ」


「そんなぁ」

「智春さんにはちゃんと教えるよ。大丈夫だから」

「わかった」


 ◆


 僕らは予備校をあとにし駅へと向かう。


「智春さん」

「ん?」


「この時間まで頑張ると、帰りが心配だな。親御さんもそうだと思うし」

「そうだね」


「だから、智春さんは講義が終わったら学習室で勉強しないで帰った方がいいかな」

「透矢君は?」


「あぁ、この時間まで頑張るよ」

「じゃあ、私も頑張る」


「うーん。智春さんはカワイイから帰った方が安全だな」

「か、かわい、い!」


「うん。その方が僕としても気兼ねなく勉強できる」

「わかった。透矢君、一つお願いしてもいい?」


「何?」

「透矢君と一緒に帰りたいから、講義が終わったら……」


「うーん。そうか、教えられないのなら、家でもいいのか」

「……」


「いいよ。一緒に帰ろう」

「ありがと……」


 ◆


 夏期講習二日目。僕は昨日と同じように学習室が開くのを待っていた。


「透矢君、あはよう」

「おはよう、智春さん。受けるところ考えてきた?」


「……まだ」

「そうだよね。一晩で決まるものでもないし。でも、あたりつけておこうか」


「??」

「地歴公は、何受けるつもり?」


「えーっと、たぶん、日本史」

「理科は?」


「うーん。物理はまったく分からないから、それ以外かな」

「化学や生物みたいに一科目にする? それとも化学基礎と生物基礎にする?」


「基礎科目で諦めちゃった」

「じゃあ、化学、生物は避けた方がいいな。化学基礎と生物基礎にしよう」


「透矢君は何受けるつもりなの?」

「世界史と政治経済、公共から選ぶのと、化学だけにするか化学基礎と生物基礎で迷っている」


「そうかぁ、日本史は自分で頑張るしかないのかぁ」

「??」


「透矢君に教えてもらおうって、甘え過ぎだよね」

「どうしても、教えて欲しいか?」


「できれば……」

「うーん。わかった。世界史はチャレンジだったから日本史にするよ」


「ホント!」

「英語だったり中国系だったり混ざっているから、名前名称覚えるのがチャレンジかなって」


「うん!」

「日本史なら、漢字ひらがなでいいもんね」


「ありがとう」

「理科も化学と生物の二刀流にするよ」


 ◆


 午前の講義も無事に終わり。午後には標準クラスの古典がある。

(どのくらいのレベルだろ)


トントン


 肩を叩かれ、振り向くと、茶髪のギャルがいた。


「ねぇ。さっきの英語のノート見せてくれない?」

「いいぞ、写真撮るんだろ」


「このこの~。話がわかるね~」


 僕はギャルにノートを渡す。


「サンキュー。そうだ、あたい桜って言うの連絡先交換しない?」

「なんでだ?」


「ほら、ノートで困ったときに、お互い見せられるでしょ」

「それさ、お前だけだよね。僕、撮らないから」


「へへ、バレてたか」


 僕がギャルと連絡先交換を交換していると、講義室に智春が来た。


「えっ。透矢君……」

「どうしたの?」


「その人……」

「あぁ、標準クラスで一緒になった」


「かわいいね。あたい桜って言うの、よろしくね」

「えーっと、智春です。透矢君のお友達です」


「へぇ、友達なんだぁ」

「??」


「へへ、なんでもないよ~。そうだ、お昼一緒にどう?」

「僕はいいぞ。智春は?」

「うん。大丈夫」


 ◆


「ふーん。二人は一昨日会ったんだ」

「そう、クラス分けの掲示板見に来たら、智春と会った」


「そうかぁ、あたいはそんな出会いなかったよ~」

「これからじゃない」


「ねぇ、あたい現役じゃないんだけど、友達になってくれるかな」

「友達の範囲がわからない」


「知り合いで、たまに声をかけるんじゃなくて、ノートを見せ合うの」

「そうか」


「いいでしょ。あっ、受験科目なににするの?」

「僕は、英語。数学I、A、II、B。国語に日本史、政治経済と化学基礎と生物基礎。あっ、公共もだ」


「智春ちゃんは?」

「透矢君と同じです」


「へぇー。同じって珍しいわね」

「はい、透矢君に教えてもらうんです」


「なにそれ!! いいじゃん。あたいもそれにしよ」


「お前、楽したいだけだろ」


 ◆


 午後の古典の講義を受けて、自分のレベルに合っていることが分かった。


『夏休み終わりにクラス分けのテストがあるみたいだよ』

『えっ、じゃあ、頑張んなきゃ』

『早く特進に行きたいよね』

『でも、特進のヤツ、落ちてくるかな』

『落ちるのを待つんじゃなくて、自分が上回るの!』


(テストがあるのか。まあいいや。クラスが上がっても、身につけることができなければ本末転倒だしな)


