愛情

 私はドアの開く音で目を覚ます。玄関とベットの距離が近いので毎晩のようにその音で起きる。彼が帰ってきたのだろう。

「ただいま」

彼の優しい声がする。そうだった、この声に惹かれていたんだっけ。でも今となってはどうでもいい事だ。話す機会なんて殆どないのだから。私は心の中で

「おかえり」

と呟いた。

彼もその言葉を言われるのを求めていないだろう。そんな関係になったのは、同居してからすぐだった。怠惰な私は彼の想像していた姿と違っていたのだろう。でも、当時完璧だった彼にも彼なりの欠点があり、それを受け入れられていなかった自分もいた。そんな状態で仲良く続くはずもなく、同時に存在していないのではないかというほど顔を合わせることも無くなった。ベットの横に置いてあるペットボトルの水を飲んで乾ききった喉を潤してから寝た。

 今日はバイトが早く普段10時くらいに起きる私にとって苦痛でしか無かった。丁度、彼が家から離れていく音が聞こえる。私はベットの下に隠していた離婚届を手に取った。他のカップルの話を聞くと別れて新しい人に出会いたいと思ってしまうが、この紙を見ると、本当に別れを切り出してもいいのだろうかという不安感に襲われる。まだ心残りがあるのかもしれない。でもそれが消えることはないだろう。だってその別れの選択肢は絶対に違うものだから。私は今の関係でいいと思っている。だから、この紙を彼に見せることはないだろう。彼もこのことについて言うことはないだろう。そんなことを思いながら支度をして家を出た。途中、バラが沢山咲いている所を通った。普段は何とも思わないのに何故かそれが私の目に止まり、離すことができなかった。そしてそれを見て、

「私と彼の関係は、この花で表すことができるのかな」

と、そう考える。電車の窓越しに彼の姿が見えた。これからもこのずぶずぶで暮らしていこうね。踏切の音が鳴り止み、空いた線路の上を歩いた。




バラ

花言葉『愛情』

『感謝』

『信頼』

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