星が見えない夜には

氷川奨悟

第1話 居場所

「皆さんこんばんは。声優の矢崎優馬です。深夜1時からのこの時間は、矢崎優馬のGOOD NIGHT TOKYOをお送りします。

今日も30分間、最後までよろしくお願いします。」


矢崎優馬の仕事、それは、声優ではありながら、FMラジオ局のラジオパーソナリティでもあるということだ。

彼からすれば、どちらも本業なのだが、とりわけ、彼自身、33歳で新人声優にして、大人気少年漫画原作のSFバトルアニメで主人公のライバル役で知名度を獲得し、今日において、深夜帯ではあるが、有り難く冠番組を頂けた訳である。


ただ、彼としては、まず、声優デビューに至るまで長く険しい道のりがあった。

矢崎は、初めから声優になれた青年ではない。

彼は大学卒業後、精神面において、長年、意中の女性に告白し、失恋した傷を引き摺っていた。

新卒で入社した会社でも、どんなに努力しても、少しでも上司の機嫌を損ねる様ミスがあれば、怒られ蔑まされ、

それは、同時に自己否定へと繋がり、


『俺なんて誰にも愛されず、社会にとって何も価値が無い人間なんじゃないのか?』


と流石に自傷行為までは至らなかったが、それでも、眠ろうとしても眠れない夜や、眠っても例の上司が出てきて業務内容に関わらず、既に満身創痍な彼の身体にパワハラ紛いな言葉を、ナイフの如く刺してくるという悪夢に苛まされてきた。


そんな中、彼の心の中の闇に燈を灯したのは、大人気アニメのベテラン声優がラジオパーソナリティをしている、とあるFMラジオ番組だった。

そこで、偶然、自分が書いた、ふつおた、所謂、普通のお便りのことであるが、それがそのラジオパーソナリティに読まれたのである。

内容は周知の通りで、失恋と仕事の悩みである。

そのラジオパーソナリティは、真剣にラジオ内で


「ラジオネーム:鎖で繋がれた猫さん。送ってくれてありがとう。

そっかぁ。好きだった女の子に振られて、その傷が癒えないだけじゃなく、今は、苦手な上司が現実だけじゃなくて夢にも出てきちゃうんだ。

うーん。それはもう、きっと、本当に大変だよね。

私もさ新人の頃、そうだったんだけど、頑張ろうと思って頑張るじゃん?でも、緊張がそれで空回りしちゃってアフレコでNG出して、しょっちゅうそこの音響監督に怒られてたよ。

周りのキャストとの空気も気まずかったなぁ。

あ、これ、あれよ?本当に若い時よ?何十年前だったかしら?多分、20歳ちょいとか?

デビューして駆け出しの時。しかもモブで!

いやぁ。もう、あの時の音響監督、スタッフ、キャストの皆様、ごめんなさい!!

、、、うん。大丈夫。多分、もう忘れてることでしょう!

そう!人間ってこう、嫌なことは忘れて成長していきますから!

鎖で繋がれた猫さんも古傷はもう忘れて、んで、仕事のミスも、嫌な上司のことも一回、忘れて、自分にもっと優しくしてあげたらどうかな?

そしたら、また明日も頑張ろう!ってなるでしょ?」


矢崎の眼頭には、熱く透明な雫が今にも溢れんばかりに浮かんでいた。やがて、それは頬を伝って線となり胸に零れ落ちた。

そうだ。自分は誰かに優しくしてほしかった。

温かく包み込んでほしかった。

こんなに優しい言葉をかけられたのは何時が最後だったんだろう。

そして、決めたのだ。


『俺もこの人みたいに強くて優しくなりたい。

間接的でもいいから、誰かが悩んでいる時に、ちゃんと言葉を掛けてあげられる様な、そんな人になりたい。

ラジオって凄いなぁ。

どうすればこの人みたいになれるんだろう?』


そう感じると、矢崎優馬は、翌日には、そのラジオパーソナリティが出身の声優の養成所に願書を取り寄せていた。


そして、養成所でのレッスン期間、その間はアルバイトと芝居の練習の積み重ねの日々、事務所所属後もオーディションには落ちて落ちて落ちてやっと受かるという、泥臭く地道な道のりを経て、彼は今、ここに、このスタジオのマイクの前の席で座って肉声を届ける。


「リスナーのあなたからのメールをぜひ送ってください!

ふとしたこと、嬉しかったこと、悩んでいること、普段、中々言えないこと、僕で良ければ何でもお話し聞きます!

心から待ってます!」


彼のラジオが今の彼自身の居場所になっている。

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星が見えない夜には 氷川奨悟 @Daichu06

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