「と、透矢君!」

「ん? 智春どうしたの?」


「わからないところがあるから教えてくれないかな?」

「いいぞ。どこだ」

「数学のこの問題」


 ◆


 講義が終わり、智春と帰る準備をする。エントランスに着くと、桜が待っていた。


「ねぇ、せっかくだし、カラオケでも行かない?」

「すまん、勝負の夏だから、数学と英語を伸ばしたいんだ」


「ちっ、つまんないの。ちょっとくらいイイじゃん」

「お前なぁ」



「透矢君!! ごめん、待った?」

「待ってないぞ」


「ねぇ、智春ちゃん。智春ちゃんからも言って。カラオケに行こうって」

「えっ」


「桜、智春は大きな目標を達成しなきゃいけないんだ、小さいことでも積み重ねが大事なんだ」


「そっかぁ、息抜きするときは誘ってね。また明日よろしくね。バーイ」

「おう、気を付けて帰れよ」


 ◆


 僕は智春と一緒に駅に向かう。


「桜さんって、エネルギーありますね」

「そうだな。使い方次第だな」


 改札を通り、智春と別れる。


「じゃあ、また明日な」

「わからないことがあったら、連絡していい?」

「いいぞ、すぐに返信できないかもしれないが」


 ◆


「透矢くーん」


 智春がこちらに向かって来る。


「待った?」

「十二分」


「ふふふ。そこは、『ううん、今来た所』でしょ」

「そうだな」


「桜さんは?」

「遅れるって」


 僕と智春は予備校前にいる。これから智春の家に行くところだ。


「おまたせー」

「あっ、桜さん! 素敵です」

「へへ、いいでしょ」


 桜はそう言うと一回転して自分の服をアピールした。


「ほー、制服はどうした?」

「あれは予備校での戦闘服。浪人だって思われないようにね☆」


(なんちゃってJKか)


「じゃあ、ついて来てください」


 僕らは駅の改札口を通り、電車に乗る。


「こっちに来るのは、何年ぶりだろ」

「透矢君は、こっちに来てなかったんですか?」


「そうだね、たぶん中学生以来かな」

「そうなんですね」


「智春ちゃん、智春ちゃんの学校はどこなの?」

「次の駅が最寄り駅です」


 桜は目を見開き。


「マジ、聖西学園!」

「はい!」


「学費高いよね」

「そうですね」


「男の子っているんだっけ?」

「共学なんですが、学年に二、三人しかいません」


「そうなんだ。お嬢様学校だわね」

「そうですね。男の子と関わるのはほとんど無いですね」


「でも今は関わっていると」

「(プシュー)」


 ◆


「この駅を降ります」


「よし、改札口は?」

「あっちです」


 僕らが改札口を抜けるとロータリーがあった。そして、そこには白い高そうな車があった。


「透矢君、桜さん、乗ってください」


「……。これ?」

「そうですよ。家まで行きますから」


「透矢。あたい達、とんでもない人を友達にしたみたいね」

「同感だ」


 ◆


 町を抜け、しばらくすると、車は高級住宅街を走って行く。


「白い車って、アメリカの映画みたいね」

「白馬の王子様をイメージしたやつだろ」


「それにしても乗り心地すごいよね」

「振動がない。電車とのギャップがすごいな」


「着きましたぁ~。ここです」


 降りてみると、庭がものすごく広い。そして、その中にポツんと小さい家があった。


「なぁ、桜」

「言いたいことはわかる」


「なんで、他の住宅より、ものすごく小さいんだ?」

「きっと、周りが豪華すぎるのよ。比較するからおかしくなる」


 智春の案内で家に入り、応接間に通される。


「ここで、待っててください。お父様を呼びに行きます」


 ◆


「お父様、こちらが透矢君と桜さんです」


 そこに現れたのはロマンスグレーの精悍な男性。


「初めまして、矢崎透矢と申します」

「君が透矢君か……娘はやらん」

(智春。いったい、なにを話したんだ)


「娘を勉強を助けてくれてありがとう。君達のことは娘から聞いている」

「いえいえ、自分がしたいことをしただけです」

「そうか。じゃ、帰っていいぞ」

(智春パパ、なんで僕らを呼び出したんですか)


「じゃあ、送りますね」

(智春、お前すごいな)


 一学期終業式から今日まで、僕の人生の中で一番濃い一週間だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 二学期に入り、学校と予備校の生活が始まった。十月の透矢君の誕生日には、験を担でタコのキーホルダーをプレゼントした。なんでタコなの? って。オクト(置くと)パス(合格)だから。そして夏休み前の八月のクラス分けテストで標準クラスに行けた。嬉しい。


「透矢君」

「ん?」


「透矢君の志望大学は……」

「あぁ、この前の模試でD判定だったから、変えるよ。他の受験生も力をつけてくるし」


「……どこに……するの?」

「智春と同じとこ」


「えっ」

(やったー。受かれば透矢君とキャンパスライフが過ごせるかも)


「桜は?」

「透矢と同じところにする」

(徹頭徹尾。すごいな。桜さん)



 私の予備校生活は充実していた。あっ、そうそう、透矢君の友達の雅樹君も予備校で学ぶことになった。なんでも学年トップだって、しかも特進クラスになった。私には考えられない。すごいよ。透矢君の友達。


 クリスマスには四人で息抜きをして、元旦にお参りもした。何を願っただって? そんなの決まっているよ~。


 そして、大学入試共通テストの日を迎えた。


「透矢君、緊張する~」

「大丈夫。模試で場慣れしてきただろ」


「そうだけど」

「ほら見て、桜なんか、平然としているでしょ」


(透矢君。桜さん、どうみてもガチガチに緊張しているよ)


「じゃあ、みんなで頑張っていこう!」

「「「おー!」」」


 ◆


(ふぅ、終わった)


 一日目が無事に終了し、ホテルに戻る。


「どうだった?」

「僕は問題ない」

「俺も」


(みんな自信があるんだ)


「ねぇ、この問題って、[2]?」

「僕は[3]にした」

「俺も[3]」

「私、[2]」


「割れたね」


 ◆


 二日目が始まる。今日は数学と理科だ。

(緊張する~。ちゃんと点数とれるかな)





(プシュー。オワタ)


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 大学入試共通テストが終わり、僕らは自己採点をして、大学を志願する。

不思議なことに四人とも同じ大学だ。そして個別試験を迎える。


「ここまで、きたね」

「そうだね」


「あの日、透矢君に会わなかったら、ここにいないよ! だから私、頑張るね」

「あぁ、僕もベストを尽くすよ」


 ◆


 試験も無事終了。みんなに聞くと全員手ごたえがあったそうだ。


「あとは、結果待ちだね」

「果報は寝て待て」


「合格通知って家に届くんだよね」

「ちゃんと、申し込んでいれば大丈夫」


「おい、透矢。みんなで集まって、合格通知の封筒開けようぜ」

「そんなことするの? 智春と桜は?」


「あたいいいよ」

「私は透矢君が傍にいてくれた方が心強い」


「じゃあ、集まるか」

「じゃあ、透矢ん家、集合ね」


「はっ?」

「さんせーい」

「私も」


 ◆


 三月中旬。封筒が届いた。四人で集まる。


「誰から開ける?」


「もちろんトップバッターは俺。学年トップの力を見せてやる」


 雅樹が封筒は開けて、紙を見る。


「ごーかーく」

「じゃあ、あたいあけるね」


 桜が封筒は開けて、紙を見る。


「イエーイ♪パフ♪パフ♪」


「どっちからいく?」

「透矢君で」

「わかった」


 僕は封筒を開け、通知書をみる。そして天を仰いだ。


(あとは、智春のみ)


「受かったよ」

「わ、私、ね」


 智春は泣きそうな顔をして、封筒をあける。


(頼む。お願いだ。合格してくれ)


「ウソ……」

「「「……」」」


「うかったよう~」


「やりぃ」

「イエーイ♪オメデトウ!!」


 智春が僕に抱き着いてきた。


「ありがとう。透矢君」


 そのまま僕の胸に顔をうずめた。

 智春が落ち着いてから、用意していたお菓子を四人で食べる。


「透矢君。これ覚えている?」


 智春の手のひらには、くしゃくしゃになった袋、そう、リンゴのアメ玉。


「これね。あの日、食べれなかったの。それで、お守りにしたんだ」


 僕の口角は上がっていた。


「もう、叶ったからいいよね」


 そういって、智春は袋を開け、アメ玉を頬張った。そんな彼女の姿を見て、僕はこう言った。


「智春、ちょっと散歩しないか?」

「いいけど」


 ◆


 僕と智春は並木通りを歩いている。


(よし)


「なぁ、智春」

「なに、透矢君」


「僕、受験が終わったら言おうと思っていたことがあるんだ」


 僕は目を閉じ、息を吸い込む。そして智春の目を見て。


「智春。僕は君のことが好きだ。付き合ってくれないか」


「……。嬉しい。私も透矢君が好き」

「じゃあ」


「うん。よろしくお願いします」


 僕は嬉しかった。人生で一番の嬉しさだ。


「透矢君」

「智春……」


「透矢君さぁ、ちょっと、かがんでくれる?」

「ん? こう?」


 僕がかがむと同時に彼女は僕の唇を奪った。


「へへへ、今まで教えてくれて。ありがとう」


 彼女は桜舞う中で微笑む。

 初めてのキスはリンゴの味がした。



(終)

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